愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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旧川上貞奴邸主屋・蔵(きゅうかわかみさだやっこていしゅおく・くら)

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 名古屋市東区橦木町3-23
所有者等 名古屋市
指定(登録)年 平成17年(2005)
時代 主屋:大正9年(1920)頃/昭和13年(1938)改造
蔵:大正9年(1920)頃

※ 別ウインドウで開きます

主屋

主屋

■登録理由

主屋

福沢桃介と川上貞奴が住むために建設した邸宅の旧西半部。東半洋館部の玄関、応接室、食堂等に続き、貞奴私室や茶の間など1、2階とも和室を配する。赤瓦のマンサード屋根を切り上げて2階を設け、外壁は2階をドイツ壁、1階シングル張として多彩な外観を造る。

登録の基準 造形の規範となっているもの

主屋背後に独立して建つ。外壁鉄筋コンクリート造、内部木造、2階建、切妻造、桟瓦葺で、小屋組はキングポストトラスで、戸前に庇を付設する。小規模ながらたちが高く、外壁腰部を一段厚くし大きめの鉢巻を廻らした重厚な外観で、屋敷構えに欠かせない建物。

登録の基準 造形の規範となっているもの

■詳細解説

主屋

主屋

主屋

主屋

蔵外観

蔵外観

電力王と称された福沢桃介と女優・川上貞奴が住むために、大正9年(1920)頃、あめりか屋に造らせた邸宅。赤瓦の大屋根をのせた2階建洋館で、木造及び鉄筋コンクリート造。豪壮な邸宅であるところから、町名をとって、「二葉御殿」とも呼ばれた。
日本最初の女優といわれる川上貞奴は、夫の川上音二郎の死後、来名し、川上絹布(株)を設立。一方の福沢桃介は、大正初期に名古屋電灯(株)の取締役となった。その後、名古屋で大同電力や東邦電力を設立するとともに、木曽川水系の電力開発を推進した。福沢桃介が引退した大正15年(1926)ころまで住んだ。その後、貞奴は名古屋と東京を行き来したといわれる。
昭和12年(1937)頃、敷地が分割され、邸宅も東西に分断された。西側は川﨑舎恒三が所有し、西端に玄関を加えるなどの増改築がなされた。戦後の昭和32年(1957)、大同製鋼(株)の所有となり、大同特殊鋼二葉荘として使用された。近年、名古屋市に寄付され、現在地に方位を変えて、移築復元された。「文化のみち二葉館」として、平成17年(2005)2月に開館。部屋名は改変されているが、見学可能。

主屋

旧川上貞奴邸は、大きな赤瓦のマンサード屋根の一部を切り上げ、2階を設けるなど、独特の外観を呈している。創建時の洋館一階は、車寄、玄関、ホール、そして、ステンドグラスのある大広間、食堂(現在、展示室)となっている。
大広間には、弓形に張り出した部分に半円ソファーを置いている。ステンドグラスには、福沢桃介が電力開発に取り組んだ木曽の山野草などが描かれている。
大広間には2階への回り階段がある。そこには、桃介の寝室や書斎、さらに支那室などがあった。
洋館部分に隣接する和館1階には、茶の間、婦人室など、2階には貞奴の居室や仏間などがあった。

現在、蔵は主屋の東側にある。主屋と同じ、大正9年(1920年)頃に建築された。外壁は鉄筋コンクリート造で、内部は木造、2階建。桟瓦葺、切妻造、小屋組は山形トラスの中央に垂直材があるキングポストトラス。蔵前に軒下空間を確保するための庇をもつ。(瀬口哲夫)

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