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平成28年度第2回愛知県幼児教育研究協議会の概要

平成28年度第2回愛知県幼児教育研究協議会を開催しました。

 本会は、本県の幼児教育に関する諸問題についての研究協議を行う協議会です。第2回の会議では、「生涯にわたる学びを支える幼児教育の在り方―幼児期における『学びに向かう力』の育成を通してー」のリーフレット案についての御意見と御助言を頂きました。その内容を報告します。

 

研究協議会の概要

日時:平成29年1月20日(金曜日)午後2時から午後4時まで

会場:愛知県自治センター602会議室

 

1 開会 

2 愛知県教育委員会挨拶(事務局長)

3 会長・副会長挨拶

4 議事

【報告事項】

 平成28年度専門部会経過報告

   第1回 平成28年7月13日水曜日 

   第2回 平成28年9月7日水曜日

   第3回 平成28年11月25日金曜日

【協議事項】

 協議題「生涯にわたる学びを支える幼児教育の在り方―幼児期における『学びに向かう力』の育成を通してー」のリーフレット(案)について、意見交換しました。

○1ページ(リーフレットの提案)について

・ 幼児期に育みたい非認知的能力を、幼児期における「学びに向かう力」と定義してしまうことに違和感がある。数値化できる、何かができる、何かを覚えている、何かを知っているというものが認知的能力であり、人間関係を育んだり自分の中で粘り強く取り組んだりというものが非認知的能力である。「学びに向かう力」と結びつけるのは、強引な印象を受ける。

・ 中央教育審議会の資料とリーフレットの図とそれぞれに「学びに向かう力」という言葉が出てくるが、若干使われ方が違うので疑問を感じる人もいると思われる。資料を載せて、中央教育審議会ではこのように出されている、と示してはどうか。

・ 非認知的能力は、一般的には理解しにくい言葉であると感じる。「学びに向かう力」という言葉については「学びに向かう姿勢」というような少し広げた意味で使われているように感じる。

・  非認知的能力を「学びに向かう力」と定義するのではなく、「幼児期に育みたい非認知的能力」とひとくくりであるならば、もう少しつながるように思う。

・ 小学校以上では、知識や技能、思考力・判断力・表現力等、学びに向かう力・人間性等の三つを育んでいくとされている。義務教育の土台である幼児教育は基礎を培っていく。この三つが織りなす幼児期の教育がそれ以降の教育の土台となるという概念を、中央教育審議会の資料は表していると思うので、文部科学省の考えで通していくのはどうか。

・ 「本協議会では、幼児期における『学びに向かう力』を、遊びや生活の中で、自分の気持ちを調整する力、粘り強く取り組んだり挑戦したりする力、仲間と協調する力など」とつなげていってはどうか。示された三つの力については保護者にも理解しやすいと思う。これらを「学びに向かう力」と捉えたとすればよいのではないか。

・ 非認知的能力という語句について、教育界にいても余り使ったことのない言葉である。非という否定的な文字が付いているので、「非認知的能力は良いものである」ということに違和感がある。

・ 認知的能力・非認知的能力とは何だろうかという疑問を持った。幼児教育で育もうとしているものということはよく分かったが、保護者に理解を得られるのは難しいと思う。それぞれの園で特色を出していただけるのはよいが、知識・技能の基礎、思考力・判断力・表現力等の基礎、学びに向かう力・人間性等が各園でいかに育まれるかということが小学校以降で差とならないようにしてほしい。これらがどの園でも育まれていくようにしていただきたい。

・ このリーフレットに、非認知的能力という言葉を余り使いたくないことを第1回の本協議会で話をした。しかし、その後に文科省から出てくる取りまとめ等には、非認知的能力という言葉が何度も使われており、この言葉を使わないわけにはいかないと考え、専門部会で提案してきた。幼児期に育みたい非認知的能力を「幼児期における『学びに向かう力』」とイコールにしてしまってよいのかということは感じている。

・ 知識や技能の基礎というのが、子供たちが生活や遊びの中で獲得していく学びである。これができるできないということなどが認知的能力であるとすると、それを基に、感じ考え判断したことを行動に移していくことが思考力・判断力・表現力の基礎だと考えるが、これは認知的能力であり非認知的能力である。「学びに向かう力(人間性を含む)」は、より目に見えない非認知的能力になるのではないかと捉えた。

