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乳がんサポートグルーブ報告

かのこやすらぎ通信Vol.1

No1…大会議室にて(12/14/2006)

 いよいよ乳がん患者さんのための外来サポートグループが始まりました。当日は、師走のお忙しい中、7人の新規メンバーさんと小森と高木のスタッフ2名、および新貝看護師がオブザーバーで出席。
 全員の自己紹介が終わり、まずは、治療中の「不安」についての会話が始まりました。Aさんが「ちょっと体調を崩しただけで不安になります。フォローが減って”来なくていいよ”と言われると、また不安になったので、”乳がん最前線”に参加しています」と言われました。これは、朝日カルチャーセンターで年に4回行われる講座です。Bさんも「リンパ節を取られなかったので楽ですけど、”なんで私がなるの?”という気もちではいます」と言われると、Cさんも「不安が徐々に減っていったのは事実だけど。手術後、職場でもオープンにしています。それで相談されることもあります。だけど、再発の不安は忘れられないので、どうしたらいいんでしょうね。はじめは、子どもたちが中学と小6だったので、隠れてお風呂で泣きました。この病院の乳がん患者さんのエッセイがあったので、それを読んだら不安が取れました」
 次にリンパ浮腫についての話になりました。Dさん「あんなに痛いとは思わなかった。郭清しているので筋肉がつっぱるし。1ヶ月半して出てくることもあるし。リハビリってどうするのかとか」Eさん「私も、左腕の方が太いですね」Cさんのちょっと面白い情報「知人がブドウ園の仕事をするようになって、治ったと言っていますよ」それに、リンパ節郭清した側の腕には半年は針をささないこと、血圧計も巻かないことなど。高木看護師からもひとこと「リンパ浮腫は、今では入院期間が短いこともあって、退院後に出ることが多いので、郭清した人に対しては、予防的見地から、入院中にチームが指導をしています」
 さて、第1回のミーティングは、ざっとこんな感じだった、と記憶しています。第2回面接は、このニューズレターの朗読、訂正から始まりますので、忘れずにお持ち下さい。
 それから、宿題をお忘れなく。「このグループの名前を何にしましょう?」です。そして、切手代5回分、400円も。
 では、よいお年を。

小森康永@記録係

追伸。中途半端に隙間ができてしまったので、埋め草に、最近心理学で注目されている、「リジリアンス」"resilience"という概念を示す寓話をご紹介しましょう。これは、「回復力」とか「しなやかさ」とか訳されることもありますが、要するに、「雨降って地固まる」みたいな在り方を説明したものです。誰しも、そうありたいものですね。

 ある王様がかつて、大きくてきれいで、純粋なダイヤモンドを持っていました。どこにもそれと同じものはなかったので、王様はとてもご満悦でした。ところが、ある日、ふとしたはずみで、深い傷がついてしまいました。王様は、その国でもっとも腕のいい宝石職人たちを呼び集めて、宝石をもう一度傷のない完璧なものにした者には、多大なる褒美を取らせようと話しました。しかし、誰にもそれはできませんでした。王様がたいそうがっかりしたことはいうまでもありません。ところが、しばらくたって、ひとりの天才的な職人が王様の前にあらわれ、傷がつく前よりももっと美しい宝石に変えてさしあげましょうと言いました。王様は、その男の自信に満ちた言葉に心を打たれ、高価な宝石のケアをまかせました。その男は、約束を見事に果たしました。その巧みの技で、男は、傷のまわりに愛らしいバラのつぼみを彫り上げたのです。(ジェイコブ・クランツ『ダブナーなストーリーテラー』)

ところで、こんな本、本当にあるのでしょうか? 私の調べた範囲では見つかりませんでしたが。

No2…研修講義室にて(1/11/2007)

