窯場今昔100選  仲野泰裕

(8) 弓野焼

弓野焼で知られる、佐賀県武雄市西川登町小田志(こたじ)は、武雄市の南部、西を波佐見町(長崎県)、東を塩田町(佐賀県)に挟まれた地域であり、その東よりに弓野がある。

弓野焼は、唐津焼の一系統であり、武雄系の西川登地区に位置しており、鉄分を多く含んだ独特の胎土のため、櫛刷毛目状に白化粧土を用いた文様に銅緑釉と飴釉を流しかけた二彩唐津と呼ばれる大鉢や擂鉢などの例が多く知られる。

さらに特徴的なのは、徳利、甕、大鉢などに、褐釉と銅緑釉を用いて豪放な松の絵が描かれたものであり、弓野焼を代表する意匠となっている。

18世紀中頃からの操業が推定されており、一部では磁器も焼かれたようである。またこれらの西川登系の刷毛目、櫛刷毛目、二彩唐津の皿、鉢、徳利などは、東南アジアの各地からの出土も知られており、流通圏の広さを物語っている。

一方、明治時代に始められた弓野人形は、博多人形の技術が導入されたもので、玩具、神仏像などが知られ、現在も継承されている。なお、この「弓野の松絵」は、筑後二川(ふたがわ)焼(福岡県三池郡高田町)において類品が焼かれている。)

作品解説
いずれも「弓野の松絵」を施した良好な例である。器面の主体部に濃淡のある白化粧がかけられ、下部は穏やかな波状の文様となっている。力強く器面に踊る老松の幹は、濃い鉄釉で縁取りされており、さらにこれを引き立たせている。前面に薄く透明釉がかけられているが、幹の部分など馴染みの悪い部分も認められる。



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