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特別企画(第3話)

柴田元幸先生、『ティンブクトゥ』ってどこなの?

柴田元幸東大教授(X 小森康永 往復)eメール+短編

ポール・オースター著『ティンブクトゥ』(表紙)

 柴田元幸教授は、現代アメリカ文学の最高の翻訳家および紹介者として、ご存知の方も多いことと思います。最近では、エッセイばかりか小説まで発表され、「読むより訳すほうが早い」というご発言のとおり、次々と訳書も刊行されていますので、読者は息つく暇もないほどです。また、村上春樹の翻訳ブレインとしても有名です。私、小森は、リチャード・パワーズの『舞踏会へ向かう三人の農夫』(みすず書房,2000)に熱烈なファンレターを書いて以来、年に何度かメールのやりとりを続けさせて頂いています。


 今回、本サイト特別企画にご登場頂いたのは、昨年秋に、柴田先生の翻訳で発表された、ポール・オースターの『ティンブクトゥ』という小説には、遺族ケアの問題が色濃く反映されているからです。柴田教授には、往復eメールの形式で2往復、本書にからめて、日米の死生観など、ご自身の感覚も交えて語って頂きました。そして、そればかりか、なんと『死んでいるかしらRevisited』(『大航海』No.60(2006)掲載)という玉稿まで頂戴しております。うれしい限りです。読者の多くは、まずは『死んでいるかしらRevisited』をクリックして読みたい衝動にかられ、そのまま余韻に浸る方も多いと思います。そしてそれはもちろん結構なのですが、企画者としては是非とも、この往復eメールもお読み頂きたい。そうでないと、なぜこの短編がここに置かれるべきなのか、そしてそれがいかにしっくりくることなのかを実感する機会がみすみす失われてしまうからです。それは、惜しい。

目次

メール 小森 柴田教授 (06/10/11)
柴田教授 小森 (06/12/30)
小森 柴田教授 (07/01/15)
柴田教授 小森 (07/02/22)
短編 『死んでいるかしらRevisited』

 それでは、『ティンブクトゥ』をまだお読みでない方のために、ここで、すこしあらすじを紹介しておきましょう。

 主人公は、余命幾ばくもない売れない詩人「ウィリー」(40代前半の男性)とその愛犬「ミスター・ボーンズ」のふたり。ミスター・ボーンズは人間のことばを理解し、ウィリーと会話をすることができる。ウィリーは主人として、自分の亡きあと、愛犬を託すべき人物として高校時代の国語教師を思いつき、彼女を訪ねる旅に出る。そもそも彼が詩人になったのは彼女の賞賛あってのことであったので、人生の終わりに、ふたりは劇的な再会を果たす。ここまでが前半。
しかし、ミスター・ボーンズは彼女とすれ違い、新しい主人の探求が、後半で描かれる。ミスター・ボーンズが生きることの困難さを心底、味わう中、ウィリーは(往復eメールの中でもいくつか紹介されますが)夢の中に現れ、アドバイスや挑発を行う・・・

 尚、「ティンブクトゥ」Timbuktuとは、実際には、マリ中部の町で、16世紀には西アフリカ最大のイスラム都市だったそうですが、ここでは、「遠く離れた場所」という第2の意味で使われています。「黄泉の国」くらいの意味でしょうか。ちなみに、私がはじめてこの言葉を知ったのは、アル・ファルカトーレというギタリストがCDタイトルに、自分の出身地を使っているのを目にしたときです。

前略。柴田先生。

 『ティンブクトゥ』ありがとうございます。きっと僕は、この本を読むべき人間のかなり上位にランクされているのではないかと思いました。なんて、のっけから力、はいってますが。

 死にゆく人と遺された家族の物語ですからね。それにしても、きれいに二つに分かれている構成が、まずもって死を際立たせます。前半の死にゆく人としてのウィリーは、ある意味、申し分のない死に方をします。死について何の遠慮もなく気負いもなく語る相手がいて、しかも、最期には、ハイスクール時代の彼を完全に評価してくれたミセス・ロビンソンと再会し、またも存分にこれまでの人生を支持された上、気がかりであるミスター・ボーンズを託すことができるわけですから。物理的状況は悲惨であれ、これほど心理的に満たされた死に方はそうそうできないでしょう。中毒性精神病であれ、詩人肌のスキゾイドな典型的統合失調症であれ、ドロップアウトした人生など、どこ吹く風、ということになります。この前半を膨らませて、ひとつの物語にしたとしても、充分「感動的」な物語です。

