愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

トップページへ戻る

大樹寺旧裏一の門・裏二の門(だいじゅじきゅううらいちのもん・うらにのもん)

分類 県指定
種別 建造物
所在地 岡崎市鴨田町字広元5-1
所有者等 大樹寺
指定(登録)年 旧裏一の門 昭和43年(1968)(東浦町に移転)、裏二の門 昭和30年(1955)
時代 旧裏一の門 寛永15年(1638)、裏二の門 江戸初期

※ 別ウインドウで開きます

外観

外観

■指定理由

大樹寺は、4代の親忠により、松平氏の菩提寺として、文明7年(1475)に創建された。三代将軍徳川家光により、寛永13年(1636)から大造営が行われ、伽藍が整えられている。
境内には、多宝塔(重要文化財)のほか、県指定文化財として、三門、総門、裏二の門、鐘楼、大方丈、が残されており、また、旧裏一の門が東浦町に移築されている。

■詳細解説

寺は、浄土宗鎮西派に属し、文明7年(1475)に4代松平親忠が勢誉愚底を開山として創建された。徳川家・松平氏の菩提寺として盛衰をともにしている。一時衰退したが、天文4年(1535)に7代松平清康が伽藍を再興し、多宝塔はその時に建立された。3代将軍徳川家光は寛永13年(1636)から大造営を行って寺観を整え、現在の三門、総門、鐘楼、旧裏一の門、裏二の門はその時に建立されたものである。安政2年(1855)の火災で主要堂宇を失ったが、同4年には本堂、大方丈、小方丈、庫裏などが再建され、いまなお徳川家・松平氏の菩提寺として相応しい威厳ある大伽藍を呈している。
旧裏一の門は、寛永15年(1638)に建立されたもので、一間一戸の高麗門(こうらいもん)で、屋根は本瓦葺である。規模は間口3.04m、奥行1.81mである。門全体を一つ屋根でおおうのではなく、主柱上に細い屋根をかけ、これと直角に、少し低く控柱との間にも小屋根をかけた特殊な構造をしている。この種の門は城郭、寺院などにみられ、建ちが高く見栄えがする門で、現地から失われているのは残念である。
裏二の門は、江戸時代初期に建立されたもので、一間薬医門である。規模は、間口2.8m、奥行1.77m、本瓦葺である。主柱上には冠木(かぶき)をかけて、男梁(腕木)をのせ、下から女梁(肘木)で支える。男梁上の中央には大型の板蟇股(いたかえるまた)をおいて化粧棟木を支える。この門は、簡素ではあるが、風格があり、板蟇股などに古式が残る。(沢田多喜二)

前へ戻る