愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

トップページへ戻る

大御堂寺客殿(おおみどうじきゃくでん)

分類 県指定
種別 建造物
所在地 美浜町野間東畠50
所有者等 大御堂寺
指定(登録)年 昭和29年(1954)
時代 寛永18年(1641)

※ 別ウインドウで開きます

外観

外観

■指定理由

大御堂寺は、俗に野間大坊といわれ、平治の乱で敗れた源義朝の終焉の地とされ、境内は、中世寺院の伽藍の姿をよく残し、県の史跡となっている。
客殿は、入母屋造で銅板葺(旧こけら葺)で、上段の間に床・棚・付書院を構えるなど、中世の禅宗方丈に近い形式をとる。江戸時代初期の遺構として希少価値の高い建物となっている。

■詳細解説

内部

内部

当寺は、鶴林山と号し、真言宗豊山派に所属し、俗に野間大坊ともいう。承暦年中(1077~81)白河天皇の勅願により創建され、平治の乱で破れた源義朝がこの地で討たれ、建久元年(1190)に源頼朝は上洛の帰途に墓参して伽藍を再興し、大法会を行ったという。客殿は、寛永18年(1641)に旧規模によって再建されたものが現在の客殿という。境内には、本堂、客殿、鐘楼、山門、塔頭などがあり、周濠は池となるが中世寺院の往時の姿をよく残し、県史跡に指定されている。
客殿は、桁行12.81m、梁間18.19m、入母屋造、銅板葺(旧こけら葺)で、間取りを復原すると6室型となり、後列中央の仏間には背面に間口一杯の通し仏壇をおき、向かって左側の上段の間では床・棚・付書院を構えるなど中世の禅宗方丈(ほうじょう)に近い形式をとっている。さらに、柱は面取り角柱で、舟肘木(ふなひじき)を用い、前面の落縁・広縁を堂内にとりこんで、広縁の柱間を広くとって開放し、広縁と部屋の境で戸締り、向かって右前方に玄関を設けるなど臨済宗本堂に近似している。地方においては、江戸時代初期に遡るこの種の遺構は極めて少なく希少価値の高い建物である。(沢田多喜二)

前へ戻る