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特別企画(第6話)

愛知県精神保健福祉協会平成20年度特別講演

「緩和時間:私の考える精神腫瘍学」〜ベッドサイドからのメッセージ〜

愛知県がんセンター中央病院 緩和ケア部 精神腫瘍診療科医長 小森 康永

 癌というのは今、新聞を広げれば毎日必ず記事があるぐらい注目されていて、がん患者さんの心のケアにも関心が集まっています。皆さんも「緩和ケア」とか「緩和医療」という言葉はよくお聞きですね。私の所属も緩和ケア部となっています。今日、緩和ケアでなく「緩和時間」というタイトルを付けたのは、緩和ケアというと分かりやすいのですけれども、痛みを止めたらそれでおしまいみたいな少し寂しいニュアンスがあるからです。私は言葉遊びが好きですから、「緩和時間」としたらすこし哲学的な響きがあって、これでもう少し深みのある仕事になるのではないかと思って、緩和時間、緩和時間と言いながら、仕事をしています。
 私の肩書きにはもうひとつ、「精神腫瘍診療科」とあります。これは、精神腫瘍学という、がん患者さんの心のケアを研究する学問領域から来ています。名前が多少変なのですが、精神と腫瘍の間の相互作用を研究する学問ということです。腫瘍が精神に影響を及ぼすのはお分かりですね。がんがあれば当然、抑うつ的になったり心配や不安になったりいろいろあるわけですから、この方向は研究もしやすいし進んでもいます。しかし、逆に、精神が腫瘍に何か良い影響を及ぼすかという研究には、なかなかポジティヴなデータが出てきません。例えば、スタンフォード大学というアメリカの大学で、乳がんを再発した方たちのグループ療法をやって延命効果があったという論文が1989年に出ました。それがたぶん精神ががんに対して何らかの影響を及ぼしたという最初の報告ではないかと思います。それでアメリカでは、グループ療法が一気に広まりました。しかし、本当に延命効果があったかどうかという議論は、まだ今もクエスチョンです。いずれにせよ、こうした研究が、精神腫瘍学と呼ばれるものです。
 従来、がんの終末期には、ホスピス、ないし緩和ケア病棟で、積極的な治療をしない緩和医療が提供されてきました。しかし2002年に、緩和ケアチームが保険診療上認められました。それで、緩和ケア病棟を持っていない病院でも、緩和ケアが本格的に提供できるようになったわけです。緩和ケアチームは、一般病床に入院する悪性腫瘍、またはエイズの患者さんのうち、頭痛とか倦怠感、呼吸困難などの体の症状、または不安や抑うつなどの精神症状を持つ人に対して、当該患者の同意に基づき、症状緩和に関わります。チームの構成は少なくとも3名、精神科医と緩和ケア医と緩和担当看護師が必要です。費用は1日300点ですから、3,000円。3割負担だと、1日900円です。ただ、加算は何人でも取れるわけではなくて、スタッフ3名として30名です。私は大体1日10人前後の患者さんを診ています。それだけの患者さんを診るということは、逆算すると給料が出るか出ないかという、そんな数になるわけです。このように保険診療が決まって、精神科医ががん医療に経済誘導されたということです。
 それが4年前から始まって、去年の全国集計では、全国で250ぐらいの緩和ケアチームがあります。ということは、250人の精神科医が緩和ケアチームに関わっていることになって、全然少なくないではないかと思われるかもしれませんが、内実はそうではないのです。精神科医と緩和ケア医というのはどちらかが専従であればいいという但書きがあり、精神科医が専従になっている緩和ケアチームというのは、日本で9つしかない。大方は、たとえば麻酔科から変わったという経歴の緩和ケア医という人たちが、疼痛身体管理をしています。愛知県がんセンターは精神科医が専従のチームですから、私は、非常にレアな仕事をさせてもらっていることになります。