 ところが、後半の遺された人としてのミスター・ボーンズの人生には大きく影が差すので、読者は動揺します。ウィリーは3回登場します。まずは、孤独なヘンリー少年の家を抜け出したとき(131ー5頁)。ウィリーは、こうアドバイスします。「ボルチモアから逃げ出して、間の抜けた野原で勝手に落ち込んで、訳もないのに飢え死にしかけてる。わが友よ、それじゃ駄目だ。新しい主人を見つけるんだよ、じゃなきゃその毛皮もじきに御陀仏だぞ・・・ボスを探し出すんだ。決定権のある奴を見つけて、そいつにくっつく。ほかに手はない。君には家が要るんだ」 そして、2度目には、ドッグヘイブンのケージの中で、悪魔となったウィリーから(186ー7頁)「お前は物笑いの種になり下がった。くたびれた、最低のお笑いだ。だからもうこれっきり、俺をお前の思いのなかに入れることを禁止する」と決別のことばを浴びせかけられます。そして、最後の3度目には、(夫との関係を悩むが故にミスター・ボーンズとの交流をかけがえのないものと感じているポリーのいる)ジョーンズ家を目指す森の中で(194ー5頁)、償いのことばを聞かされます。つまり、悪魔のウィリーは愛犬の愛情を試すためのものであったことが明かされるのです。そして、「ミスター・ボーンズはためらわずウィリーを許し」ました。そして、その翌晩には、ティンブクトゥへの入場がミスター・ボーンズに保証されていきます。元主人の(価値観や信念、希望や夢、それに生活原理からその人なりの取り組みまで)いわゆるアイデンティティというように表現されるすべてのことがらを、ミスター・ボーンズがどのように継承するかということが、問題になっています。結局、ミスター・ボーンズは「車よけ」ゲームに身をさらすという決断をするわけですが、それは、ウィリーのような主人はこの世では望めないという彼の結論ですから、主人のメッセージを死をもって守り抜くというカタチになっているようです。ただ、こう言ってしまうと、えらく殉死めいたものに聞こえますが、ミスター・ボーンズが老いぼれ犬であったことを加味すれば、現実的なバランス感覚がまったくないようにも思えない。それで、この先に議論を進めようとするなら、やはり死の自己決定権という問題にならざるを得ないわけで、とても私には太刀打ちできない領域に入ってしまいます。

 このように、『ティンブクトゥ』は、犬好きが軽く手を伸ばしそうな装丁で、やさしく誘いながら、気がついてみると読者は、死について考えているわけです。最近、『ジェイン・オースティンの読書会』とか『テヘランでロリータを読む』などの読書会物が注目されているようですが、思えば、死の教育において、『ティンブクトゥ』のような本を利用して、読書会という形式で死について考えることがあってもいいわけです。それにしても、ミスター・ボーンズの擬人化(擬犬化?)の選択についてなど、興味は尽きないですね。
ところで、柴田先生、このメールを書いていて、思いついたんですが(小森の思いつきにろくなことはないのだが、と聞こえないこともないけれど)、この『ティンブクトゥ』について、2、3回メール交換して頂けませんか? そして、それを「アンチ・キャンサー・リーグ」の特別企画第2弾にさせてもらうことは、できませんでしょうか? ご存知のように、第1弾は、乳癌の38年サバイバーにインタビューをお願いしましたが、その後、なかなか名案が浮かばずにいました。先生を人寄せパンダみたいにさせるのは心苦しいのですが、もしも先生に参加して頂ければ、私の病院に通われている患者さんたちは、ぐっと励みに感じると思うのです。多くの患者さんに『ティンブクトゥ』を読んでほしいですし。もちろん、こんなふうに、先ほどから僕が展開しているような、あまりに医療寄りの解釈はどうもね、というのもありだと思います。でも、こういった「文学臨床」(「臨床文学」ではなくて)は、僕には実に面白そうに感じられます。
また、ダラダラと長くなってしましました。このあたりで、キーボード叩きは止めにしておきます。
それでは。

