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八穂新田(はっぽしんでん)(八穂地蔵)

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  • 所在地
    弥富市鍋田町
  • 交通
    弥富市コミュニティバス「鍋田」より北 約250m
  • 地震津波関係
    嘉永7年(1854)安政東海・南海地震
    高潮・波浪関係

現在の鍋田新田の一部にあたる八穂新田は、江戸時代の末から干拓が行われましたが、水害により何度も破堤を繰り返し嘉永7年(1854)安政東海・南海地震と翌年の暴風雨により亡所となったとされています。20年後の明治8年(1875)にこの地で富島の猟師によって地蔵が引き揚げられ、約90年間、八穂新田の地蔵として富島で安置されてきましたが、伊勢湾台風後の昭和38年(1963)に、この地に移されました。この地蔵は、干拓を築き上げた先人の偉業の歴史を物語るものとして、弥富市の文化財に指定されています。

八穂新田(はっぽしんでん)(八穂地蔵)

地震・津波関係

  • 宝永4年(1707)宝永地震
  • 嘉永7年(1854)安政東海・南海地震
  • 明治24年(1891)濃尾地震
  • 昭和19年(1944)昭和東南海地震
  • 昭和20年(1945)三河地震
  • その他(年代不明を含む)

高潮・波浪関係

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