新「あいち多文化共生推進プラン(仮称)」策定プロジェクト
〜あいちの多文化共生をデザインする〜


経 緯

1980年代末、好景気で深刻な人手不足となり、外国人労働力全般に対する需要が高まりました。こうした外国人の雇用拡大を受けて、1989(平成元)年に出入国管理及び難民認定法(入管法)が改正されました。

この改正により、在留資格の中に、主に日系人が対象となる「定住者」資格ができました。この資格は、日本国内での活動が自由であることから、就労を目的として、多くの日系人が来日してきました。特に、モノづくりの盛んな本県では、日系ブラジル人を始めとした南米出身者が急速に増えていきました。
 
外国人県民の増加と定住化の進展【第1次プラン】

2008(平成20)年3月策定
【計画期間】

2008(平成20)年4月〜
2013(平成25)年3
その後も、研修・技能実習制度などにより、外国人の増加傾向は続いていくと予想される一方で、来日した外国人の中には、滞在が長期化し家族を呼び寄せるなど定住化が進みつつあり、日本で生まれ育ち仕事につく外国人が増えることが予想されました。

また、1995(平成7)年1月17日に阪神・淡路大震災が発生し、外国人の方も多くの被害を受けました。この地震によって、日本に住んでいるのは日本語がわかる人ばかりではないということに気づかされ、多言語化や多文化共生の必要性が認識されるようになりました。


こうしたことから、2008(平成20)年3月に、外国人を「ゲスト」としてではなく、ともに暮らし、地域をつくっていく「生活者」と位置づけ、様々な施策を体系的に展開するための「あいち多文化共生推進プラン」を初めて策定しました。
 
外国人県民の多様化と永住化の進展
【第2次プラン】

2013(平成25)年3月策定
【計画期間】

2013(平成25)年4月〜
2018(平成30)年3
第1次プラン策定後、リーマンショックによる世界同時不況や2011(平成23)年3月に発生した東日本大震災により、外国人県民を取り巻く環境は厳しくなり、日系ブラジル人の減少に大きく影響を受ける形で外国人登録者数は減少していきました。

しかし、「永住者」の在留資格を取得する者は増加し続け、永住志向の強い外国人県民が増加しました。また、ブラジル人が減る一方で、中国やフィリピン、その他のアジア圏出身者が増え、多国籍化が進展するとともに、高齢化や散在化により、国籍や年齢、居住地など様々な面から外国人県民の状況は多様化してきました。

一方、地域社会においては、日本人県民とのトラブルが減り、若者の中には、小中学生期に外国人の同級生を持っている場合も多く、外国人を身近に感じている日本人も増えてきました。
さらに、東日本大震災では、多くの外国人が支援する側に参画していたことから、地域づくりの担い手として、外国人の重要性が認識されるようになりました。


こうした中、外国人が将来にわたって日本で生活していけるよう、生活全般にわたる支援のさらなる充実を図るとともに、外国人県民も地域社会の担い手として活躍できる社会をめざして「あいち多文化共生推進プラン2013−2017」を策定しました。

新あいち多文化共生推進プラン(仮称)の策定
【第3次プラン】

2018(平成30)年3月策定
予定
【計画期間】

2018(平成30)年4月〜
2023(平成35)年3
第1次・第2次プランに基づいて施策を実施してきた結果、本県の多文化共生施策は充実してきていますが、教育や労働など依然として残っている課題があります。また、第一世代の高齢化など新たな課題も出てきており、ライフサイクル全般にわたっての支援が必要となってきています。

一方、日本で育った第二世代の外国人の若者たちが日本社会で活躍する事例を目にすることも多くなりました。また、本県において、熊本地震を契機に、外国人と日本人が一緒になって地域社会に貢献しようとする動きも生まれました。

さらには、世界的な移民排斥の動きがある中で、国内においては、ヘイトスピーチ規制法が制定されるなど、国籍や民族などのちがいにかかわらず、すべての県民が互いの文化的背景や考え方などを理解し、ともに安心して暮らせる地域づくりが改めて求められています。

こうしたことを踏まえつつ、2018(平成30)年3月で第2次プランの計画期間が満了することから、第3次プランとなる「新あいち多文化共生推進プラン(仮称)」を策定します。


*経緯は、策定プロセスの中で、修正する場合がありますので、ご了承ください。