草々
こもり 06/10/11

小森康永さま

 メールいただいてからずいぶん時間が経ってしまいました。申し訳ありません。10月から12月なかばにかけて、いろんなことが重なってしまい、あっという間に……という、いつもの言い訳はあるのですが、それだけでなく、いざ「死にゆくこと」について何か言おうとすると、その準備が全然出来ていないことをあらためて思い知らされます。

 アメリカ文学というのは、たぶんほかの国の文学より死の影が濃い文学で、たとえばポーのように、子供も生まれず、食べ物もほとんど食べない話ばかり書いた人もいて、そういう小説や詩を読むと、要するに生きるとは緩慢に死んでいくことだ、という思いがはっきり感じられます。フィッツジェラルドも「もちろんどんな人生も、ひとつの崩壊の過程であるが」と言っているし。

 で、そういう文学を紹介するのが仕事でありながら、死に対する心構えが全然出来ていないというのも情けない話ですが、考えてみれば、観念的に生を緩慢な死の過程と考えることと、死と向きあうことは話が別かもしれなくて、死と<折り合う>ことにアメリカ文学がべつに長けているわけではないかもしれない。現実のアメリカ社会を見ても、いろんな形で若さを謳い上げ、死を隠蔽しているわけだし。12月27日朝日新聞朝刊の鶴見俊輔・徳永進の死をめぐる対談の中での徳永進の秀逸な言い方を借りれば、死に対して「あきらめる力」がアメリカ人に特にあるわけではなさそうです。それは僕も同じで、いつの日か自分にそういう「あきらめ力(りょく)」がつくとはとても思えません。

 まあ僕個人のことはともかく、そうやって死と折り合っているわけではない文学の中で、オースターの『ティンブクトゥ』はちょっと特殊かもしれません。そもそも、だいたいアメリカ文学というのは成熟しない文学で、作家のキャリアを見てみても、結局一番最初が一番よかったなあということが多いのですが(ヘミングウェイなどはその典型だと思う)、そのなかでオースターは、珍しく着実に成熟してきていると思います。それとともに、死の描き方も、観念的な描き方から、だんだん具体的・個別的なものになってきているようです。本人と会って話しても、いずれ自分は死ぬんだ、という思いが出てきているように見える。何年か前に会ったときには「煙草をやめようと思う」と言うので、なぜ?と訊いたら、「なるべく長く生きてたくさん小説を書きたいから」と言ってました。まあ結局まだやめてないみたいだけど(笑)。

 小森さんの『ティンブクトゥ』感、大変面白く拝読しました。特に、「車よけ」ゲームに身をさらす、というミスター・ボーンズの決断の読み方に関しては、ナルホドと深く納得しました。あれが一種の殉死行為であって、儀式的・遊戯的ではあれ、根は死を選び取る行為なんだ、というのはなかなか言いづらいことですが(こういうところにも死を語ることへのタブーが働いてしまう)、それをスパッと言っていただいて、なんというか、スッキリしました。あれも、「あきらめ力」をつけるための助走、と言っていいのかな。僕も52歳、そろそろそういう助走の方法を模索しはじめた方がいいのかもしれません……いや、まださすがに早いか?と考えてしまうところが、往生際の悪い証拠なんですが。

06/12/30 柴田元幸

拝復。柴田元幸先生。

 ご返事ありがとうございます。訳書が店頭に並ぶ時期とその本への訳者の思い入れがピークになる時期がずれていることを、すっかり失念していました。ですから、いまさらと思われたとしても致し方ないかと思ってはいたんです。ああ、それなのに、お忙しい合間を縫って、返信していただき、ありがたい限りです。

