卵巣がん

I. 卵巣がんについて

はじめに

 子宮にはその左右に卵巣という臓器がついており、これらに発生するがんを卵巣がんと言います。国内の卵巣がん患者さんは増加傾向にあり、年間で約1万人が罹患し、約5千人が死亡するといわれており、婦人科がんでは最も死亡者数が多い疾患です。卵巣がんはある程度腫大するか腹水が貯留するなど、がんが蔓延してから、初めて自覚的な症状がでるため早期診断しにくいがんであり、当院の症例でも半数以上が進行がんで診断されている悪性腫瘍です。また卵巣がんと良性の卵巣腫瘍との鑑別は難しく、手術で摘出・検査してから初めてがんと診断される場合も多くあります。卵巣がんには様々な種類がありますが、大きく4つ(漿液性がん、明細胞がん、類内膜がん、粘液性がん)に大別され、各々特徴が異なります。近年、漿液粘液性がんという新たな概念が提唱され、稀ではありますが、徐々に診断される患者さんが増えております。また、「卵管がん」や「腹膜がん」といった悪性腫瘍も、その発生や性格が卵巣がんと類似しており、一連の疾患(病気)として、同じような治療が行われます。以下、その代表の卵巣がんについてお話します。
 卵巣がんの診断や治療は難しく、取り上げるべき問題点は数多くあるのですが、卵巣腫瘍の診断の方法や発想を理解して頂くために、1.良性腫瘍との鑑別が難しい、2.手術縮小の是非、について下の「II. 卵巣がんの問題点 」で取り上げます。ここでは主に卵巣がんの一般的な診断・治療について述べます。
 また、2019年に国内の卵巣がん患者さんの約15%が遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)である、すなわちBRCA遺伝子に病的変異があると報告され、その重要性の認識が高まっています。2020年度より初発再発を問わず、卵巣がん(卵管がん、腹膜がん)の患者さんに対するHBOCの遺伝学的検査が保険適応となったため、必要に応じてBRCA遺伝子の検査を行い、診療方針の決定の一助としています。場合によっては、患者さんやその血縁者の方に遺伝カウンセリングを受診して頂いています。

初期症状

1)腹部膨満感   肥満・妊娠等、理由がないのにお腹が膨れてきた場合
2)腹部腫瘤自覚  自分で触って下腹部にしこりが触れる場合
3)検診異常    検診で下腹部に腫瘍があるとか卵巣が腫れているといわれた場合

診断に必要な検査

1)画像診断
 超音波・CT・MRI等の画像診断で腫瘍の大きさや内容の性状を検査します。また腹水や胸水の貯留の有無や明らかな転移病巣の有無等、がんの進行の程度を調べます。1cm以下の小さな癌は解らない場合があります。検査をしてから1週間程度で結果がわかりますしかし、画像だけでは、悪性・良性の判断が難しい場合も多くみられます。
2)腫瘍マーカー
 卵巣が腫大した状態・卵巣腫瘍を良性の腫瘍か悪性のものか区別する際に、血液検査として腫瘍マーカーがあります。主に、CA125・CA19-9等が腫瘍マーカーで、これらが異常な高値を示す場合には悪性の可能性が高いとされています。治療前に高値を示した腫瘍マーカーは治療中・治療後に繰り返し検査して、治療効果の判定や経過観察に利用します。検査してから当日から数日で結果がわかります。しかしながら、良性疾患でも高値を示すこともあれば、癌の種類や、患者さんによっては、低値であることも少なくなく、全てのがんの広がりや進行、転移を示しているわけではありません。
3)細胞検査・組織検査
 腹水や胸水が溜まっている場合には、これらを一部採取してがん細胞の有無を調べます。がん細胞があれば確実にがんと診断されます。また腟内・腹部・鼠径部など採取しやすい場所に転移病巣がみられる場合にはこれを一部採取し組織検査する場合があります。