 精神腫瘍医の仕事が実際にどんなものかというと、私の赴任1年目には、入院患者さんの紹介が227件ありました。去年も250件だったので、大体それぐらいで落ち着くのでしょう。平均年齢は58歳。男女比はほぼ1:1です。精神科診断は適応障害・せん妄・うつ病の3つで大体7〜8割を占めています。
 適応障害というのは、いわゆるストレスによるもので、例えば、がんの告知を受けてパニックになってしまい、とても自分にはがんの治療なんか受けられないという人や、突然呼吸困難になって何度も救急受診する方、心配で心配でたまらず不眠がひどい方など、急性に反応した方が多いですね。
 一方、せん妄というのは、心の病気というよりもからだ、特に脳の一時的な機能障害で、精神症状が出るものです。幻視が出る方が多いのですが、被害妄想的になる方もあります。軽度の意識障害が主体で、場所が分からなくなったり時間が分からなくなる見当識障害が出たり、夜眠れなく昼に寝てしまう。夜中に突然、不穏になる人も多い。せん妄は、がんセンターでは患者さんの疼痛管理に麻薬を使うことが多いので、その使い始めや増量時、変更時によく起こります。もちろんナトリウムが低いとか、カルシウムが高いとか、いろいろな体の条件によっても出てきます。横断面だけ見て、認知症になってしまったと家族が嘆かれていることもありますが、症状は派手でも治る病気です。
 最後に、うつ病は、現在の診断基準で言えば、抑うつが強いか、興味や関心のレベルが低下するもので、他にも食欲がなくなったり、眠れなくなったりなど、一定の診断基準がそろうと診断が下ります。

 精神腫瘍学というのは1975年に生まれた学問領域ですから、非常に新しいわけです。まだたかだか30年ちょっとです。ニューヨークのメモリアル・スローンケタリング・キャンサーセンターというところで、ジミー・ホランドという女性精神科医が始めたのです。世の中に必要性があって、順調に学会なども組織され、1985年には日本サイコオンコロジー学会も誕生しています。
 精神腫瘍学が生まれてきた背景には、がん治療が進歩して生存率が向上したり、インフォームドコンセントやQOLを重視する傾向が強くなってきたり、死についての議論が社会的に活発になってきたことなどがあります。
 研究、および診療の課題は、以下の通りです。

1)病名告知の問題 2)その有無に伴う患者心理の問題 3)患者はどの程度の検査、治療に耐えられるか 4)がんによる症状性精神病 5)疼痛、嘔気、嘔吐、食欲低下などの苦痛に対する緩和ケア 6)終末期の医療とケア 7)ホスピス 8)子どもと老人のがんの特殊性 9)がん患者の家族をめぐる種々の問題 10)医療スタッフと患者、家族との間の心理的関係の問題 11)医療や看護師のストレスおよびその予防、治療、教育 12)精神神経免疫

 たとえば、病名告知の問題。これは現在、がんセンターなどの場合、名前にがんセンターと書いてあるぐらいですので、告知というのは当然のごとく行われます。告知をするかどうかということが問題になるということは、もうないわけです。ただ、そこで問題になるのは、告知の時点でもう積極的な治療ができない場合です。がんの治療をこれから一生懸命やって、耐えることは耐えて、少しでも治していこうと気を取り直した直後に、既にできることがありませんと言われる方も、中にはいらっしゃるので、心理的援助が必要になるわけです。
 がんによる症状性精神病、これはさっき言いましたせん妄のことです。せん妄は非常に多いので、この領域の一番の研究対象になっています。私のところに紹介される方だけでも、年に120〜130人みえます。頭痛、嘔吐とか食欲低下などへの対処も大きな問題です。
 他には、終末期の課題があります。がんセンターへ赴任したとき、私は、癌の告知がされている以上、余命の告知も同じように行われていると思っていました。ですから、亡くなっていくときにどんな援助をするのがいいのだろうかとよく考えました。然るべきときに家族が集まって、亡くなっていく方を囲んで、これまでの人生を振り返ったりその人の業績を讃える、確認するような仕事というのが、当然、ケアになると思っていたのです。しかし、さっきも言いましたように、ある意味で死はタブーなので、そういった仕事はあまり求められませんでした。
 ちょうどその頃、いわゆる精神腫瘍学の勉強を始めました。名市大の精神科には明智龍男先生という、日本の精神腫瘍学を背負って立っている有名な先生がいらっしゃるので、しばらくこの領域のお作法を習いに行きました。そこで、亡くなっていく方にこれまでの人生を振り返った上で、遺していく家族にどんなメッセージを残すかを一緒に考えて、その面接を録音して、メッセージを手紙のかたちで残して家族に伝えていくアプローチがあると聞きました。それが、2005年にカナダのマリトバ大学のチョチノフ教授が考案したもので、Dignity Therapyと呼ばれています。

