愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

トップページへ戻る

旧正伝院書院(きゅうしょうでんいんしょいん)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 犬山市御門先1(有楽苑内)
所有者等 名古屋鉄道株式会社
指定(登録)年 昭和19年(1944)
時代 元和4年(1618)

※ 別ウインドウで開きます

外観

外観

■指定理由

旧正伝院書院は、織田有楽が建仁寺の塔頭正伝院を再興し、隠居所として建築したもので、昭和47年(1972)に如庵とともに現在地に移された。 建物は、三方に縁をめぐらし、南面に細長い沓脱石を据え、主室の前に簡素な手摺をつけ、室と縁の境には腰高障子と舞良戸を立てる。屋根は入母屋造で、銅板葺としている。

■詳細解説

内部

内部

豊臣家の滅亡の前に、大坂を退去し、京都で余生を過ごすことになった織田有楽(うらく)は、建仁寺正伝院を再興し、そこを隠居所と定めた。建物は庫裏(くり)の北方に続く書院と、書院の東北に連なる数寄屋(如庵(じょあん))である。明治41年(1908)、旧正伝院の建物は売却され、四散した。そのうち、如庵、書院、露地は東京の三井家へ引き取られた。昭和47年(1972)5月、再々度の移転により、犬山城下の有楽苑に移築された。この時、如庵勝手を書院の縁に直結させて、『都林泉名勝図会』の図によって南側縁の東半に手摺が復元された。
書院は、三方に縁をめぐらし、南面に細長い沓脱石を据え、主室の前に簡素な手摺をつけ、室と縁の境には腰高障子と舞良戸を立てている。屋根は軽い起(むく)りをつけた銅板葺入母屋造である。主室は七畳に1間の出床を構え、西側に六畳の次の間を配している。張付壁であるが長押はなく、鴨居または付鴨居が回る。襖と張付壁は山雪ほかの狩野派による墨絵が描かれる。室境の欄間も簡素な意匠の格子をつけたものである。(神谷昇司)

前へ戻る