治療

1)手術

 卵巣がんの手術は治療目的の腫瘍摘出と同時に、がんの進行期を診断する目的で行います。手術前に卵巣がんとわかっている場合や手術中に卵巣がんと診断された場合には、子宮+両側附属器(卵巣・卵管)+大網(胃下部の脂肪主体の組織)の摘出が基本術式となります。場合によって、骨盤〜傍大動脈リンパ節を摘出(生検)することもあります。これに加え進行期確認の目的で腹腔内のがん細胞の有無を検査するため腹腔細胞診(腹水または洗浄腹水)も行います。また肉眼的に見てがんの転移と思われる部分も出来る限り摘出します。これらの摘出したものを十分に検査し、最終的ながんの進行期や組織型を診断し、手術後の追加治療(主に化学療法)の必要性を検討します。現時点では、卵巣がんに対する腹腔鏡手術のエビデンスは乏しく、原則開腹手術を行っています。

 ※初回手術時に、がんが腹腔内に明らかに広がっていて腫瘍を十分に摘出できない場合や、術前の全身状態・合併症等で手術が十分に行えない、もしくは危険であると判断した場合には、手術の前に化学療法を行い(術前化学療法)、腫瘍を縮小させてから手術を行う場合もあります。この場合は、腹水・胸水から癌細胞を採取し、免疫染色などを行い卵巣がんであることを判断したり、標準治療ではありませんが、腹腔鏡を用いて、腹腔内を確認し、広がった腫瘍の一部を採取し、診断を行います。侵襲が低いので、早期に抗がん剤を開始することが可能となります。

(妊孕性温存手術) 
2020年時点で当院はJCOG1203試験(上皮性卵巣癌の妊孕性温存治療の対象拡大のための非ランダム化検証的試験)に参加しています。そのため、条件を満たしている妊孕性温存希望の患者さんに関しましては、治療の選択肢として同試験について説明・提示をしております。詳細は担当医にご相談下さい。

2)化学療法

 卵巣がんは比較的化学療法が有効ながんとされており、その治療には多くの抗がん剤が使用されています。中でもカルボプラチンと呼ばれる白金製剤は特に有効であり、現在では卵巣がん治療の中心となっています。またパクリタキセルやドセタキセルと呼ばれるタキサン系薬剤も有効であり、現在は白金製剤であるカルボプラチンとタキサン系薬剤であるパクリタキセルとを併用するのが、卵巣がんに対する第一選択化学療法の世界標準とされています。アルコールに弱い方や、アレルギーを認める方に関しては、適宜薬剤を変更して対応しております。主な副作用としては吐き気・嘔吐、脱毛、手足のしびれ、白血球や血小板減少があります。これらの副作用が強い場合には化学療法を変更したり中止したりすることがあります。現時点で当院は、腹腔内化学療法(IP療法)は原則行っておりません。
 また、分子標的治療薬であるベバシズマブが2013年11月に卵巣がんに対し追加承認され、使用可能となりました。もともと大腸がんや肺がん、乳がんなどで承認されていた薬剤ですが、卵巣がんにおいても臨床試験で、抗がん剤との併用及びその後の維持療法で、再発までの期間を延長させた結果により、上乗せ効果が認められました。そのため、抗がん剤にベバシズマブを併用することもありますが、高血圧、タンパク尿、出血、消化管穿孔などの副作用もあるため十分な注意が必要です。
 また、2019年6月よりBRCA遺伝子に病的変異を認める卵巣がんにおける初回化学療法後の維持療法としてオラパリブ(リムパーザ)という分子標的薬が使用可能となり、その効果が期待されています。オラパリブは、いわゆるPARP阻害剤という薬剤で、抗がん剤によって破壊されたがん細胞のDNAの修復を阻害する役割があります。オラパリブの頻度の高い副作用として、吐き気、貧血、疲労感などがあり、まれに間質性(薬剤性)肺疾患や血液疾患が現れることがあります。BRCA遺伝子に病的変異を認めた場合、患者さんもしくは患者さんの血縁者に対して、原則的に遺伝カウンセリングを実施し、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)に関する情報提供を行っております。
 更に、2020年9月には、ニラパリブ(PARP阻害剤)が保険承認され、2021年に入り、myChoiceTM診断システムを用いた相同組み換え修復欠損(HRD)の同定が保険承認され、ベバシズマブとオラパリブの併用療法が認められるなど、卵巣癌の新規治療が加速しております。当科では最新の知見を取り入れ、個々の患者さんに最適な薬物療法を行っております。
 再発卵巣がんについては、前治療で最後にプラチナ製剤(カルボプラチンなど)を使用してから病状が悪化するまでの期間(プラチナフリー期間)により、次治療の選択が変わります。一般的にはプラチナフリー期間が6ヵ月未満であればプラチナ抵抗性再発として、プラチナ製剤を使用しない治療を選択します。プラチナフリー期間が6ヵ月以上であればプラチナ感受性再発として、プラチナ製剤を使用する治療を選択します。ベバシズマブを抗がん剤と併用したり、その後の維持療法に使用したりすることもあります。また、2018年4月よりオラパリブがプラチナ感受性再発卵巣がんにおける維持療法として保険承認され、前述のニラパリブも2020年9月から使用可能となりました。プラチナ感受性再発の患者さんに対しては、積極的に投与を行っております。
 進行がんの治療は、可及的な腫瘍減量術とこれら化学療法で治療成績をあげてきました。今後も新規分子標的剤が保険承認される見込みであり、随時対応していきます。また、より治療成績を向上するため、薬剤の新しい使用方法や、新薬の開発が行われており、当院は、こういった治験や臨床試験にも積極的に携わっております。適応がある患者さんには、担当医からご説明、ご提案させて頂くことがあります。