 ディグニティ・セラピーでは、例えば「あなたの人生について少し話してもらいたいのですが、特にあなたが一番覚えていることとか、最も大切だと考えていることはどんなことでしょうか」とか「あなたが一番イキイキとしていたいときはいつごろでしょう」という質問から始めて、全部で9つの質問をします。
 普通の慎み深い日本人が唯なんとなくこれを読むと、こんなことをことさら言うほど自分は立派な人生を送ってきたわけではないと思うのが、たぶん一般的な反応ですけど、それでもこのような質問について2、3日考えてもらうわけです。結局、じゃあやってみようと思われた方は、いろいろな答えをもってこられて、すばらしい文書ができあがります。
 ようやく、亡くなっていく方やそのご家族にとっての心理的ケアが、ひとつの形あるものとして出てきたわけです。これまでは、キリスト教を背景にしたケアしかなかったことを思うと、格段の進歩ですね。この話を聞くと、医療従事者やマスコミの人たちはたいがい「すごく良さそうですね、やってあげるといいですね」と言うんですが、実際にされる患者さんは、少ないのです。2年間で、私と一緒にこれに挑戦された方は、10人でした。そのくらいの方しか挑戦されないだろうと私が感じたということではあるのです。それで、これは、がんセンターだけの特殊事情なのかと思っていました。高度な医療機関だから、まだまだこれから治療していくという流れの中で、自分が亡くなっていくことを見据えてメッセージを残すなんてことはやりにくいのかと思っていたのです。しかし、これは、日本人の死に対する態度が欧米人のそれとは違うためだということが分かって来ました。
 去年の秋から、日本でのこの療法の実施可能性がどのくらいあるか厚生労働省の多施設共同研究がスタートしたところ、ホスピスでもあまり志願者がいなかったのです。ホスピスであれば、余命のこともはっきりしているわけだし、積極的治療をしないことも自覚してみえるわけだから、相当数の方が挑戦されるんじゃないかと、研究者は皆思っていたんですね。ところが、実際には非常に少ない。もともとのカナダやオーストラリアでの研究では、何の造作もなく100人という対象が集まっているのにです。
 それでは、この治療で患者さんがどんなことを話されるのか、ごく一部を紹介します。76歳の男性で、急性骨髄性白血病になられた方です。精神症状があって私に紹介があったわけではありません。ずっと長くクリーンルームにいて、やはり余命が半年を切っているので、こういった援助をしてもらったほうがいいんじゃないか、と主治医の方から依頼があったのです。文書の冒頭はこんなふうです。

 わしの人生について一番憶えていることは、そらまあ、終戦後、21、2年だったかな、父親が建築屋でその後を継いだもんだで、原爆の落ちた広島に入ったときの、地面の上には何にもなくなっている、その恐ろしさやね。銀行なんかの傍に立っていた人の影が黒く残っている、人だけが溶けたみたいに一杯残っていて、それ見るだけで涙が出た。こんな恐ろしいこと、今の時代に言うても仕方ないかとも思うけど、広島や長崎のそれを見た人たちはみんな反対すると思う。今、原爆は、北朝鮮のことがあって話題になっているけどもな。平和公園のそばの工事で入った川の底には、人骨が一杯あったからね。日本瓦は、光線が当たっている方は溶けていても、そうでない方はちゃんと残っとった。8時20分頃だったんかね、学校の生徒たちは朝礼中で、大変だったろうと思う。30人くらいで組んで、鉄骨で橋を掛けていったんです。土台ができているところへだったから、半年ほどで済んだけどもね。中州みたいなところだから、橋がないとどうしても交通の便が悪い。町と町のあいだに橋がないとどうにもならんわけや。21かそこらやったかな、独りやったし、生き生きしとったね。「そんなときに広島に行って放射能浴びたから、がんになった」と息子は言うけどね。

