愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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建中寺徳川家霊廟(けんちゅうじとくがわけれいびょう)

分類 県指定
種別 建造物
所在地 名古屋市東区筒井1-7-57
所有者等 建中寺
指定(登録)年 昭和35年(1960)
時代 天明7年(1787)

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本殿内部

本殿内部

■指定理由

建中寺は、徳川光友の創建であり、以後尾張家歴代の墓所とされている。
現存する霊廟は、天明7年(1787)の再建であり、本殿、相の間、拝殿で構成されるいわゆる「権現造」の本殿と、唐門、透塀からなっている。
江戸時代のこの種の霊廟建築の中にあっても、本格的な手法をとっており、内外に極彩色を施す華麗な装飾を行なっている。

■詳細解説

拝殿・渡殿

拝殿・渡殿

本殿・拝殿外観

本殿・拝殿外観

本殿・渡殿(ほんでん・わたりでん)

寺は、浄土宗に属し、慶安4年(1651)尾張藩の二代目藩主徳川光友が父義直を弔うために創建したものである。霊廟は、元禄11年(1698)に霊仙院(2代藩主光友の生母)、同12年(1699)に泰心院(3代藩主綱誠)、同14年瑞竜院(藩主光友)の霊屋を建てたが、天明5年(1785)の大火により諸堂を焼失したため、天明7年(1787)に再建された。現在、霊廟は3級(段)石階を付け、前面に唐門をおき、その奥に拝殿、渡殿、本殿を縦一列に並べ、その周囲を透塀で囲んでいる。本殿は、桁行4間、梁間3間、入母屋造、桟瓦葺、妻入の建物である。間取りは、前1間を前室とし、奥3間を後室とする2室構成とし、周囲に落縁(おちえん)を廻らしている。前面中央間では双折桟唐戸を吊り、その両脇間では蔀戸(しとみど)を入れる。内部は、前室では畳敷として格天井を張り、後室では前面の柱間3間の敷居一段上げて畳敷詰めとし、中央後方には来迎柱を立て、前に擬宝珠高欄付の須弥壇、両側面に位牌段を設け、折上格天井を張っている。渡殿は、桁行2間、梁間1間、切妻造、桟瓦葺、本殿と拝殿を繋ぐ廊下である。

拝殿・唐門・透塀(はいでん・からもん・すきべい)

寺は、徳興山と号し、慶安4年(1651)に尾張藩主徳川光友が父義直を弔うために創建したもので、同5年(1652)主要堂宇が完成したが、天明5年(1785)の大火により諸堂を焼失し、天明7年(1787)に再建された。現在、霊廟は本堂背後に建ち、唐門から透塀が後方に一巡し、その中に拝殿と本殿が前後に並び、両者を渡廊が繋いでいる。拝殿は、桁行3間、梁間2間、入母屋造、桟瓦葺、1間向拝付。向拝は、柱間に虹梁を渡し、端に丸彫木鼻を付け、斗きょうは連三斗とし、彫刻手挟を付けている。周囲柱間では縁長押、頭貫、台輪を通し、正・背面中央間に双折桟唐戸を入れ、その他には蔀戸(しとみど)を吊っている。内部は、床を畳敷とし、正背面中央間を除き、各柱間に腰付障子を入れ、格天井を張っている。建物の外部の彩色は剥落しているが、内部の極彩色は鮮やかに残されている。唐門は、四脚門、平唐破風造、桟瓦葺とする。透塀は、柱間に吹寄せ菱格子を入れ、軸部に弁柄(べんがら)を塗り、柱上に腕木を通して屋根を支えている。(杉野 丞)

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