愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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中濱家住宅(なかはまけじゅうたく)主屋・土蔵・物置・門・石垣及び塀

分類 国登録
種別 建造物
所在地 名古屋市緑区有松町大字有松字往還北103
所有者等 個人
指定(登録)年 平成20年(2008)
時代 主屋:明治中期/昭和初期増築
土蔵:明治
物置:昭和初期
門:昭和初期
石垣及び塀:明治/昭和初期改修

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主屋全景

主屋全景

■登録理由

主屋(しゅおく)

旧東海道に面して建つ町家で、正面西隣に土蔵が並ぶ。建築面積240㎡、木造2階建、切妻造桟瓦葺。1階は正面全体を木格子で統一し、2階は、軒を出桁造とし、虫籠窓を並べ、黒漆喰で塗り込める。有松絞りで栄えた問屋らしい、重厚で風格のある外観である。

登録の基準 国土の歴史的景観の寄与しているもの
土蔵(どぞう)

主屋の西隣、旧東海道に妻を見せて建つ。 桁行7.3m梁間4.5m、土蔵造2階建、桟瓦葺である。外壁は黒漆喰塗で、腰は洗出し目地切仕上げとする。1、2階とも通りに掛子塗戸を開き、桟瓦葺の重厚な庇をつけ、主屋とともに豊かな町並みを形成する。

登録の基準 国土の歴史的景観の寄与しているもの
物置(ものおき)

主屋東側に連続し、東南角を矩の手に折れ曲がる平面とする。建築面積37㎡、平屋建、招屋根、桟瓦葺である。玉石積上に建ち、腰を簓子下見板張とし、小壁を黒漆喰塗とするなど、通り側外観は板塀と同様の構成になり、敷地周囲の意匠の統一が図られている。

登録の基準 国土の歴史的景観の寄与しているもの
門(もん)

敷地北側の手越川に面して建つ。間口1.7mの腕木門。柱を建て冠木を通し、腕木を出す。軒は一軒疎垂木で、屋根桟瓦葺とし、門口に一枚板の両開戸を吊る。瀟洒な門で、両側に延びる板塀とともに、良好な屋敷景観を形成している。

登録の基準 国土の歴史的景観の寄与しているもの
石垣及び塀(いしがきおよびへい)

敷地の東辺と北辺を廻る。東辺の石垣は人頭大の玉石積で、北辺は亀甲状の切石を精緻に積み、総延長は74mである。塀は石垣上に建つ板塀で、総延長51m、腰を簓子下見板張とし、小壁を黒漆喰塗とする。門や物置と連なり、統一感のある屋敷景観をつくる。

登録の基準 国土の歴史的景観の寄与しているもの

■詳細解説

土蔵全景

土蔵全景

物置全景

物置全景

門全景

門全景

石垣及び塀外観

石垣及び塀外観

石垣外観

石垣外観

塀全景(北側)

塀全景(北側)

主屋

慶長13年(1608)に東海道の池鯉附宿と鳴海宿間の茶屋集落として開村された。宿場町の間にあることから合宿(あいのしゅく)とも呼ばれる。このため、有松は絞り染めを特産として製造販売した。明治時代には絞り染めの販路が拡大し、栄えた。
町並みは、江戸時代の天明4年(1784)の大火で多くが焼失したが、次第に復興を遂げ、切妻造、平入、塗籠造の町家で構成される町並みが出来上がった。中濱家住宅は、愛知県指定有形文化財の服部家住宅(井桁屋)の西側に位置し、東隣の神半邸などとともに、この界隈の町並み形成上、重要な役割を果たしている。
中濱家住宅は、もともと、絞り問屋山田家住宅の建物で、明治5年(1872)、絞り販売を始めたと伝えられ、屋号は「ヤマヨ」。平成16年(2004)に中濱家が絞り販売の店舗兼用の住宅として山田家住宅を購入し、現在に至っている。
中濱家住宅は、旧東海道有松の北側に位置しており、主屋を中心に西側に土蔵、東側に塀・物置と、有松の大規模な絞り問屋に見られる典型的な屋敷構えとなっている。
主屋は、木造、厨子(ツシ)2階建、桟瓦葺、平入の商家で、東側を通りニワとし、西側に3列9室を並べる。ただし、主屋西側の1列は、平面的に床の間の背後となっているとともに、主屋の構造とは一体でない。この部分は落ち屋根となっていることから、後で増築されたものとされる。この部分に茶室があり、賓客の接待や交際に使用されたと考えられる。主屋外観は、1階の格子と2階の黒漆喰の塗り込めにより特徴付けられる。主屋は落ち屋根部分も含めて下屋庇を連続させており、絞り問屋の重厚さが演出されている。
小屋組、座敷の意匠などから主屋は明治中期の建造で、茶室廻りは大正以降の建築とされている。

土蔵

主屋の西側にある土蔵は、切妻造、桟瓦葺、2階建、平入。旧東海道に妻を見せ、平側に蔵の出入り口を持つが、蔵前の板の間につながり、主屋との連続性が確保されている。これは、間口に制限があり、奥行きのある敷地にあっては、機能的で、且つ合理的な配置である。土蔵の規模は、桁行4間、梁間2間半。
土蔵は、基礎の部分は石積み、腰の部分が洗い出し、その上部が黒漆喰塗となっている。特に、1階庇は、間口全体の長さで、主屋庇の水平線と連続性があり、中濱家住宅の景観を強調するものとなっている。

物置

中濱家住宅の主屋東側には、かって、絞り問屋として、絞りの作業場、作業庭、従業員の居室、物置などがあった。しかし、現在では、そのほとんどが取り壊されて、旧東海道に面する物置が残されているのみで、かっての作業場や作業庭は駐車場となっている。この物置は、塀も兼ねた、長屋塀となっているため、町並みの連続性を確保する上で重要な役割を果たしている。

敷地北側には、主屋東から連続する板塀がある。この板塀のほぼ中央に裏門がある。裏門は、切妻造、平入、桟瓦葺の腕木門である。敷地全体の構成から、裏門ではあるが、塀と併せて格式あるものとなっている。

石垣及び塀

敷地西面の塀は腰を杉皮張りとし、茶室廻りの改造と同時期の大正から戦前にかけて造られたと考えらている。敷地東側は人の頭の大きさの玉石を積んだ擁壁が連続し、東側北端約1間ほどから手越川沿いの北面にかけては切石を積み上げた精緻な亀甲積みの擁壁となっている。明治時代に遡る遺構と考えられ、これら敷地境界の石垣も手越川沿いの歴史的景観を形成する貴重な工作物となっている。

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