 こういったことを最初に語られたあとで、一番大事なことは何かという質問に対して、この方は、もともと建築をされていた人ですから、橋を作るということが人の命を預かるどんなに大切な仕事かということ淡々と語られたわけです。
 これは一つの例ですが、いわゆる普通に主婦をされていた方にこういう質問をしても、仕事を続けてみえた人とはまたひと味違う、しっかりした答えが返ってくるのです。例えば、地元で婦人会の活動のことをきちんとしていたことなど。そういうふうに語られたものを文書にして残すのは、ターミナルケアが尊厳の維持を目指す以上、本人の経験を大切に言葉にする点で、とても貴重な機会になると思います。

 アンチ・キャンサー・リーグは、私の仕事で紹介しておきたい、ホームページ作りです。日本語に訳すと「反がん同盟」ですね。興味のある方は覗いてみてください。
 最近アップしたばかりの特別企画は、『ムッシュ・デプレに訊く』という心理教育的人形劇です。うつ病は、英語でデプレッションと言いますけど、それをちょっとフランスっぽく、ムッシュ・デプレと擬人化したんです。私が精神科医として、彼にインタビューする、二幕ものの人形劇です。
 患者さんに対して、普通にうつ病の医学的説明をしてもいいんですが、うつ病が長引くと、うつ病という病気と患者さん本人が同一視されてしまいます。家族もそうですし、まわりの人もそうです。うつが悪いんじゃなくて患者が悪いというふうに、どんどん話がすり替わっていってしまうのです。長引いたうつの治療では、それが一番まずいのです。ですから、そういったことを無くすために、外在化を教育の重点においた人形劇を作ったのです。HPを開いてもらえば、シナリオは載っていますので、読んでみてください。まあまあ面白いですよ。
 もともとこのホームページを作ったのは、がんセンターに通ってみえる患者さんたちの実際の声を、ほかの患者さんたちにも届けようと考えたからです。今は、がんの闘病記などいくつも世の中に出ていますけども、やはり自分の通っている病院にかかっている人がどんな思いをしながら治療しているのかということが、一番患者さんたちにとって関心のあることで、励みにもなるのです。「メンバーの声」も「家族の声」も、常設企画にあります。たとえば、『佐藤さん、乳がんの38年を語る』という特別企画に協力して下さった方も、38年前にがんセンターで乳がんを手術された人です。
 患者さんの体験から病気のことをいろいろ学んでいこうというのは、今の時代のすう勢としてあるんですね。昔であれば、医者が専門知識を持っていて、それを患者さんたちが分けてもらって治療に役立てるというふうだったのですけど、そうじゃなくて、もう少しきめの細かい、それこそ告知を受けたときにどんなふうに思ったのかということ等は、告知を受けた人にしか分かりません。ですから告知を受けたときの感じ方とかそういったことが出ていると、自分の気持ちと比較参照したくなりますし、治療的に考えていくことが出来るのだろうという発想です。
 私がやっているのは手作りのものですけど、世界的にはオックスフォード大学できちんとしたものが作られていますね。ディペックス(Database of individual patient experiences)と言われているもので、30以上の病気について1200人を超す患者さんがビデオ録画などで自らの体験を語っています(http://www.healthtalkonline.org/)。日本でも今、日本語版を作ろうという動きがあって、東大や大阪府立大学の研究者たちが、乳がんと前立腺がんについてデータベースを集積しています(http://www.dipex-j.org)。ですから、ゆくゆくは、全国的にそういったものが出来てくると思います。そういった中でこそ、もう少しきめの細かい医療が出来るようになると思います。そういう意味では、今、医療の担い手は非常に面白い時期にいるのです。

