愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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旧糟谷縫右衛門住宅(きゅうかすやぬいうえもんじゅうたく)

分類 県指定
種別 建造物
所在地 西尾市吉良町荻原大道通18-1
所有者等 西尾市
指定(登録)年 昭和60年(1985)
時代 [みせ部]江戸中期

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全景

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■指定理由

糟谷家は、地場産業であった三河木綿の江戸送りの総問屋であり、また、金融業、肥料卸小売業などを営む有力な在郷商人であった。
旧糟谷縫右衛門住宅は、みせ部、座敷部、数奇屋からなる主屋と、長屋門、東蔵、西蔵、屋敷神祠からなり、地場産業と結びついた、豪商の屋敷構えをよく伝える遺構となっている。

■詳細解説

みせ

みせ

糟谷家は室町時代後期に初代が居所を荻原の地に定めたと伝える。5代重治(宝永5年1708没)の代に米穀売買で財をなし、この地を治めた大多喜藩(千葉県)大河内松平家の御用達となった。以後、江戸伝馬町の木綿問屋組合に入会して三河木綿の江戸送り総問屋となり、金融業、肥料卸小売業なども営んで栄えた。また将軍代替わりの巡見使(じゅんけんし)の宿泊を担って絵図などの史料が残る。主屋には宝暦13年の年記を持つ祈祷札が残るが、絵図によれば、みせ廻りに関しては、延享3年以降、宝暦11年(1761)以前の造営ということになる。また座敷部分が改築されて主屋が現在のように長大な平面となったのは、天保15年(1844)頃、あるいは安政5年(1858)とされる。なお、西側の茶室、おへや、水屋などの離れ部分は明治に入って建造されたものである。
長屋門は天保の頃、小牧(吉良町)の陣屋から移築されたものと伝える。巡見使を迎える家格に相応する規模、形式を備えた瓦葺の長屋門である。主屋背面に現存する二棟の土蔵は江戸末期の建造とされる道具蔵で、東蔵には巡見使のための什器、西蔵には嫁入道具が納められていた。また敷地西北の屋敷神祠は、入母屋造、桟瓦葺の建物で明治時代の建造とされる。
宝暦以来、増改築を経た主屋は、生業に伴うものか当初から広大な土間を備えている点が特徴的である。また規模の大きな長屋門、土蔵が残り、地場産業と結びついた在郷商人の屋敷構えをよく伝える遺構である。(溝口正人)

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