愛知県衛生研究所

水銀

水銀は、銀色、液状で、常温において揮発性の金属であり、苛性ソーダ工業、電気製品、薬品、農薬等の分野で広く用いられています。環境中水銀の源としては、岩石中の水銀に由来する自然作用によるものと、燃焼や産業活動に由来する人為的活動によるものの2つがあり、これらによって環境中に放出された水銀は、大気、水、土壌及び生物圏を循環します。このサイクルの中で、ヒトは主に食物を介して水銀を取り込むところから、海洋での食物連鎖による魚介類中水銀の生物学的濃縮は重要な問題となります。

食品中の水銀量は魚介類に多く、なかでもマグロ類には、微生物や藻、ミジンコから始まる食物連鎖の最終段階動物として、海水中の水銀濃度に比べて3,000倍と高濃度に含まれ(0.3〜2.0ppm)、生物濃縮による顕著な蓄積が認められます(Friberg,L. and Vostal, J. : Mercury in the Environment, CRC Press, Cleveland, 1972.)。また注目すべきことは、毒性の高い有機のメチル水銀が総水銀量の80〜100%を占めていることであり、自然界のマグロやブリの肝臓内で、無機水銀のメチル化が生じることが証明されています。このメチル水銀は、昭和30年代に熊本県水俣湾沿岸の漁業家族に多発した水俣病の原因物質であることが知られており、厚生労働省は、平成15年6月にも「水銀を含有する魚介類等の摂食に関する注意事項」を公表し、魚に含まれる微量のメチル水銀が胎児に悪影響を及ぼす可能性があるとして、キンメダイ、メカジキ等について妊婦を対象とした摂食量の注意を呼びかけ、新たな波紋を呼びました。これについては、魚介類中の水銀含有量について(当所衛生化学部ページ)を参照してください。

食品とともに経口的に摂取されたメチル水銀の腸管からの吸収率は90%以上と、無機水銀が5%以下であるのに比べて極めて高く、腸管から吸収された水銀は、主に肝、腎、及び脳等に蓄積されます(表3)。臓器内に蓄積された水銀の生物学的半減期(量が半分になるのに必要な期間)は、いずれの臓器においても約70日で、主に糞尿、爪、毛髪中に排泄されます(表4)。また、水銀の標的臓器(最初に影響が生じる臓器)は水銀の形態によって、メチル水銀では脳、無機水銀では腎、水銀蒸気では、高濃度短期暴露で肺、中等度暴露で腎、低濃度長期暴露で脳と、それぞれ異なっています。そのため、発現する中毒症状にも違いがみられ、メチル水銀では、脳からの中枢神経症状を主として、四肢・全身のしびれ、言語障害、失調、視野の求心性狭窄、難聴、自律神経・精神障害といった水俣病でのHunter-Russel症候群が発現します。また、胎児期に大量暴露をうけると、脳性麻痺、痙攣、盲目の症状を呈する胎児水俣病の子供が産まれることがあり、妊産婦では特に注意が必要です。次に、無機水銀(塩化第二水銀)では、経口急性毒性として腹痛、嘔吐、血性下痢等の消化器症状が現われ、さらに無尿から尿毒症に至る重篤な腎障害が発現します。第三の水銀蒸気では、急性毒性としてカゼ症状、紅色皮疹が現われ、その後、貧血、腎障害、肺炎を発症して死亡することもあります。そこで日本産業衛生学会では、水銀蒸気による職業性暴露の許容濃度として、気中濃度0.05mg/m3 を示しています。

このように、水銀はヒトに対する毒性や有害性が大きいために、毒性元素または有害元素とよばれてきました。しかし、他の金属との相互作用の研究から、メチル水銀の投与と同時にセレンを与えることによって中毒症状の軽減が認められることや、メチル水銀濃度の高い海獣の肝中には同分子比(1:1)のセレンが含まれ、セレンとの拮抗が水銀毒性の軽減に有効に働いていることが分かってきました。水銀はまた、金属を非毒化する作用を持つメタロチオネイン様タンパク(次のカドミウムの項参照)を腎で誘導することも知られています。このように生体は水銀の毒性を軽減する機能をも持ち合わせており、将来的には生体内における水銀の有用性や必須性が発見されることがあるかもしれません。

ヒト臓器の全水銀量、一般人の水銀排泄量の表