 緩和時間に話を進めましょう。皆さんは普段、時間についてどんなふうに考えてみえますか。時間は、一般的には、主観的な時間と客観的な時間というように捉えられています。それは実感としてよく分かりますね。講義を聞きながら、暑いなあ、長いなあと思っている1時間は長いですし、楽しい時間は短いかもしれません。主観的時間というのは、自分が実感する時間です。
 ところが、マクタガートという人は、時間には3種類あると言っています。彼によると、それぞれの時間系列を感じるのは自由だけれども、主観的時間(A時間)や客観的時間(B時間)は実在しているものではありませんよと。じゃあ、実在するとしたら何があるかというと、結局は、配列としての時間、C時間しかないというわけです。分かりますか? 分からないですよね。僕もよく分からないんです(笑い)。とにかく時間が止まっているようなもの、時間の流れというものがない時間というのがあるということです。
 普通、時間というと川の流れのように思いますね。過去、現在、未来と流れていると。いわゆる心理的ケアは、そのイメージで行われるわけです。例えば、うつ病の人が、この先、病気が良くならずに、このままうつうつと生きていくしかないんだと述べられるときには、現在の時点に立ってその抑うつが続く未来というものを語ってみえるのです。これは、主観的な時間体験ですね。客観的には当然、未来のことなんてどうなるか分からないのですから。主観的時間の中で精神療法をするということは、とどのつまり、そのような結論をそうでもないんだよと思ってもらうことなわけです。5年、10年、15年先も同じような状態で自分の抑うつは続くと考えてみえる方には、それなりの根拠があるわけです。その根拠をためつ、すがめつ吟味しながら、まあそうでもないかと思ってもらうのが精神療法です。主観的時間の中でいろんなお話をしながら、その人の思いを楽にしていくわけです。
 ところが、どんな視点で、どんな時間系列でもの考えると一番治療がうまくいくかということは、実は、それぞれの疾患によって、重点の置きどころの違いとなってきます(表1)。

緩和時間における時間間隔
(表1)

 例えば、せん妄というのは、さっき言いましたように、体のコンディションから来る一時的な意識障害なので、せん妄の人に精神療法をしてもあまり意味はなくて、きちんとした生物学的治療をしなくてはいけないわけです。生物学的視点が一番重要な疾患というのは、やはり薬物できちんと治療することが一番大事です。難しいのは、非常に軽いせん妄があるわけです。性格変化だけのせん妄というのがあるんですね。「入院してこられたときから、どうもあの人は怒りっぽいんだけど」というようなせん妄です。それも診断がちゃんと付いて、抗精神病薬が投与されなければ治らないのです。僕が病棟500床全部回診するわけにはいかないので、看護師さんの診断能力が高くないと、軽いせん妄というのは治療に行き着きません。せん妄治療の生物学的視点を重視して、そういったことを看護師さんたちにもきちんとみんなで共有してもらうことが、せん妄の治療に繋がっていくんですね。そのとき、ご本人は、いわゆる時間が無いような感覚の中にいます。せん妄の人は、変な夢を見たとよく言われますが、夢を見ているときも、通常の時間感覚はありません。つまり、通常の時間は流れていないC時間の中にみえるわけです。ご家族にしても、何か急に時間が止まったような感じでしょうね。ずっと普通にして来られた人が、いきなりトンチンカンなことを言い始めるわけですから、非常に戸惑われるわけです。そういう中で、いわゆる客観的時間のB時間に沿って、あと一週間経ったら、薬を始めて一週間経ったら、症状はこれぐらい良くなりますよと説明してあげられれば、一番安心されるのです。話は、割とシンプルです。
 ところが、うつ病というのは、生物学的視点で方がつかない場合も多い一方、患者さんは主観的時間を生きてみえます。薬が効いている場合は、客観的時間に沿って説明がしやすいわけですが、そうでない時は、少し精神療法的になって、主観的時間に合わせて会話を組み立てていくことになります。
 さて、適応障害では、完全に主観的な時間が流れています。この病気の症状自体は、非常に薬がよく効くんですけども、その成り立ちとしては、心理社会的視点で考える意味もあるのです。安定剤ですぐ良くなる場合はいいのですけど、良くならない場合はやはり、ご本人の主観的時間の感覚にこちらも合わせることです。
 最後に、終末期の問題というのは、スピリチュアル・ペイン、ないし実存的苦痛と呼ばれていて、死にゆく過程にあるとはいえ特別からだが悪いわけではなく、心もさほど病んでいるわけでもないし、家族ともうまくいっている、けれども、死を前にして、自分の人生を振り返って、どこか不全感を抱いている、そういう状況のことを指しているのです。
 終末期になると、時間のことは皆さん言われなくなります。何て言いますか、要するに主観的にも客観的にも死が見えているわけですね。ですから何か時間のことを語るということは必然的に死のことを語ることになってしまうので、それはなるべく語りたくないという思いが、みんなに共有されるのです。それはご本人もそうだし、ご家族もそうだし、もちろんそのご本人とご家族がそういう状態であれば、医療従事者は当然それに合わせるわけですから、結果的に、終末期の患者さんのベッドに行くと時間が止まったように感じます。これは何ていうか、言葉を変えれば、祈りみたいなものですね。時間の流れは、もうないのです。
 もちろん、さっき言ったように、ディグニティ・セラピーをやろうという人たちは、もう1回人生を振り返ってこんなことがあって、あんなことがあってと、人生をもう1回見つめ直すわけです。その中には、時間の流れが当然あるわけです。でも、そうじゃない人のほうが、少なくとも2008年現在の愛知県がんセンターでは、圧倒的に多い。
 もちろん、終末期の方に対しては、ご家族も含めて、(ディグニティ・セラピーを拡大したような)ナラティヴ・セラピーができるし、実存精神療法というような死に直面化するアプローチも、あるにはあるわけです。スタンフォードでおそらく世界ではじめて乳がんのグループ療法をやっていたヤーロムという人は、実存精神療法を現在でもやっています。日本だとフランクルが有名ですが、ヤーロムは、死をきちんと見据えることで死の恐怖から逃れられるんだという考え方です。だから、ちょっと恐い。普通の人には恐いです。一番新しい本は、『太陽をみつめて』というものです。フランスのラ・ロシュフコーという思想家が「太陽と死はじっと見つめることができない」という箴言を残しているんですけど、ヤーロムは、太陽は見つめることはできないけど、死を見つめることならできる、それこそが一番大事だと語っています。死を前にした人だけじゃなくて、例えば中年の危機に立った男性、女性もそうですが、そういう人たちにとっては、老いを見つめるということですね。そういったことが一番大事なんだよと。そういった精神療法に乗れる人には、終末期でも主観的時間を共有しながら、そういった治療ができるわけです。しかし、そういったことは会話の中には出せなくて、どうか少しでも楽に生き延びてほしいという思いだけがベッドサイドにあるようなときには、私たちも同じようにそういった時間感覚を共有して、いっしょにいることしかできないのです。
 なぜこんなことをことさら言うかというと、やはり医療従事者というのは、主観的時間を共有して、何らかの新しい物語ができないと精神療法的に関わったわけではないと思う人たちが、多いからです。でも、それはたぶん違うんです。患者さんやご家族が、そういう時間の中にいて、それが重視されるのであれば、それを共有することが、尊厳を維持するということに繋がるのじゃないかと思います。つまり、C時間にC時間で応えてよいのだと、私は言いたいのです。
 ご清聴ありがとうございました。