治療成績

当院での2010〜2014年の間の卵巣がんの治療成績を示します。

当院での2010〜2014年の間の卵巣がんの治療成績

II. 卵巣がんの問題点

術前の良性と悪性の診断が難しい

 他の医療機関や検診機関で「卵巣腫瘍」や「卵巣がんの疑いがある」「腫瘍マーカーが高い」と指摘された患者さんが受診されます。「手術を行わないでがんの診断はできないのか」とか、「腫瘍マーカーが高いのに、がんは絶対大丈夫なのか?」と言われることがありますが、超音波検査等画像診断や腫瘍マーカー検査の結果がなければ何も解りませんし説明もできません。ここでは1)なぜ良性の卵巣腫瘍と卵巣がんは手術しないと鑑別できないのか、2)画像診断や腫瘍マーカーの考え方、3)卵巣腫瘍の治療方針、について述べます。

1)なぜ良性の卵巣腫瘍と卵巣がんは手術しないと鑑別できないのか

 画像診断で明らかに転移がある場合は別ですが、悪性腫瘍の診断は原則的に病理組織学的検査(顕微鏡でがん組織を詳しく調べる検査)で行われます。このため手術前にがんの診断をするには、腫瘍の組織を一部採取しなければなりません。例えば胃がんや大腸がんであれば内視鏡でがんの部位から組織を採取できます。また子宮頸がんなら、子宮頸部の組織を経腟的に採取できます。では卵巣がんは組織採取ができるのでしょうか?
 卵巣は小腸や大腸、子宮などがある腹腔内にあります。経腟的に針を刺したり、または腫瘍が大きい場合には腹部から針を刺して卵巣腫瘍の組織を採取することは物理的には不可能ではありません。しかし、悪性腫瘍であった場合には針を刺したことでがん細胞が腹腔内に蔓延する可能性があります。
 前述の様に、がん細胞が腹腔内に蔓延していることは卵巣がんの進行期にも用いられており、予後を左右しかねない因子です。針を刺したことで、がんが進行する可能性を考えれば、このような検査が一般に行われていないことが御理解頂けると思います。

