愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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広石の銅鐸(ひろいしのどうたく)

分類 県指定
種別 考古資料
所在地 豊川市御津町広石
所有者等 個人
指定(登録)年 昭和49年(1974年)
時代 弥生
広石の銅鐸

広石の銅鐸

明治11年(1878)、宝飯郡御津町広石(現・豊川市御津町)の新宮山北西麓から出土したもので、高さ45.8cm、鈕高12.4cmの保存良好な扁平鈕式の流水文銅鐸で、弥生時代中期の製作とされる。
出土地は、音羽川と御津川との挟まれた東南に延びる標高90mの丘陵の、南西麓に位置し、山裾を通って広石から豊川市国府・岡本へ出る道路の普請中に偶然発見されたもので、当時、広石の御津神社の神主のもとに寄せられた。
本銅鐸の文様は、鈕に鋸歯文、渦文、綾杉文を鋳出し、鰭には鋸歯文が鈕から連続する。鐸身両面には連続する流水文と裾部に鋸歯文が飾られる。また鰭には双頭の飾耳が2か所ずつ残存する。出土当時に鈕部分が破損し折れたようで、現在は溶接によって接続、鈕と身の境界にあった飾耳も復元されている。全体が黒光りし、流水文も整然とした鋳上がりの良好なもので、現存する県内出土の流水文銅鐸としては唯一の例で貴重である。
なお拓影のみで、実物の所在不明な尾張国愛知郡出土銅鐸及び伝琵琶湖湖底出土銅鐸と同笵(はん)であるといわれている。

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