・ 若い保育者や保護者にとって、非認知的能力や「学びに向かう力」という言葉の理解が難しいようであれば、少し解説を付けるなり、もっと柔らかい言葉に置き換えるなりしなければならない。保育者や学生がこれからの保育の方向を理解するための材料であると思う。Webにアップされることで、一般の方の目にも触れるようになった。一般の方が分かるように説明をすることが求められている。

・ 幼児期における「学びに向かう力」というと幼児期に育む力なのかと思うが、中央教育審議会の答申ではどの学校段階にも出てくる言葉である。高等教育学校でも「学びに向かう力」をどう育てるかということが言われている。幼児期だけの課題ではない。

○2ページ(「学びに向かう力」とは)について

・ 「学びに向かう力」というのは小学校以降でも使える言葉であると思う。小学校では調整する力はあるけれど挑戦心はないとか、中学校では挑戦する力はあっても協調する力はないなどそれぞれの課題がある。幼児期の段階でこういうことを体験させることが非常に大切であると感じた。幼児教育の中でこれらのことを体験させることが小学校以降につながっていくと思う。

・ ここで一番言いたいのは、自分は受け止められているという確かな思いを持つことであり、このことが学びを支えていくということを、保育者にも保護者にも小学校の先生方にも分かっていただきたいと強く思う。粘り強く取り組んだり挑戦したりする力について、失敗とか挑戦ができる状況に今の保育現場はあるのか、家庭はあるのか、小学校や中学校の生活の中にはあるのか、それを乗り越えることを支えているのかということも訴えていきたい。

○3ページ(事例からの読み取り)について

・ 事例を示してもらえるのは現場としては大変有り難い。実際の子供の姿を「成長したね」「こんなことができるようになったね」と感覚的には分かっても、事例としてきちんと読み取りを示していただくことは幼児を理解する上ですごく大切なことである。次年度の計画では、ここの部分を大切にしていくということなので期待する。

○4ページ(幼児教育と生涯にわたる学びの位置付け・「学びに向かう力」を育む手立て)について

・ 「環境の構成」という言葉が分かりにくい。幼児と共に環境を再構成するとはどういうことなのか。二つの手立ては読み取れたが、「主体的に遊べる環境の構成」については難しい。

・ 幼児教育は、環境を通して行う教育と言われるように、子供たちが遊びの中で環境に関わりながら学んでいくというものである。積み木やままごとなど遊具も全て環境、友達や先生もそうである。環境とはエコロジーの環境ではなく、遊ぶための環境ということになる。

・ 自覚的な学びと無自覚的な学びという区別があって、学校教育は自覚的に、過程や目標があって教科を学んでいくと思うが、幼児の場合は何か目標があるのではなく、遊んでいるうちにいろいろなことを獲得していく学びという概念なので、遊んでいるうちに何かを獲得できるような環境を整える。テキストを用意するのではなく、生活の中に教材がある。それを「環境」と呼ぶ。

・ 知識や技能の基礎というと、園によっては何をどうできるようにするかということにポイントを置いてしまう恐れがあるので、教え込むことではないということを伝えてほしい。どこかに入れていただけるよい。

・ 文部科学省の資料は人間性等が入っている。本協議会としては、協議題に入れていないが、「学びに向かう力」を考える際に、人間性も含めて捉えている。また、「学びに向かう力」というのはいわゆる幼児教育で育てる「心情・意欲・態度」であって、その中で経験して培った知識・技能の基礎を獲得し、知恵や理論がついていく、それらを使いながら自分で行動する。知識や技能の基礎というと、教え込んだりやらせて身に付けさせたりすることと誤解を招きがちである。ドリルをやったり、漢字を教えたり、そうではないということを訴えたい。

・ 「環境」がいわゆる教科書である。幼児期においては、それをそのままにしておくのではなく、子供の変化に応じて再構成する。もう一回子供と一緒に「こうするともっと楽しくなるであろう」という場を整えることである。

・ 昔と今の保育者とでは、情報量や知識・能力が違う。細かく説明しないと理解してもらえないこともあるので、これくらいのことなら分かるであろうという感覚ではなく、ここは丁寧に説明しようという姿勢を失わないようにしたい。

5 連絡

6 閉会の挨拶(学習教育部長)

7 閉会

 

 

問合せ

愛知県 教育委員会事務局 義務教育課

E-mail: gimukyoiku@pref.aichi.lg.jp