愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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富部神社本殿(とべじんじゃほんでん)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 名古屋市南区呼続町4-13-38
所有者等 富部神社
指定(登録)年 昭和32年(1957)
時代 慶長11年(1606)

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全景

全景

■指定理由

富部神社は慶長11年(1606)松平忠吉の命で、現在地に移され、社殿が造営されたという。
本殿は、一間社流で檜皮葺とするが、背面は3間となっている。社殿全体に弁柄漆を塗り、小口に胡粉(ごふん)、格子戸に黒漆、彫刻類には鮮やかな彩色が施され、江戸時代初期の特徴を示している。

■詳細解説

本殿

本殿

慶長8年(1603)に津島神社の摂社の蛇毒(じゃどく)神社を勧請し、天神山に祀ったが、慶長11年(1606)に清洲城主松平忠吉が病気平癒のために現地に移して社殿を造営したという。本殿は、平成7年(1995)の本殿解体修理の際に背面の内壁から棟札16枚が発見され、それによると、慶長11年(1606)に松平忠吉を願主とし、大工は尾州春日井郡の澤田庄左衛門、勢州朝毛郡の村田喜左衛門により造営されたことが知られる。社殿は、拝殿、祭文殿および廻廊、本殿を一列に並べるなど、当地方の神社形式である尾張造で配置されている。
本殿は、一間社流造、檜皮葺であるが、背面は3間となる。規模は間口3.887m、奥行4.676mである。主屋の正面と側面には高欄付の廻縁をめぐらし、側面後端には脇障子(わきしょうじ)を立て、正面には木階7級を置き、下に浜床(はまゆか)を張る。主柱は丸柱で、組物に三斗組をおき、正面柱間では格子戸を入れる。内陣正面には両開き板扉をつる。妻飾りは扠首組(さすぐみ)である。庇柱は角柱で、組物には連三斗、中備に蟇股(かえるまた)を用いる。内方には手挟(たばさみ)を入れる。本殿には弁柄漆(べんがらうるし)で塗られ、格子戸に黒漆、脇障子の鶴と松の絵柄、本蟇股や手挟の植物彫刻には鮮やかな彩色が施され、江戸時代初期の華やかな特徴が見られる。(沢田多喜二)

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