 さて、先生の返信のどの部分に反応しようかなと考えておりましたが、そのまえに件の朝日新聞12月27日朝刊は未読でしたので、さっそく医局のストックをひっぱり出してきて読んでみました。死について語る医者など胡散臭くていかんと日頃から思っているのですが・・・あのなかで一番印象に残ったのは、鶴見俊輔のこの発言です。

 戦前、私はニューヨークでヘレン・ケラーに会った。私が大学生であると知ると、「私は大学でたくさんのことをまなんだが、そのあとたくさん、まなびほぐさなければならなかった」といった。まなび(ラーン)、後にまなびほぐす(アンラーン)。「アンラーン」ということばは初めて聞いたが、意味はわかった。型通りにセーターを編み、ほどいて元の毛糸に戻して自分の体に合わせて編みなおすという情景が想像された。  

 このラーンとアンラーンを、先生の指摘された「観念的に生を緩慢な死の過程と考えること」と「死と向きあうこと」に当てはめると面白いのではないかと思いました。前者のまなびを想像することはなかなか難しいのですが、誰でも自分のピークというのは自覚できると思います。たとえば、50過ぎたら、現状維持がせいぜいだろう、つまりできるだけゆっくり朽ちていきたいみたいな。ですから、ある意味、前者のまなびによる人生設計ですね。ところが、死というものは突然にやってきますから、結局、このまなびは、死がいつ訪れるにしろそのままでは役に立たず、生の残り時間(それがひと月であれ1年であれ)に合わせて、自分でまなびほぐさないといけません。それまでの生活を一気に加速させる芸術家タイプとか、これまでのライフスタイルを一変させるベジタリアン・タイプの方は、私がいつも接しているがん患者さんのなかにはそれほど多くなくて、大方は、現状維持を望まれます。そして、どんな選択をされるにしろ、迷いがないわけではないようです。ただし、このような選択は、その場に立たされた人にしかまずできないですね。となると、死にゆくことを準備していないことは、恥ずかしいことでも能天気なことでもなくて、準備ができたという人のほうがあやしい。「あきらめ力」は、死の射程距離に自分が入った時点で誘導されるもの、と考えた方がしっくりきます。どうやって死を迎えるかというのは、その時点での自分の状況によって大きく左右されるはずですから。

 「あきらめ力」と表現すると、まるで個人の内的資質みたいですが、やはり、これは相当、文化というものに左右されるはずです。それは、死後の世界に理解を示すかどうかということではなくて、死そのものが生活の中でどのくらい身近にあるかという問題だと思います。たとえば、僕が沖縄の病院に赴任した直後のこと。中国からヨーロッパまでオートバイで駆け抜けて体験記まで出版してしまうような先輩小児科医(1)から「こんどシーミーにおいで」と誘われて出かけてみると、それは、本土で言う、お彼岸の墓参りなんですが、もう一族郎党ひきつれての大ピクニックなんです。お弁当をたっぷり作って、ジャングルジムの2倍はあろうかという石のお墓の上を子どもたちがピョンピョン実に楽しそうに飛び回っている。泡盛飲んでカチャーシーまで踊った記憶はないけれど、まあ、死に湿っぽさがないことだけは確かで、豊かな文化のおおらかさを感じました。あきらめることを許容できる文化ですね。こんな文化の中にいれば、「あきらめ力」は誘導されやすいのではないかと。そう考えると、人が家で死ななくなって病院で死ぬようになってから「あきらめ力」が減退したというのも、納得がいきますし、あるところまでは一生懸命がんばって、それで無理なら、あきらめるという、ある意味あたりまえのバランス感覚も、文化の中で育まれるということが、実感されます。

 ところで、アメリカ社会では、遺族であれ(成熟した人間であるならば)しかるべき期間(それもかなり短い)を過ぎたら死者のことなど忘れて元の生活に戻ることを要請しているそうですが、そんな中で、『ティンブクトウ』はどんなふうに読まれるのでしょう? 『ティンブクトゥ』の発表は1999年で、9. 11の2年前ですが、その後に書かれていたと言われても、おかしくない作品のように思えます(2)。なんでそう感じるんだろうかというと、もしかしたら、あきらめることの許容を人々に提示しているからかもしれません。何かをあきらめなくてもいい世界、解決されないことのない世界というのは、いったいどんな世界なのでしょう? そんな世界がこれまでこの世にあったことなど、一度もないことはあきらかなのに、いったい人々は何を求めているのでしょう。もしもそんな世界があるとしたら、まさにそれこそ、ティンブクトゥですね。

