トップページ>あなたの街の消防団>尾張旭市消防団の紹介

尾張旭市消防団の紹介

消防団員になろう!!

消防団の歴史

尾張旭市消防団活動風景01

明治39年に隣接する3村が合併し旭村になった際、現在の基礎となる消防組が発足。昭和 22年に消防団令の施行にともない消防団となり、翌年町制が施行され旭町消防団に改名。 昭和53年には消防団第六分団が開設され、6分団体制となりました。現在(平成23年)は6分団、団員数128名で活動しています。

年間行事・活動

尾張旭市消防団活動風景02

1月の出初め式にはじまり、5月の観閲式、夏の消防操法大会、10月から12月にかけては地元の防災訓練の参加や祭りなどの警備、3月、11月には火災予防運動期間中に火災予防の広報を実施しています。他にも、消防団員の技術向上のための消防団ポンプ自動車訓練発表会(隔年を目安)、台風などの水害に備えて水防を行っています。

働き盛りといえる30歳代中心の消防団です

45歳くらいまで在籍している団員が多く、平均して20年ほど活動を続けています。一番多い世代は、30歳代です。

火災現場では防火衣を着用しているので、一般の人には消防署員と消防団員の区別がつかないでしょう。見た目だけでなく、働きぶりも消防署員と区別がつかないくらい迅速・正確な消火活動をすることを心掛けています。

消防のプロである消防署員から「消火活動は人海戦術だから消防団なくして消火はできない。」「尾張旭市の消防力の中で大きなウェイトを占めている。」と労いの言葉をかけていただいたことを任務の励みとしています。

実際の災害を想定した訓練

尾張旭市消防団活動風景03

消火栓や防火水槽がないエリアでの火災を想定し池から可搬消防ポンプで送水する訓練による林野火災を想定した訓練など、状況に応じた野外訓練を行っています。

尾張旭市防災訓練では、毎年各小学校のグラウンドを利用し、実際の災害で連携が取れるよう、関係機関と一緒に訓練をします。大地震を想定し瓦礫の中からの救出訓練のメニューもあります。

また、瀬戸市や長久手市などと一緒に行う合同訓練にも参加し、近隣市との連携体制も築いています。

AEDの講習を受けた直後に救命

消防団員を対象にしたAEDの講習が行われています。AEDの講習を受講して1ヶ月もたっていないとき、団員が目の前で人が倒れるという場面に遭遇しました。とっさに団員は講習で学んだことを思い出し、その場で応急処置を施しました。

消防団に入って講習を受けていなかったら、その人を救うことはできませんでした。

一人でも多くの団員がAEDの操作を学び、より多くの人命を救うことができるように技術を習得することも消防団の仕事です。

出初め式の花形、階梯操法の太夫

尾張旭市消防団活動風景04

正月の出初め式で階梯操法(梯子乗り)において、一番注目を浴びるのが梯子の上で演技をする太夫です。高い梯子の上で演技をするには、度胸も技術も必要です。目線の高さは5mになりますし、しかも梯子は竹でできていて安定性がないため、下で支えている仲間を信用しなければなりません。

普段からともに活動をしている仲間に支えられ、いい演技ができたときの気分は格別です。来場者の拍手を浴び、握手を求められたときはちょっとしたスター気分になり、家族にも自慢できます。これも消防団に入らなければ味わえないことの一つです。

団員同士は兄弟のような関係

消防団に入った1、2年は現場に出動しても先輩団員に言われたことをするだけで精一杯ですが5、6年経つと全体の活動が見えてきて、先輩が何を教えようとしていたのか理解できるようになります。その経験が、後輩を教えるときにも生かされます。教えられ、教える。それはまるで兄弟のような関係で、プライベートでも仲良くなれます。こんな人間関係を築けるのも、消防団ならではだと思います。

団員30名が被災地で災害復旧活動

尾張旭市消防団活動風景05

東日本大震災後、消防団員からの強い要望により、平成23年11月26日に団員30名が被災地に出向しました。バスをチャーターして宮城県旦理郡山元町に入り、消防本部の職員とともに支援隊として復旧活動にあたりました。そこにはテレビでは伝えられなかった、8ヶ月経っても何も手が付けられていない家が多数あり、団員たちは復旧が進んでいないことに愕然としました。家の土砂を掻き出す作業に専念しながら、助け合う気持ちの大切さを肌で感じました。


※平成23年12月現在のデータを基に作成しています