 新年あけましておめでとうございます。
 あっという間に一ヶ月が過ぎ、メンバー7人+3人の新規メンバーさんと小森と高木のスタッフ2名、および新貝オブザーバーの出席で第2回ミーティングができました。
 Aさんが「年賀状がきて、しばらく会ってはいない人たち10名ほどに”乳がん手術後3年”と書いたら、メールとお手紙で返事がきたのでびっくりしました。電話は1本もなかったんです。友人もどう言っていいのかわからないんだと改めて思いました。気づかいか困惑かは分かりません」と近況報告されたのを受けて、Fさんがご自分の共有状況を発言されました「私も話してません。乳がんをした人にだけ話しています。そしてGさんも「わたしは友人すべてにオープンにしました。啓蒙活動というか、こういうのができるんだよと見せたりもしました。娘ふたりにも助言しています」さらに、Bさんが近況報告で、「年賀状を出す人の半分も、言っていないですね。兄弟+親友くらい」とおっしゃったので、このテーマを皆ですこし話してみることになりました。
 そこで、まずは、メンバー10名がどのくらいの範囲で病気を共有されているのかを調べてみました。次のとおりです。
   家族の中でも言えない人がいる:3人
   家族だけには話した:1人
   親戚まで:1人
   親友まで:3人
   知人すべて:1人
このとき、いくつかの個別の事情があることがわかりました。家族のうち、子どもには言えない/丁度受験の時期だったので言えず未だに言えていない、母親に話すには1年かかったなど。あるいは、親友でも話せる人と話せない人がいて、親しいと逆に話せないこともあるとか、啓蒙というスタンスだと自分が話していなくても伝え聞きで知っている人がいたりすること。
 こういう話をお聞きしていると、御本人たちは、病気の治療だけでも大変なのに、なんでこんなことまで気を使わなくちゃいけないんだろうと、さぞや歯がゆい思いをされているのだろうと感じます。いずれにせよ、共有する人が多ければよい、という問題でないことは、確かでしょう。以前、統合失調症のご家族と一緒に、長いケアをしている方々の情緒的主題というものを調べたことがあります。10の主題の中のひとつに、病気を秘密にするのか共有するのかという主題もありました。遺伝の問題がからむと、これはさらに深刻なものとなってきますし、兄弟間でも大きく意見が食い違い、あとあと怨恨を残すことにもなりかねないのです。
 病気の秘密/共有という主題についての議論をはさんで、近況報告が終わったのが、3時20分。残り時間10分ということで、グループ名について相談しました。新規メンバーも3名みえるので、決定は、次回に延期となりました。候補は以下の通りです。
 ピンクリボンの会、かのこの会、チームヘラクレス、ドマーニ(未来)、ほほえみ、みちしるべ、なでしこ会、たんぽぽの会。それから、これは即却下となりましたが、こもりの会。

 それでは、次回、2月8日(研修講義室)まで、お元気で。2時に受付で落ちあいましょう!

小森康永@記録係

No3…研修講義室にて(2/8/2007)

 夕方からは雨、の天気予報どおりにすこし空模様があやしくなってきていましたが、ご帰宅までに雨に降られませんでしたでしょうか。Fさんはご欠席でしたが、Iさんが新規加入され、メンバーは10名、スタッフ3名の集まりでした。
 Eさんが「開業医では非浸潤だろうといわれていたのに、ここにきたら浸潤とすぐ言われ、組織の顔つきも悪いのだそうです。治験で再発薬を再発の前に使うという治療をしています。娘が高3で、ナースになりたいと受験中です。どこを選ぶかによって就職先にも影響するようです。私ががんだと言うと、それでいろいろ悩むのではないかと言えずにいます。どうしたらいいでしょうか?」と近況報告されたのが、フリートークに展開。現役ナースのDさんが「18の自分になって考えるのは無理だけど、今の私なら、話しておいてほしかったと思うでしょうね」と発言。私が「18の自分なら想像できるでしょう?」と執拗にからんだせいか(?)、こんなお話もして下さいました。「私の母はがんで亡くなりました。夏に腰痛で病院に行ったら、骨メタだったんです。半年はもちましたが、ずっと知らされていなくて、春になったら帰ってくると思っていました。高校受験が終わって、みんなで卒業記念に東山動物園に行った日でした。病院に戻ると、母は痰をつまらせたのか、人工呼吸器につながれていました。今は、隠さなくてもよかったのにと思いますが、15のときにはそれ言われても、受け止められなかっただろうなとは思います。こんなことがあったから看護師になったというわけでもないんです。第3次世界大戦になっても仕事ができるだろうって(笑→涙)。でもこれを話すときは今でも泣くので、心配しないでください。看護学校の受験のときは数学ができなくて、これじゃいかんって、面接のときにこの話をしっかりしてアピールしたくらいですから(笑)。したたかでないと生きてけないし、後でそれで笑いを取るところも偉い!ちなみに、うちの母親も看護師でしたが、なんでなったのかと訊いたら、こう答えました。「軍需工場で働くのが嫌やったから」
 さて、「みんなのQ&A」(これ、いい命名でしょ? みんなで質問してみんなで答えあうというもの)
 1)ホルモン剤ってやっぱりいろいろ症状でるんですか?:Aさん「ちょっとどこか悪いと、ホルモン注射のせいかと思います。白内障っぽかったり、血圧が変動したり。ついそこへ理由をもっていきたくなります。血小板が増えて、脳梗塞にでもなるんじゃないかとか、子宮がんになったりしないかとか。でも、止めるのは怖いので」
 2)化学療法の副作用で、脱毛は?:Dさん「わたしズラです」Hさん「はえ揃うのに1年かかりました」Eさん「眉毛も睫毛もぬけて」
 3)サプリメントは飲んでますか?:Iさん「病院のくすりだけでは心配なので、ローヤルゼリーをのんでます」Cさん「青汁、黒酢、焼きニンニク、プルーン」Bさん「ビタミンE」Eさん「パイロゲン」Dさん「知人からもらったもので1万円以上するので、飲まなきゃいかんかと飲んでいます」
 4)夜、目が覚めたときに胸のあたりが苦しいというか、昼にはないんですが、どうしたらいいですか?:まず睡眠薬をのんでみたらどうでしょう。
 5)復帰してうまく仕事ができるかどうか、体力がついていくか心配だし、周りの目も気になるのじゃないかと不安になります。:頓服で抗不安薬をのんでみましょう。

