甲状腺がん
甲状腺がんとは
甲状腺は頸部の正面下方に、喉頭(のどぼとけ)につづく気管を取り巻くように、位置する。蝶のような形でサイロキシンという全身の細胞の新陳代謝に関与するホルモンを分泌する。ここに発生する甲状腺がんは5種類の組織型別に、頻度、悪性度、転移の起こり方などに、それぞれ特徴がある(表1)。
表1.組織型別にみた甲状腺がん(1997-2007, 386例)
組織型 | 分化がん | 低分化がん | 髄様がん | 未分化がん | |
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乳頭がん | 濾胞がん | ||||
頻度 | 92% | 3% | 2% | 2% | 2% |
好発年齢(平均 | 52-54歳 | 59歳 | 52歳 | 高 年 | |
腫瘍の発育 | 穏 や か | やや激しい | 散発性は種々 | 激しい | |
周囲への浸潤 | 49% | 17% | 89% | 87% | 強い |
頸部リンパ節転移 | 69% | 0% | 89% | 87% | |
血行性転移 | 7% | 17% | 44% | 0% | |
治療法 | 外科的 | 集学的 | |||
10年生存率 | 92% | 100% | 56%(5年) | 73% | |
その他の特徴 | 手術時、濾胞腺腫、のち血行転移発生し、がんとわかる例がある | 乳頭がんや濾胞がんの中で、低分化成分が含まれるがんである。 | 家族性発生がある. 血中カルトシトニンが腫瘍マーカーである | 約半数は経過の長い分化がんから発生する |
甲状腺がんの症状と診断
甲状腺がんの頻度は、全がん症例の1%程度である。性別は女性に多く、男性の約3倍であり、また年齢では、50代、40代、30代の順に多い。
最も多く、最も予後のよい乳頭がんはリンパ節転移をよく起こし、硬いしこり(腫瘤)をつくる。つぎに多い濾胞がんは肺や骨へ転移しやすく、良性のしこりに似る。これを分化がんとまとめる。カルシトニンをつくる細胞から発生する髄様がんは遺伝性のものがある。これに対して未分化がんは幸い少ないが(2%)、全身のがんの中、もっとも悪性である。
主訴のうち一番多いのは、甲状腺のしこりである。それは殆どの場合に自覚症状がない。つまり何の痛みも異物感も感じない。たまたま鏡で見てはれていることをみつけたり、何気なくさわってみてわかったり、人にいわれたり、職場の定期検診でみつけられたり、他の疾患で受診して、その医師に指摘されたといったことを契機にして、甲状腺腫に気づき、当科を訪れている。
二番目に多い主訴は頸部リンパ節腫大であり、これも自覚症状がないことが多い。これは、まずリンパ節転移がさきに見つかって、あとから本来の原発巣が甲状腺とわかる場合である。
少しずつでも大きくなる傾向にある甲状腺腫と頸部リンパ節の腫大は、専門医に診てもらわなくてはならない。
甲状腺がんの診断には触診が重要である。がんらしい硬さ、不平滑な表面と形、そしてその可動性を診ることによって70〜90%まで診断はつく。さらに次のような検査が行われる。
砂粒状の石灰沈着を映し出す軟部X線写真、しこりの内部構造を映し出す超音波検査、組織型もわかる穿刺吸引細胞診、がんの周辺への拡がりを映すCT検査などである。
血中の腫瘍マーカー測定による甲状腺がんの診断は髄様がんのときにはできる。カルシトニンが上昇する。乳頭がんなどのマーカーは未だない。ただ血中サイログロブリンはがんに特有ではないが、術後の経過観察で再発を示すマーカーとして役立つ。これらの検査はすべて外来通院でできる。
甲状腺がんの治療とその成績
分化がんの治療はまず手術である。手術は病巣の範囲によって左葉切除術または右葉切除術と甲状腺(亜)全摘出術の二種類となる。さらに頸部リンパ節転移がある場合には、腫大したリンパ節だけを摘出するのではなく、頸部リンパ節全体を切除する頸部郭清術を同時に行う。以上の手術の危険率は頸部郭清術を併せる手術を含めても1%以下である。
全摘出術の手術後は、甲状腺ホルモン剤を一生服用しなければならない。これによって甲状腺がなくても、もとの身体と同じ状態を保つことができる。
分化がんは非常におとなしいがんであり、穏やかな経過をたどるが、放置すれば、原発巣はやがて甲状腺外へ発育し、筋層、気管、食道、反回神経(声を出す神経)などへ浸潤するし、転移は反対側の腺葉へ、また同側の頸部リンパ節あるいは反対側の頸部リンパ節へ、さらには血行性に肺や骨へ拡がる。血行転移が起こる以前に手術によって病巣を完全に摘除できたときには、ほとんど治る。進行した症例を含めても、その治療成績は10年生存率90%以上である。
低分化がんの悪性度は分化型がんより高く、未分化がんよりは低い位置づけられる。
分化型がんの肺転移の治療は放射性ヨードの内服による。未分化がんの治療は手術、放射線、抗がん剤の集学的治療が必要である。
愛知県がんセンターの外科治療の特色
正確な手術を行うため、もっぱらメスを用いて積極的に切除・郭清する。郭清時やむなく摘除された上皮小体は自家移植し、その機能低下を防いでいる。その薄切片法はわれわれが開発した移植方法で、世界中で用いられている。
甲状腺癌の診断で最も信頼性の高い細胞診では、病理医が迅速な検鏡を行い、より精度の高い診断を行っている。
甲状腺がんの薬物療法
甲状腺がんの治療はこれまで外科治療を中心にして、症例を選択して放射線ヨード内用照射療法が行われてきた。
2014年6月にソラフェニブが「根治切除不能な分化型甲状腺癌」に対する効能追加を承認され、続いて2015年5月にレンバチニブが「根治切除不能な甲状腺癌」に、さらに11月にバンデタニブが「根治切除不能な甲状腺髄様癌」に対して薬価収載されて、甲状腺がんの薬物療法は大きく変ってきている。
この治療は甲状腺癌診療連携プログラムの下で行われている。
平成29年3月改訂