質問1:終末期で死を迎える方というのは、実際には今、先生の現場でどういうかたちで亡くなられていると見ていらっしゃるのか。 また、現場では、実際にはどういうケアが行われているかというところを教えてください。
回答:ディグニティ・セラピーは、イメージしてもらいやすいでしょうね。ここに質問プロトコールがあります。例えば、月曜日にこういう治療がありますと説明したとしますね。質問を少しイメージアップしておいてくださいと言って、質問用紙をお渡しします。そして、水曜日に録音面接をやります。それは1時間くらいかかります。それをテープに録音して、逐語録にして、さらに編集の上、文書にまとめます。それを金曜日にご本人にお返ししてチェックしてもらう。御本人のチェック後にそれをもう一回直して最終版にして、ご本人がそれを残したい人の分だけ文書をプリントします。文書を渡す相手というのは、最初に聞かないとだめです。誰に残すかによって、語る内容は全然違ってくるからです。
 文書を残す相手というのは、あたり前ですけれど、人それぞれみな違うわけです。もちろん中心になるのは家族ですけども。例えば、婚約したばかりの女性が誰に残すかというのはかなり難しい問題で、ご本人が決められることなんです。最初は、やはりフィアンセに残したいと言って始められてイメージアップしたものの、やはり両親にだけ残したいと言われた人もいます。もしも離婚されていて、子どもを別々に養育している場合などは、さらに込み入ったことになります。
 患者さんがそのあと文書をいつ渡されるかというのは、ご本人次第なので、中には、やったけれども渡してないという人もいるかもしれません。渡すタイミングを逃すということもあるでしょうし、気が変わるということもあるでしょう。文章ができた時点ですぐ渡したという人はあまり聞いたことがないです。やはり何かのタイミングに渡したいという方が、多いのでしょうね。
 私の感覚では、ご家族もご本人も感謝されますね。劇的な変化というものではないんです。こうやって、今の時点で人生を振り返れて良かったと。当然、それをやらなければ思い返すことのなかったことを、その時点で思い出すことができて、すごく良いきっかけになったと、そういったこともありますね。
 それで、あとはご本人の許可を得て、カルテに文書のコピーを貼るわけですね。そうしておくと、担当の看護師や主治医が誰でもそれを読めるわけです。そうすると、ご存じのように医療従事者は非常に忙しいので、例えば当直の夜なんかにその文書を読むわけですね。すると、自分たちが知っていることとは全然違うことがそこに書いてあるわけです。要するに、終末期は死はタブーだけれども、こういった治療も選択肢としてあるし、そういうことをするとこんな答えが返ってくるということを医療従事者は体験するわけです。こうなると、次の患者さんに繋がっていきます。次の患者さんで同じような状況の人が来られたら、看護師さんの方から勧めてくれます。
 もしも私が1人でディグニティ・セラピーを趣味みたいな感じで、病院でやっているとしたら、それは広まっていかないですね。そうじゃなくて、厚労省の研究班のひとつとして院内の倫理委員会も通してやっているんですよと100人以上いる医師全員にメールを流して協力してもらったりとか、看護師さんにもその辺を知ってもらったりとか。それこそ、治療文化というのを病院の中で作っていくことになるわけですから、ひょっとしたら患者さん自身よりも医療機関全体にとってのメリットの方が大きいのかもしれないですね。
 ただし、C時間の中で亡くなられる大多数の患者さんにとっては、狭い意味の心理ケアじゃなくて、看護師さんたちがきちんとやってくれているような、しっかり体のケアをしてあげることとか日々のあれやこれやを丁寧にやること、主治医ならば毎日ベッドサイドにきちんきちんと行くこと、そういう当たり前のことを、まず一生懸命やることが、一番なんじゃないかなと思いますね。
 幸い、ベッドサイドに家族がよく付き添われているケースは、そういった中で治療的会話ができるし、より心理的なケアができていると感じます。一方、親戚もいない一人暮らしの死にゆく人というのは、本当にどうしたらいいのかといろいろ考えるものですが、そう考えること自体が、大切なのだと思いますね、

