愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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旧加藤家住宅(きゅうかとうけじゅうたく)長屋門・主屋・離れ・中門・土蔵・北高塀

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 北名古屋市六ッ師字南屋敷704-1
所有者等 北名古屋市
指定(登録)年 平成11年(1999年)
時代 長屋門:明治初期
主屋:明治10年頃(1877)
離れ:大正~昭和初期
中門:明治10年頃(1877)
土蔵:明治10年頃(1877)
北高塀:昭和初期

※ 別ウインドウで開きます

長屋門

長屋門

■登録理由

長屋門(ながやもん)

加藤家は「大加藤」と称される旧家で、江戸期には六ツ師村の庄屋と伝えられ、約40m四方の屋敷地に、主屋や土蔵等が密集して建つ。敷地南辺に建つ長大な長屋門は、東側が門口と2室、西側がつし2階の2室の納屋からなり、旧家の風格をあらわしている。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
主屋(しゅおく)

屋敷地の北側に建つ主屋は明治13年もしくは19年の建築と伝えられている。桟瓦葺・つし2階建で、1階は表3室・裏4室及び土間からなり、2階は収納に用いられていた。意匠や施工の質も高く、この地域の明治期地主層の洗練された住居形式をあらわしている。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
離れ(はなれ)

主屋の西に建ち、渡り廊下で接続し、西面は敷地境になる。平屋建・桟瓦葺、南北棟の建物で北10畳・南8畳からなり、南に緩い起り屋根の茶室が続く。全体を軽快にまとめているが、数寄屋風の洗練された意匠に、当時の接客空間のあり方を伺うことができる。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
中門(ちゅうもん)

主屋と長屋門の北側にある土蔵との中間に建っている。切妻造・桟瓦葺、1間1戸の薬医門で、南と北に真壁造で腰下見板張りの塀が接続する。中門・塀とも簡素なものであるが、主屋の庭を東西に区分し、屋敷内の構成要素として欠かせない存在である。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
土蔵(どぞう)

当初は敷地西北にあったが、離れの建設に伴い、長屋門北側の地に移された。什器家財道具類を収納し、「おくら」と称された。総2階建、切妻造・桟瓦葺・平入、東面に庇を設けた形式であるが、規模が大きく、旧家の蔵にふさわしく堂々とした外観をみせる。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
北高塀(きたたかべい)

旧加藤家は屋敷の外周を概ね玉石積とし、腰下見板張りの塀を巡らす。北高塀は主屋北面の側庇を兼ねたもので、採光のため上部縦格子窓、下部縦板張りとする。ちなみに、旧加藤家は平成10年(1998)3月に師勝町へ寄贈され、資料館的施設としての活用が計画されている。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの

■詳細解説

主屋

主屋

離れ

離れ

茶室

茶室

中門

中門

土蔵

土蔵

旧師勝町の加藤家は「大加藤(おおかとう)」と称される旧家で、江戸期には六ッ師村の庄屋を務めたという家柄。その加藤家の屋敷は広大で、約40m四方の屋敷地周囲に塀をめぐらしている。屋敷地南側に長大な長屋門があり、北端に主屋、西端に離れを配す。主屋の背後には目隠しを兼ねた高塀を設ける。東側に酒蔵や複数の小屋があったが、近年除却され、その跡地に回想法センターが建築されている。
旧加藤家の屋敷外回りの塀は、基礎部分が玉石積、腰部が下見板張、上部に1間間隔で柱を立て、その間を黒漆喰塗とし、最上部に瓦屋根をのせたもの。主屋北側の北高塀は、上方に採光用の竪格子窓をあけ、下方を竪板張とする。昭和初期の建造とされる。
屋敷南側が正面で、明治初期の建造とされる長屋門がある。桟瓦葺、切妻造、木造平屋で、東側が門口と2室、西側がツシ2階の納屋からなる。

主屋

敷地北側にある主屋は、桟瓦葺、切妻造、木造ツシ2階建で、明治10年代の建築と伝えられる。主屋1階東側を表ニワと勝手土間とし、西側に諸室を並べる。棟筋から南側は土間側から、ミセ(8畳)、中の間(6畳)、座敷(8畳)が並ぶ。北側は、西端の部屋を二分し、勝手(8畳)、部屋(5畳)、仏間(4畳)、納戸(6畳)となっている。座敷、中の間などは棹縁天井、表ニワなどは大引天井。これらの部屋の周囲3方に廊下をまわす。2階は物置と畳の間2室。規模が大きいだけでなく、意匠や施工の質も高く、明治期の地主層の住居形式をよく示している。

離れ

主屋の西側に渡廊下を介して離れがある。ほぼ南北の配置で、東側の座敷庭に向かって開いている。大正から昭和初期の建築とされる。
離れは、桟瓦葺、切妻造、木造平屋の書院造。離れには、北10畳間と南8畳間があり、3方に廊下をまわす。北10畳間の座敷飾は、床の間、平書院、琵琶台、天袋(てんぶくろ)と地袋(じぶくろ)がある床脇。床の間の床柱は磨丸太、床框(とこかまち)は黒漆塗、外部との仕切りは、障子戸と雨戸で、ガラス戸を入れていない。
離れ南端には、3畳の鞘(さや)の間(水屋を兼ねる)を介して、4畳半の茶室がある。茶室北側と西側に障子を建て、外側に縁を付ける。

中門

主屋の南、離れの東に座敷庭がある。中門の建造は明治10年代とされる。桟瓦葺、切妻屋根をのせた1間1戸の門。門の南北にある塀は真壁造で、腰部はささら子下見板張り、上部は漆喰塗。中門と塀は、前庭と座敷庭を仕切る役割を果たしている。

土蔵

土蔵は、什器(じゅうき)、家財道具類などを収納した屋敷蔵で、庄屋階層にふさわしい堂々としたもの。桟瓦葺、切妻造、土蔵造2階建、。平入で、蔵前に下屋庇を持つ。明治10年代の建築とされる。屋敷蔵の性格から、本来は主屋の近くにあったものだが、離れの建設にともない、長屋門の西北に移動された。(瀬口哲夫)

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