愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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冨吉建速神社本殿(とみよしたてはやじんじゃほんでん)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 蟹江町大字須成字門屋敷上1363
所有者等 冨吉建速神社、八剱社
指定(登録)年 昭和28年(1953)
時代 室町後期

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正面

正面

■指定理由

冨吉建速神社は、社記では、天平5年(733)に僧行基により勧進されたと伝える。
本殿は、八劔社本殿(重要文化財)と同じ石積の基壇上に、南向きに並立して建てられており、一間社流造で正面に向拝を付け、屋根は檜皮葺としている。

■詳細解説

この神社の創立は、社記では聖武天皇の天平5年(733)に僧行基の勧請によるとされ、その後、寿永元年(1182)には木曽義仲により再興され、天文17年(1548)には織田信長により修理されたと伝えられる。現本殿の建築年代は様式・手法から判断して室町時代末期頃と推定されているが、慶長19年(1614)の修理経過を示す棟札が遺るため、慶長年間の可能性もある。なおこの棟札を含む5枚の棟札が附指定を受けている。
現本殿の建物は桁行梁間がともに一間の一間社(いっけんしゃ)流造(ながれづくり)で、正面に向拝(こうはい)を有し、屋根は檜皮(ひわだ)葺である。身舎(もや)には円柱が用いられ、その柱上には舟肘木を置き、軒桁を受ける。向拝は面取角柱を用い、頭貫端部を木鼻(きばな)にして柱から出し、上部組物は連三斗(つれみつど)絵様肘木とする。中備として板蟇股(いたかえるまた)を持つ。身舎柱と向拝柱とは海老虹梁でつなぐ。
内陣正面は、身舎正面柱より14.5尺後退して壁際に半円柱を建て、床長押上には半長押を重ね、幣軸に板戸を構える。正面三方に縁側を廻し、宝珠高欄を置き、背面見切に脇障子を構える。軒廻りは正背面ともに二軒繁垂木で、正面は打越垂木になっている。妻飾は身舎桁に妻虹梁を渡し、大瓶束(たいへいづか)を立て、束上部大斗に絵様肘木を置き、化粧棟木を受ける。破風に猪目懸魚(いのめげぎょ)、桁鼻隠を飾っている。正面に木口張の浜床に、七級の階段を置き、宝珠付き親柱に登高欄を備えている。(野々垣篤)

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