質問2:精神腫瘍学における医師や看護師のストレスとその予防について教えてください。
回答:がんセンターは基本的には集中治療がメインの仕事なので、終末期の方は、緩和ケア病棟のある病院を紹介したり在宅ケアをお願いしたりすることが多いのですけれども、それでも1年に500人ぐらい亡くなられます。
 死について、例えば、いい死に方をしたなというような感覚が残る死に方というのは、ご自身のいろいろな人生があって最後はがんになってしまったけれども、家族にも恵まれたし、いい人生だったよと言って死んでいかれるのが、たぶんひとつの理想像としてあるわけです。
 しかし死がタブーだと、ご自分が死んでいくことも言語化できなくて、「もう少しがんばろうね、がんばろうね」と最後まで押していってしまって、それなりの化学療法とか放射線治療でいろいろ影響が大きくて、苦しみながら死んでいくというのを見ていると、看護師にはやはりかなりこたえるわけですね。本当にこのような看取りをしてよかったのだろうかと。
 では、そこで何をやったらいいのかというと、やはり亡くなられたあとで、そういう方たちについて、みんなでカンファレンスすることです。自分一人で背負っているのではなくて、そういういわゆるデス・カンファレンスみたいなものができるようになると、たぶん今言ったような問題には、有効だと思います。そういったことが今ようやく、がんセンターでも始まったところです。

文献

明智龍男:がんとこころのケア、NHKブックス、2003
Chochinov, HM, et al. Dignity Therapy: A Novel Psychotherapeutic Intervention for Patients near the end of life.J Clin Oncol 23:5520-5525, 2005
ヘツキとウィンスレイド「人生のリ・メンバリング」(金剛出版、2005)
小森康永:ナラティヴ実践再訪、金剛出版、2008
小森康永:緩和時間、金剛出版、近刊
マクダニエルほか編「治療に生きる病いの経験」(創元社、2003)
ホワイト「セラピストの人生という物語」(金子書房、2004)
Irvin Yalom: Staring at the Sun, Jossey-Bass, San Francisco, 2008 (JPOSニューズレター54号に筆者による詳細な書評あり、http://jpos-society.org/)

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