愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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東照宮(とうしょうぐう)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 新城市大字門谷字鳳来寺4
所有者等 東照宮
指定(登録)年 昭和28年(1953)
時代 慶安4年(1651)

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本殿

本殿

■指定理由

鳳来山の東照宮は、家康の出生にまつわる由緒にちなみ、三代将軍家光の命により造営されたものである。
社殿は、家光の没後、慶安4年(1651)年9月に竣工したことが知られており、本殿、拝殿・幣殿、中門、左右透塀、水屋が重要文化財となっている。
境内の配置と建築の形態は、家光の指示によりほぼ同時期に造営された岡崎の滝山東照宮と類似している。

■詳細解説

宮殿

宮殿

拝殿

拝殿

中門

中門

全景

全景

3代将軍徳川家光は、慶安元年(1648)に日光東照宮に参詣したおりに家康誕生にまつわる鳳来寺の由緒を知り、鳳来寺の諸堂の再興とともに、寺内の東照宮の造営を計画した。同3年に着工し、同4年4月に家光が没した後も造営は続けられて社殿は慶安4年(1651)9月17日に完成した。社地は、鳳来寺本堂の東方、石段を昇った上にあり、南面する鳥居右手に水屋が置かれ、さらに一段上がった中段、石柵で囲んだ中に拝殿・幣殿(へいでん)が建ち、さらに一段上がって透塀に囲まれた中央に中門を開き本殿が建つ。
本殿は、入母屋造(いりもやづくり)、平入の社殿で、正面に向拝(ごはい)を付ける。屋根は檜皮葺(ひわだぶき)、棟には他の東照宮と同じく千木(ちぎ)、勝男木(かつおぎ)を置いている。内外ともに華麗な彩色が特徴で、外部は柱、扉、縁が朱漆塗、長押や組物、桁には彩色の紋様を描き、軒まわりは黒漆塗とする。内部は柱は春慶塗で、長押に三葉葵、桁に紅葉を描く。内外の組物廻りには花鳥の彫刻を施している。内陣は畳床、壁と天井を黒漆塗とする。神像を納めた宮殿(厨子)は、入母屋造、黒漆塗、禅宗様(ぜんしゅうよう)を基調とした壮麗なもので江戸城から移したものとの伝承がある。
本殿の周囲は透塀で囲み、前面に中門を開く。中門は、檜皮葺の平唐門(ひらからもん)である。禅宗様を採用し、扉は桟唐戸(さんからど)、彩色は、軸部は朱漆塗、組物まわりは紋様の彩色、軒廻りは黒漆塗とする。透塀は、腰が板張、上半部に竪格子を入れ、柱などは丹塗、屋根は檜皮葺である。
拝殿と幣殿は一体で、拝殿は、入母屋造、檜皮葺、平入で正面向拝付き、拝殿の背面に突き出して切妻造(きりづまづくり)の幣殿が取り付く。拝殿は円柱、幣殿は角柱である点が異なるが、床高や彩色などは両殿で同一である。内法に長押を廻し、組物には彩色を施し、花鳥の彫刻を置く。床は板敷、彩色は本殿に準じており、垂木は本殿と異なり朱漆塗、内部は内法以下が建具、壁とも黒漆塗としている。なお、幣殿背面に取り付く庇は後世に付加されたもので、天保の修理による可能性が指摘されている。
鳥居の東脇に建つ水屋は、小規模な切妻造、檜皮葺、吹き放ちの建物である。装飾は少なく全体的に簡素な建物である。花崗岩製、長方形の水盤も重要文化財に指定されている。この他、境内を巡る石柵、慶安4年(1651)9月17日の年記を持つ石灯籠2基、板札(慶安4年4月)1枚、棟札3枚が附指定となっている。
鳳来寺東照宮の造営には、江戸大工頭の木原義久、鈴木長恒があたった。境内の配置と建築の形式は、造営も同時期となる滝山寺東照宮(岡崎市)と非常に類似している。彩色は華麗であるが彫刻は限定的で、組物など部材寸法は本殿と拝殿で共通する。寛永9年(1632)の作事方設置以後、形式化していく幕府建築の意匠的な傾向を示す建築といえる。(溝口正人)

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