愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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瀧山寺三門(たきさんじさんもん)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 岡崎市滝町字山籠107
所有者等 瀧山寺
指定(登録)年 明治34年(1901)
時代 鎌倉末期~室町前期

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正面

正面

■指定理由

瀧山寺三門は、本堂が建つ伽藍から少し離れた滝町の集落の入口に位置する三間一戸、入母屋造、こけら葺の楼門であり、下層中央の柱間を通路とし、左右に金剛力士像を安置する。
寺伝では、権飛騨守藤原光延により、文永4年(1267)の建立とされるが、様式的には鎌倉時代末期~室町時代前期の建築と考えられ、中世の楼門の姿をよく示している。

■詳細解説

側面

側面

縁起によると役小角(えんのおづの)の創立で、初め吉祥寺と号し、後に滝山寺と改めたという。保安年中(1120~23)仏泉上人により中興され、この時には天台宗であったという。三門は鎌倉時代末期から室町時代前期の建立と考えられる。
本堂が建つ伽藍から少し離れた滝町の集落の入口に建つ三門は、三間一戸、入母屋造、こけら葺の楼門で、下層中央の柱間を通路とするが扉は設けず、その両脇後方に仁王像を安置する。下層の柱上には手先が三つ前へ出て桁を支える三手先斗きょう(みてさきときょう)を置き、上層の縁の腰組とする。また柱頂四隅には近世に付加された大柄な木鼻(きばな)と持送りを入れる。
上層では下層より柱間を縮小して柱を立て、四周に内法長押を廻らし、柱上には斜め下前方に突き出る尾垂木付きの和様三手先斗きょうを置く。正面と背面の中央柱間には板戸を設け、その他の柱間は板壁とする。
全体に木太く均整のとれた門で、上層の頭貫(かしらぬき)木鼻に大仏様の影響がみられるが、ほぼ和様でまとめられた中世楼門の典型である。(岩田敏也)

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