朝日遺跡 インターネット博物館
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朝日遺跡とは

朝日遺跡の発掘調査風景
朝日遺跡の発掘調査風景

朝日遺跡位置図

今から約2400年前、縄文時代の終わり頃に大陸から海をこえ新しい文化が伝えられました。水田での米作り、鉄や青銅をはじめとする金属加工など新しい技術が導入され、日本列島に暮らす人々の生活や社会は大きく変わっていきました。紀元前3世紀から3世紀まで続くこの時代を弥生時代といいます。
 愛知県清須市(旧西春日井郡清洲町・新川町・春日町)、名古屋市西区にまたがる朝日遺跡は、弥生時代を代表する遺跡の一つです。東西1.4km、南北0.8kmに及ぶ広大な範囲からは数多くの住居跡、墓がみつかっており、有名な佐賀県吉野ヶ里(よしのがり)遺跡にも匹敵する巨大な集落です。また、集落をめぐる様々な防御施設は、この時代が争乱の時代であったことを物語る貴重な資料となっています。
 遺跡からは土器、石器、骨角器、木製品、金属器など膨大な量の出土品がみつかっています。美しく飾られた赤い土器、細かな装飾を施した骨角製の装飾品、特別な祭器である銅鐸などの出土品は、東海地方の弥生文化を代表する重要な遺物となっています。

朝日遺跡の時代


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