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愛知の乳母車

[2011年12月1日]

宝船の飾りを付けた乳母車
(1994年11月田原市にて撮影)

 愛知県史民俗編の調査で、多くの貴重な話を伺うことができた。その中で、本文に書き切れなかったこともいくつかある。そのひとつは乳母車のことである。最近の「レトロ・ブーム」のかげで、乳母車も博物館や資料館に所蔵されるようになった。しかし、民具としての研究は進んでいないように思える。従来の民具研究は、手作りの道具のみを対象としがちで、機械で製造する近代以降のものは研究対象になりづらい。乳母車も、明治以降の近代の道具である。石井研堂の『明治事物起源』によれば、福沢諭吉が幕末にアメリカから持ち帰ったのが始まりとされる。国内生産は明治の30年代半ば頃からと思われる。それまで、子どもを運ぶのに、背負うしかない生活の中で、車に乗せて運ぶのはずいぶん画期的であったろう。この新たな道具をいち早く受け入れたのは、愛知県だった。名古屋市の日泰寺には、「乳母車始祖 鬼頭鍬次郎君彰功之碑」(大正14年 愛知県乳母車組合建立)の石碑が残されている。愛知県で乳母車生産が始まったのは、この地に、車鍛冶、木箱作り、篭編み、等々の優れた技術者が集まっていたからであろう。愛知県は自動車産業の発祥の地であるが、それ以前には国産乳母車の発祥地でもあった、ということになる。

 この新しい道具は、出産祝いの贈答品として広まっていった。それ故、「よそいき」(ハレ)と「つねぐるま」(ケ)の2台の乳母車を持つ家も多かったという。これは他県では聞かないことである。つねぐるまは、太めの籐を粗く編んだ篭を乗せたもの。よそいきは、漆塗りの木箱や細い籐で飾り編みを施した、舟形の豪華なものである。残念ながら、こうした素晴らしい乳母車を作る技術者は、現在ではほとんどいなくなっている。身近な道具の良さ、それを作り出す技術のすばらしさを、見直したいものである。

 

民俗部会 嶋村博特別調査委員(執筆当時)

『県史だより』第20号(平成20年10月1日発行)に掲載

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