愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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小栗家住宅(おぐりけじゅうたく)主屋・表門・辰巳蔵・書院・茶室・渡り廊下・北座敷・離れ

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 半田市中村町1-18
所有者等 個人
指定(登録)年 平成16年(2004)
時代 主屋:明治3年(1870)
表門:明治前期
辰巳蔵:明治前期
書院:明治前期
茶室:明治前期
渡り廊下:明治前期
北座敷:明治前期
離れ:大正4年(1915)

※ 別ウインドウで開きます

主屋外観

主屋外観

■登録理由

主屋

寄棟造、桟瓦葺で、街路に面する東端部を店舗とし、その西に土間を介して居室部を設ける。居宅床上部の東端は13畳の式台とし、その西の諸室は中国趣味を織り交ぜた繊細な意匠でまとめる。商業空間を兼ね備える上質な住居建築の好例。棟梁は小栗善七。

登録の基準 造形の規範となっているもの
表門

敷地東側街路に面し、主屋と辰巳蔵の間を結ぶ。切妻造、桟瓦葺の1間棟門で、この門を経て主屋式台玄関へと繋がる。両袖は基礎布石上に街路側は縦板張、敷地側は土壁とし、冠木上は無双窓風とする。商家正面街路側を画する建物として欠くことのできない存在。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
辰巳蔵

敷地東南隅に建ち、北側を表門と接する。土蔵造2階建、切妻造、桟瓦葺で、西側に下屋を設けている。内部は1・2階とも2室に区切り、壁面は石積2段の上に押縁下見板張とし、軒部分は漆喰で塗込める。近代初頭の地域の景観を今日に伝える建造物である。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
書院

主屋西方に渡廊下を介して接続する。8畳の座敷の東に8畳の前室を備え、北・東・南の3方に1間幅の畳廊下を巡らす。座敷は2畳大の床、霞棚と天袋を備える床脇、円窓を開く書院を備える格式の高いつくりで、欄間・襖なども質が高く、書院建築の好例である。

登録の基準 造形の規範となっているもの
茶室

書院の東に接して建つ。書院・主屋間の渡り廊下に接して東西に茶室と水屋を並べ、茶室は1畳3台目、不整形の独特な平面を持つ。水屋は台目畳2枚と約1尺半の板張とし、南面に流しと棚を設けている。家相図から書院と同時期の建築と考えられる。

登録の基準 造形の規範となっているもの
渡り廊下

主屋と書院を結び、書院側で茶室と接する。屋根は両下造、桟瓦葺で、中庭に面した側に待合腰掛を設けている。内部は板敷で、ガラス戸、網代戸、腰障子、板戸、障子など意匠的に優れた多彩な建具を用いる他、化粧屋根裏、欄間にも意匠を凝らしている。

登録の基準 造形の規範となっているもの
北座敷

書院北側に建ち、書院を用いる際に控えの間などに用いられる離れ座敷。建築面積50平方メートル、たちの高い切妻造、桟瓦葺で、南面に下屋を設けている。内部は8畳と6畳の2室を東西に並べ、南・東面に縁を廻し、東側には便所を接続している。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの
離れ

敷地北西隅に建つ。「竹の間」の名の通り随所に竹を配し、特に孟宗竹を敷く玄関と、孟宗竹と角材を交互に配して床とする廊下は独特である。廊下奥には8畳と7畳半の細長い座敷2室を配する。他にも斜めの要素を配するなど凝った意匠と造作が随所に見られる。

登録の基準 再現することが容易でないもの

■詳細解説

辰巳蔵(手前)、表門(中)、主屋(奥)

辰巳蔵(手前)、表門(中)、主屋(奥)

勝手土間

勝手土間

渡り廊下

渡り廊下

茶室

茶室

小栗家は、万三(まんさん)商店として、古くから醸造業、肥料、米穀、綿糸などの問屋業を手広く営んでいた豪商である。その小栗家の住宅が、半田運河の近くに立地している。表通りに面して、主屋、表門、辰巳蔵が並ぶ。

主屋(しゅおく)

