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死についての勉強会

 「もしも”死”が話すことができたなら?」 こんなふうに想像してみることは、ターミナルケアに関わっていて、「外在化」という精神療法的技術を知っている者であれば、特に珍しいことではありません。ただし、死が相手では勝ち目がないからという理由で、誰もがあきらめるようです。
 ところが、2005年7月6日、香港での学会で、シンガポールから来ていたウンさんは、こう語ったのです。「死よ、私はあなたの何を知っているのだろう? あなたは痛みなのか? 悲嘆なのか? 喪失なのか? 取り消せないものなのか? 最後的なものなのか? 取り返しのつかないものなのか?」 これは、彼女がスリランカでの津波の被害者援助について講演する中で、ヤシの木と犬しか写っていない津波直後の海岸の写真を背景にして語られたことばです。このとき、私は、「死」も外在化できると直感したのでした。
 その後、私たちが統合失調症を外在化していた「ミスター・スキゾ」の人形を代用し、テーマソングをストーンズの「ダンシング・ウィズ・ミスター・D」と決定したことで、シナリオは一気に(頭の中では)出来上がりました。
 なぜこんなことをわざわざしてみる価値があるのでしょう? それは、死というものがあまりにネガティヴに構成されているからです。それは、死について語ることがタブーとなっていることからも、あきらかでしょう。私たちは、いったんそんな文化的制約をはずしてみたら、どんなアイデアが浮かぶのか、トライしてみるくらいの冒険心があってもいいのではないかと思っています。  もちろん、考える準備のできた方だけ、ご参加ください(YK)。

文献

  1. Hedtke, L., Nasim, R., Wun, Y., and Mah-Lim, M: Talking about grief & loss: different perspectives, 7th International Narrative Therapy & Community Work Conference, 2005
  2. 小森康永、山田勝、精神分裂病の家族心理教育におけるナラティヴ・アプローチ、家族療法研究、18(2):143-150, 2001

目次

  1. シナリオ「ダンシング・ウィズ・ミスター・D. ver. 3 」
  2. 第1回死についての勉強会/質問用紙
  3. 第1回死についての勉強会/報告および回答集計
  4. 第2回死についての勉強会/あたかも『岸辺のふたり』

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