敬答
小森 康永 07/01/15 

参考文献

  1. 大宜見義夫:シルクロード暴走記、朝日新聞社、1976
  2. Anderson, C.M.(ed). A world without Sanctuary, Family Process, 41(1);1-36, 2002(小森康永監修:聖域なき世界、家族療法研究、19(3):263-274, 2002)
    本特集は、アメリカの家族療法家たちが9.11に反応して、すぐさままとめあげられたもので、私たちも抄訳ですぐに伝えたのですが、読者からは何の反応も得られませんでした。所詮、ニューヨーカー/アメリカのことなんでしょうかね?
小森康永さま

 今回もお返事遅くなってしまい、申し訳ありません。昨日でやっと、もろもろの論文審査が終わり、やれやれです。

 9/11のあとに書かれた作品としてもおかしくない、という小森さんのコメント、オースターが聞いたら喜びそうです。ニューヨーカーである彼にとっては、9/11とその後は、何よりもまず、喪の機会でしたから。たしかに、ニューヨークの中にいると、そう感じられるのだと思います。外から見ると、9/11を引き起こした政治力学の方が気になってしまう(特に、ブッシュ政権の対応を考えると)ということはありますが。

 さて、おっしゃるとおり「あきらめ力」は文化に相当、影響されるはずであり、大雑把に言って、自分/他人、意味/無意味をはじめとする「世界の区切り方」(当然そこには生/死も含まれるでしょう)がいい加減な文化ほど、あきらめ力が強いのでしょうね。

 文化全体がどんどんアナログからディジタルに移行していくなかで、「世界の区切り方」は日本でもますますいい加減ではなくなっているし、アメリカはもともと個人主義の国であって「世界の区切り方」がやたらきちんとしていますから、どうも日本でもアメリカでも、あきらめ力が増しそうな要素は見当たりませんね。

 ……と、他人のことを言う前に、僕自身、あきらめ力がつきそうもないことをまっさきに認めるべきでしょう。何しろ、死が(いちおう)まだ迫っていない現在にあっても、「誰でも自分のピークというのは自覚できると思います。たとえば、50過ぎたら、現状維持がせいぜいだろう……みたいな」という小森さんのコメントを拝見して、「えっ、そうだったのか!?」と驚いたくらいで。仕事の質とか、文学を読む力とかに関して、僕は、自分がまだまだよくなると信じているみたいです。食道アカラシアを持病に持っているおかげで、肉体がいつまでも完全に機能してくれるわけではないことはいちおう自覚できているつもりですが。

 自分のことはともかく、じゃああきらめ力がつきにくいところで、どうするかと言えば、たとえば、逆に「きちんと区切る」ということをめざしたりするのかなあ。レベッカ・ブラウンの『家庭の医学』に見られるように、家族との別れをきっちり言葉で組み立てていくとか。でも、あれは、日本語でやったら、照れくさく、わざとらしく思えてしまうだろうなあ……。

 そういうなかで、『ティンブクトゥ』は、ウィリーは死んだあともミスター・ボーンズの夢の中に出てきて、要するに「死んでいるのに死んでいない」。小説として考えると、そういう設定がそれなりにリアリティがあるのは、ひとつにはミスター・ボーンズが犬だということもあると思います。言葉も理解できるし、ほとんど人間のように思えるけれど、彼が人間とは違う生/死のかかわり方をしても、我々は何となく納得してしまう。現実には言葉を双方向でやりとりすることはできなかったけれど、それが夢ではできる、といったように、人間対人間の場合より、夢がいっそう特別な場になっているのも、ミスター・ボーンズが犬だからこそです。もちろんオースターの書き方が上手いからでもありますが。