小栗家住宅の主屋は、桟瓦葺、寄棟造、木造2階建。東西に細長い建物で、東側の店舗部と西側の居室部に二分される。表通に面する店舗1、2階は、共に格子戸と雨戸をたてる。もともとの建具は障子であったが、後にガラス戸に変更された。近年、旧状に戻された。店舗2階は10畳間2室が続く。現在は、半田市観光協会事務所として使用されている。
主屋居室部の東側には、玄関土間と竈(かまど)のある勝手土間がある。両者の境に間仕切りをたてる。土間上部はいずれも吹き抜けとなっている。
上がり縁のある玄関土間に面する南側の列には、13畳の式台、間口2間×4間半の座敷、さらに、一段上げた4畳の広さの仏間が東西に並ぶ。座敷南側は、畳敷の部屋3室を配している。煎茶席の意匠が用いられている部屋もある。
北側の列には、勝手土間に面して台所、部屋、主座敷などが並ぶ。主座敷は13畳半で、2畳の上段と付書院、床脇を持つ。主座敷西側の広縁を介して座敷庭につながる。
小栗家主屋は、明治3年(1870)の建造で、上質な住居建築の好例とされる。棟札によると、建築主は小栗三郎、棟梁は小栗善七。

表門(おもてもん)

表門は、主屋と辰巳蔵に挟まれ、少し奥まった位置にある。表門は、桟瓦葺、切妻造で、1間の棟門。門柱の上部を貫く横木である冠木(かぶき)の上は板連子をつけた無双窓(むそうまど)風とする。両袖壁の内側は土壁だが、外側は竪板張とし、外観を整える。建築年代は主屋と同時期の明治前期とされる。

辰巳蔵(たつみぐら)

表門の南側にあり、道路に面している。桟瓦葺、切妻造、土蔵造2階建。基礎は2段切石。蔵の周囲は黒板を少しずつ重なり合うように取り付ける下見板張。下見板(したみいた)は細長い木(押縁(おしぶち))で押さえられている。下見板は軒下までで、軒下部分は漆喰塗。敷地側に蔵の開口部があるが、蔵にさしかけた屋根で蔵前を覆う。建築年代は主屋と同じ明治前期とされる。

書院(しょいん)

書院は主屋西方、庭の北側にあり、桟瓦葺、木造平屋建。主屋と書院は廊下でむすばれる。8畳の座敷と8畳の次の間があり、その周囲3方に1間幅の畳廊下をまわす。座敷には、2畳の広さの上段(床の間)、斜めの桟が入った丸窓のある付書院、天袋と違い棚がある床脇を備え、格式の高い造りとなっている。小栗家書院は貴賓客や冠婚葬祭に用いられたという。明治23年(1890)頃に移築されたものと伝えられる。

茶室(ちゃしつ)

書院に隣接するとともに、渡り廊下に接して建つ。茶室は1畳3台目(だいめ)の不整形平面。台目畳は、通常の畳の4分の1を切り取ったもので、主に茶室に用いられる。隣接する水屋は台目畳2枚と約1尺半の板張、さらに、南側に流しと棚を設ける。茶室南側に躙口(にじりぐち)がある。銅板葺、木造平屋建。建築年代は書院と同じ明治前期とされる。

渡り廊下(わたりろうか)

主屋と書院をつなぐ渡り廊下で、茶室と接する。桟瓦葺、木造平屋。渡り廊下には、ガラス戸、網代戸、腰障子、板戸、障子など多様な建具が用いられている。座敷庭側に面して腰掛待合がある。建建築年代は明治前期とされる。

北座敷(きたざしき)

書院北側にある離座敷。内部には8畳と6畳間の2室がある。8畳間には床の間と押入がつく。書院が使われる際の控えの間に使われる。瓦葺、切妻造、木造平屋建。建築年代は明治前期とされる。

離れ「竹の間」(はなれ・たけのま)

敷地北西隅に建つ。桟瓦葺、木造平屋建。「竹の間」の名称がついているように、随所に竹材を使用している。土間のある玄関には、板敷の代わりに太い孟宗竹(もうそうちく)を敷く。座敷へつながる廊下には、孟宗竹と角材を交互に配する。廊下に面する建具は網代戸。竹林を主体とした庭がある。
8畳と7畳半の部屋が2室あり、8畳間には1間幅の床の間と天袋付の床脇がある。7畳半の間には、炉が切ってあり、網代天井や地袋がある数寄屋風仕上。建築年代は大正4年(1915)とされる。(瀬口哲夫)

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