愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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津島神社楼門(つしまじんじゃろうもん)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 津島市神明町1
所有者等 津島神社
指定(登録)年 昭和33年(1958)
時代 天正20年(1592)

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外観

外観

■指定理由

津島神社の楼門は、三間一戸、入母屋造で屋根を檜皮葺とする。昭和16年(1941)の解体修理に際して、天正19年(1591)、同20年の墨書が発見され、建立年代が明らかになった。
均整のとれた建築であり、各細部には和様を多く用い、初重内部の蟇股などにすぐれた意匠を示している。数度の修理をうけながらも、よく当初の美しい姿を残している。

■詳細解説

当社には、大永4年(1524)に織田信貞が津島を所領して以来、天文9年(1540)の織田信秀書状、同22年(1553)の織田信長の判物、天正18年(1590)の豊臣秀長病気平癒の祈祷依頼状などが残される。また、数十点の境内図が残されているが、これらは江戸時代以降のものとみられる。それらの社殿配置は現在とほぼ一致し、南門、蕃塀、拝殿、回廊、祭文殿、釣殿、本殿などが南北軸線上に一直線に並び、拝殿の東側に楼門(東門)が建っている。楼門は肘木の墨書から天正20年(1592)の建立と考えられている。桁行3間、梁間2間、入母屋造、檜皮葺、東面建ちの門である。柱は総丸柱とし、柱ならびに軸部を丹塗としている。下層は、正背面の柱列中央間に虹梁(こうりょう)を渡し、正背面の虹梁両端に持送り組物を入れて通路とし、斗きょうは、三手先(みてさき)とする。上層は、周囲に高欄付の切目縁を廻らし、正背面の中央柱間には桟唐戸を吊り、その両脇には連子窓を入れ、斗きょうは尾垂木付の三手先とし、二軒本繁垂木(ふたのきほんしげだるき)を見せ、妻は扠首組(さすぐみ)とする。この楼門は、軒の出の深い安定感のある外観を呈している。(杉野 丞)

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