2)画像診断や腫瘍マーカーの考え方

 良性の卵巣腫瘍と卵巣がんの鑑別は、原則的に手術で腫瘍を摘出し、病理組織学的検査で行います。しかし実際には手術前に「卵巣がんの疑いがある」とか「良性卵巣腫瘍の可能性が高い」と説明されることがあります。これは主にCT・MRI・超音波検査等の画像診断や、CA125やCA19-9等の腫瘍マーカー検査により推定・判断しています。
 良性の卵巣腫瘍の場合は、腫瘍の内容が水・粘液・血液・脂肪等で一様の場合が多いのに対し、卵巣がんの場合には、水・粘液・血液の成分の他に充実部と呼ばれる部位を認めることが多くあります。これは良性腫瘍の場合には腫瘍細胞自体は増殖しませんが、これらが産生する水・粘液・脂肪等が腫瘍内に貯留するため腫瘍自体が増大するのに対し、がんの場合には産生する水・粘液・血液等が腫瘍内に貯留すると同時に、腫瘍細胞自体も増殖するため腫瘍が増大します。充実部はこの腫瘍細胞自体の増殖により形成されると考えられ、画像診断ではこの充実部の有無を検索することにより、良性の卵巣腫瘍か卵巣がんかを推定します。
 腫瘍マーカーは、がん特異抗原と呼ばれるがん細胞から放出されている物質の血清内(血液内)濃度を測定しています。臨床において悪性疾患の病勢を反映することが多いため、多くの悪性腫瘍に様々な腫瘍マーカーが用いられていますが、腫瘍マーカー各々によって測定する物質が異なるため正常値や安定性が異なります。卵巣がんで主に用いられている腫瘍マーカーはCA125やCA19-9と呼ばれるもので、卵巣がんの病勢をよく反映し、また血液検査で簡便なため広く用いられています。
 良性の卵巣腫瘍と卵巣がんを鑑別する際に、腫瘍マーカーの検査を行います。正常値であれば良性の卵巣腫瘍の可能性が高く、高値であれば卵巣がんの可能性が高いと判定するのですが、良性腫瘍でも腫瘍マーカーが上昇する場合があり、また月経周期や腹痛等の症状によっても変動します。そのため1回の検査では判定できない場合が多くあります。

3)卵巣腫瘍の治療方針

 以上の様に、手術前に良性の卵巣腫瘍と卵巣がんを鑑別するのは非常に困難です。このため、「卵巣がんの可能性がありますが経過観察しましょう」とか、「良性の卵巣腫瘍の可能性が高いですが手術しましょう」、という説明をせざるをえない場合があります。では説明を受ける患者さん側としては、どう考えれば良いのでしょうか?
 私達が手術を勧めるのは、1)卵巣がんの可能性がある、2)腫瘍が大きい、または今後大きくなることが予想される、3)腹痛・生理痛(月経困難症)等の症状や不妊症等他の病気の原因になる、場合です。手術を勧められた場合には、どの項目にあてはまるのか担当医に確認するのが良いと思います。
 経過観察を勧める場合は、1)良性の可能性が高く症状もない場合、2)自然に消失する可能性がある場合です。画像診断でも腫瘍マーカーでも悪性を示唆する所見がなく、症状もなければ、早急に治療する必要がなく経過観察を勧められます。また卵巣は卵胞で卵を育てて排卵するなど性周期により形態が変化します。一時的に卵巣腫瘍を認めても自然に消失する場合もあります。
 以上、良性の卵巣腫瘍と卵巣がんの鑑別について簡単に述べました。手術するか経過観察するかの判断は、やはり診察をして検査をしなければ的確な判断ができないため、疑問があれば検査結果や診断根拠について、直接担当医に質問されるのがよいと思います。  

III. 卵巣がん、卵巣がん(腹膜がん)疑いと言われた患者さんへ

 当院での検査や治療を希望される場合は、他施設からの紹介状とできる限り、もしあれば、画像、病理標本や細胞診標本を持参していただくことをお願いしております。また、きちんと診断するために、再度、腹水や胸水検査をさせていただくことがございますので、ご了承ください。
 また、手術をしてみないと悪性か良性か診断がつかないとお話しましたが、受診された時点で、悪性の可能性が低い卵巣のう腫などの方は、当院では、手術をお引き受けしかねる場合があることをご了承ください。がんの診断がついている方、がんの可能性が高い方が優先されます。

IV. 遺伝性腫瘍(遺伝性乳がん卵巣がん症候群)

 卵巣がんの1〜2割は、遺伝的要因が強く関与して発症していると考えられています。遺伝が関与する腫瘍(遺伝性腫瘍)で最も多くの割合を占めるのが、遺伝性乳がん卵巣がん症候群(HBOC)です。当院では、遺伝カウンセリング体制及び病理医の協力体制を整え、2017年より、卵巣がんの発症を予防する目的で、左右両方の卵巣及び卵管を切除する手術リスク低減卵管卵巣摘出術(Risk-Reducing Salpingo-Oophorectomy; RRSO)を実施しています。詳細については当院のホームページの婦人科のリスク低減卵管卵巣摘出術(Risk-Reducing Salpingo-Oophorectomy; RRSO)の欄をご覧ください。


令和3年8月改訂

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