愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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名古屋港跳上橋(旧1・2号地間運河可動橋)(なごやこうはねあげばし(きゅういち・にごうちかんうんがかどうきょう))

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 名古屋市港区入船1-6、千鳥2-4地先
所有者等 名古屋港管理組合
指定(登録)年 平成11年(1999)
時代 昭和2年(1927)

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名古屋港跳上橋

名古屋港跳上橋

■登録理由

堀川と中川とを連絡する運河の堀川口に架けられた鉄道可動橋で、4径間の桁橋より成り、内1径間を可動桁とする。上部カウンターウエイト式の跳上橋で、可動橋の第一人者である山本卯太郎の設計製作になる。鉄道廃線後、桁を上げた状態で保存されている。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの

■詳細解説

周辺図

周辺図

東海道「宮の宿」は熱田神宮の門前町であり、桑名へ海路七里の湊でもあった。 米、塩、木材などの問屋が両岸にならぶ堀川を北上すると、やがて名古屋城に達する。 明治になると「瀬戸物」が、外濠の瀬戸電堀川駅から船積みされ、神戸、横浜へと送られていった。
明治29年(1896)、愛知県は「熱田港」整備を決め、明治40年に浅瀬や新田の先の1号~4号地の工事が完了する。この年、名称が「名古屋港」となり開港場(国際貿易港)となった。明治44年(1911)には2号地まで臨港鉄道が開通する。当時の名古屋は紡績業が盛んで、綿花輸入を目的に東神倉庫(株)(現三井倉庫)が築地ふ頭(1号地)に進出し、10万円の建設費を寄付したことで1・2号地間運河を越して臨港線が北に延長された。ここにスパン割り13.5+2@13.45+19.6mの鉄道橋がかけられ、19.6m区間に跳ね上がる橋が作られた。設計、施工は、四日市港の末広橋を手がけた山本卯太郎であり、4年遅れて竣工した末広橋は今でも現役で稼動している。その姿から本橋の往時を偲ぶことができる。前後の軌道は廃止されたが、桁を上げた状態で保存されている。(近藤昇)

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