 しかし、我々はとりあえず犬ではないわけで、「あれは犬の話だから」で片付けてしまっては建設性がありませんね……すみません。犬ではなくても我々も夢は見ますし、僕なんか夢の中にしょっちゅう死んだ父母が出てきますが、あくまで生きていた頃の人として出てくるわけで、死の世界の叡智を伝えてくれるわけではないしなあ……

 なんだか堂々巡りになってきたので、死の世界とのやりとりについて書いた駄文を添付してひとまず終わりにします。しかし、こういう話をすることを仕事になさっている小森さんは偉い! 自分に大したことが言えるわけじゃないことは見当がついていましたが、ここまで言うことがないとは……。いずれは、自分の問題になって、オロオロする時が来るのでしょうが。

07/2/22 柴田元幸

短編:死んでいるかしら Revisited

 あーあ、またか。夜中に、例によって午前三時ごろに目が覚めて、例によってトイレに入っていざ用を足そうかというところでフト気がつくと、そのトイレは、かつて子供のころ住んでいた家のトイレである。もうその家はないのだから、これは幽霊のトイレである。幽霊のトイレで用を足すとどうなるのだろうか。あるいはこれって単純に夢だろうか。だとすると下手に用を足したりすると、おねしょっていうことになってしまわないだろうか。ワタシはまだ五十二歳。五十二でもうおねしょとは、ちょっと情けない。
こういうときは第三者の意見を導入するのが一番と思い、寝ている妻を起こして見てもらうことにして、トイレを出て廊下を戻っていったが、暗いのでこの廊下が現在の家なのかかつての家なのかはよくわからない。このドアは……えっと、このドアはどの家のだ。たしかここに僕が寝ていてここに……寝ていたのは誰だっけな。妻がどうこう、などとついさっき考えた気がするが、僕に妻とかいましたっけ。よく覚えていない。たしかトイレに行くはずだった。なんで用も足さずに帰ってきちゃったのかな。トイレはどっちだ。どっちだ……こっちかな。廊下が暗い。こっちにスイッチがあったような気がするんだけど。あったこれだこれ。
 点灯。
 手に何か入っている。スイッチを押したときスッと入ったのだ、スイッチにはさんであったのだろう。手書きでぐじゃぐじゃ何か書いてある。あっそういえば電気が点いてわかったけどここは昔の家だなどう見ても。いまの家はどこへ行っちゃったんだろう。たぶんこれは悪い夢で、待っていればそのうち覚めるんじゃなかろうか。いままでの人生、面倒なことはだいたい、待っていればじきに消えてくれた。やりすごし人生。だけどそう何もかも消えてくれるわけじゃないだろうな。死ぬとか、やりすごしようないと思うし。まあとにかく。えーとそれで何が書いてあるのか。「しんでおめでとう このeメール 着くかどか[どうか?]わかりませんが……」あとは字が小さすぎて読めない。書いていくうちに字がだんだん小さくなっていくのはパーキンソン症候群の主たる症状の一。F子さんの字だね、なつかしいね、と肩のうしろから妻の声が聞こえた気がする。してみるとやっぱり小生、妻帯者なのでしょうか。僕の母をF子さんと呼んだのは妻だけだ……という気がするんだけど。それともそれって、本か何かで読んだ話かな。
 それにしても、震えた手書きメッセージがなんで「eメール」なんだろう。だいたいうちのおふくろが、生前eメールなんて知ってたとは思えない。母親の前でノートパソコンを持ち出して仕事をしたりした覚えもない。親の前では、だいたいいつも、適当に雑談しながら手書きで翻訳の第一稿を作っていた。やっぱりこれ、母は霊界で知ったんだろうか。開発されて一年近く経つ、霊界とのウェブ通信、まだまだ半信半疑の人も多いがやっぱりあれは本当なんだろうか。何しろhttp://xxx.underworld は通信量に限りがあるから、莫大な料金を払って申し込んだ上、順番が回ってこないことには自分で確かめようがない。昔インドに行って、イランに国際電話をかけようと思ったら郵便局ですごい順番待ちで大変だったけど、ちょうどあんな感じだよな。でも自分でやったって、どこまで確信できるか。霊界にいる死んだ家族や友だちからメールが来たという知り合いもけっこういるけど、みんなもらったメッセージは、仕事はうまく行ってるか、きょうだい仲良くやってるか、こっちはみんな元気だ、あの程度の内容なら誰でも捏造できる気がする。だいたい霊界でみんな元気だってどーいうことだよ。
 そもそも、霊界にいる人は、生きていたときのどの時点の精神を有しているのか。時間を超えた本質的アイデンティティを霊界では永遠に生きるのですとアンダーワールド社は説明しているが、そんなものあるのかいなほんとに。だいたい僕は、夜中にトイレの前に立って死んだおふくろが書いたみたいに見えるどこからともなく出現した紙を握って立ちながら、霊界ウェブ通信への懐疑以外は何ひとつハッキリしなくて、自分が誰なのかもよくわからないんだぜ。
 とはいえ。とはいえ。僕の場合、ただのサル芝居かもしれない電子データなんかじゃなくて、母の手書きのメッセージが届いたのだ。これは嬉しいことではないだろうか。すごく嬉しいことではないだろうか。しかし「しんでおめでとう」ってどういうことだろう。新年おめでとう、の間違いだろうか。この「で」もかなり乱れ震えてるけど、「ねん」には見えない。「年」になら……やっぱり無理か。やっぱり「しんで」か。「死んでおめでとう」。ということはワタシはもう死んだのでしょうか。死ぬとこういう訳のわからない時空間を混濁したアタマでさまよわされるのだろうか。まっさか。死んだら何もなくなる、というのが僕の信念です。信念だから根拠ないけど。
 何でもいいからとにかくまずトイレ入ろう。おねしょならおねしょでいいや。そう思ってふと廊下の奥を見ると、母親が座布団敷いて座って、前に小さな座り机を置いて、墨をすっている。背筋は伸ばして肩を軸にして右腕だけ動かしてすりなさい、と中学では言われたけど、僕なんかもともと猫背で背筋が伸びていた試しがないのであって、墨をするときだけ急に伸びるわけねーだろ、で、その母親なんだし、それにパーキンソン症候群で体はつねに右斜め前方約十五度の角度に傾いているんだし、すずりの上で黒い墨が締まりのない放物線を描いています。ああやってすった墨で、「しんでおめでとう」と書いたのだろうか、と一瞬思ったがどう見てもこの字はボールペン。いま思えば、父はもっぱら油性の細字ボールペンを母に与えていたが、水性太字ボールペン、具体的にはゼブラSarasaの一・〇ミリを使わせたら筆圧も油性細字ほど要らず、もう少し判読可能な字が書けたんじゃないだろうか。三菱Signo一・〇ミリならさらに筆圧要らないが(同じ一・〇ミリでもこっちの方が太い)、乾くのは遅いからきっと手の甲でぐじゃぐじゃにしてしまっただろう。まあどのみちもう手遅れだけど。というかそのくらいムスコであるワタシが、水性太字ボールペンフリークであるワタクシが、思いついてしかるべきだったんだけど。「しんで……」もやっぱり油性の細字で書いてあって、ところどころボテが付いている。
 正座して、しかし悪い姿勢で墨をする母の隣にも誰かいるので、暗いそっちに目を凝らすと、もう一人母が正座して、やっぱり座り机に硯を置いて悪い姿勢で墨をすっていた。その隣にもやはり母がいてやっぱり墨をすっている。その隣、その隣……どうやら僕が見れば見るほど、墨をする母の数は増えていくようだった。それを見ながら、ここで言いようのない悲しみに襲われて僕は自分が死んだことを確信してさめざまと涙を流すのではないか、と思ったりもしたのだがべつにそういうカタルシスというかクライマックスというかが訪れたりもせず、いまだになんか中途半端に、トイレ行こうかどうしようか迷っていて、いずれ行かなくちゃとは思うのだが、ドアを開けたらどういうトイレが待っているか、何も考えず入ったさっきとは違い、つい不安なもので、ぐずぐず行きそびれてもう何日かが経った。墨をする母たちの列は、いまや万里の長城のように長い。やっぱり死んでるのかな。

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