 さて、次回3月8日は、ホームグランドの視聴覚教室大会議室です。2時に受付で。

小森康永@記録係

No4…視聴覚室大会議室にて(3/8/2007)

 5日遅れの「おひなさま」。Aさん、Jさんがお休みで、Kさんが新規加入、計10名のミーティングとなりました。4西病棟からは伊藤看護師が初参加で、常連は、新貝看護師。私自身は、カルテを一袋抱えてバタバタやってくる、このせわしなさをもうすこしなんとかしたいものだと思いながら。
 この日は近況報告で80分経過。その後、読売新聞「がん最前線」用にわたしが書いた「がん治療、あなたはひとりでやれますか?:乳がん患者さんのグループ療法」の発表を承認して頂きました。さらに、NHK取材申し込みについて議論。Dさん「はじめたばかりのものを報道するテレビの意義がみつけられません。なんやかやで30分はロスするでしょうから、もったいないです」 Cさん「早いと思います」 Hさん「反対です。その日は欠席したいです。通信に、がんセンの封筒が使われていたのでさえショックでしたから」 <申し訳ありません、今回より無地封筒を使います。デリカシーが足りなかったです>、以上にて却下。
 最後に、宿題です。「毎日の生活の中で、怒りが涌いてきたときは、どのように処理していますか?」 ひと月のあいだの体験をまじえて、次回お聞かせください。
 次回は、4/12、今回と同じ視聴覚室です。お元気で。

小森康永@記録係

No5…視聴覚室大会議室にて(4/12/2007)

 新年度になって葉桜を迎え、院内もすこし落ち着いた頃のミーティングでした。Fさん、Iさん、そしてJさんがお休みで、計9名の参加となりました。4西病棟からは高木看護師。4月より外来復帰の乳がん看護認定看護師の瀬古さんが初参加。
「みんなのQ&A」
1)インターネットします? 半数以上の方がされていましたが、最初は慣れるのに、誰かそばで見てくれる人がいるといい。
2)再発時の心理的サポートは? 現時点では、外来でのサポートは提供されていないので、各自、クリニック等に別個でかかられているようです。
3)PETは?
 F先生の患者さんは全例、年に1回のPETを推められているそうです。先生に突撃インタビューしたところによりますと、エビデンス(そのほうがよいという証拠)があるわけではないけれど、再発ではなく、ほかのがんを早期に見つけられるメリットがあるので、保険適応のあるがんの方には勧めているそうです。頭頚部のがんの方だと10%近く、ほかのがんがみつかるそうです。コストベネフィットのよさからも、是非お勧めしますとのことでした。
 次回は、5/10、今回と同じ視聴覚室です。お元気で。

小森康永@記録係

追記
 前回宿題「怒りはどう処理するか?」の回答。
「深呼吸、好きな音楽を聴きながら食事を作る。韓流ブームにのる」(C)「怒ります! 誰かに聞いてもらいます」(A)「仕事中は上司をどなり散らしていました。今は、ネコの肉球をさわったりしています」(D)「若い友人にぐちを聞いてもらいます」(B)「夫に表出します」(H)「スーパーの店員さんなんかへの不満を子どもに言うと、逆に、よく分からんと言い返されてしまいます」(E)「時間が解決してくれるかなという感じです」(L)「朝6時に庭で水まきをすると、朝食前の夫とのけんかがなくなりました。怒るヒマがないようにしています」(K)

No6…視聴覚室大会議室にて(5/10/2007)

 5月なのに真夏日で半袖を出してきたり、雷が鳴ったりの今日この頃、当日は、Cさん、Aさん、Hさん、そしてJさんがお休みで、計8名の参加となりました。4西病棟からは高木看護師と外来復帰の瀬古看護師さん。
 フリートークは、みなさんからの発言がすぐに出なかったのをいいことに、私の個人的関心から「乳房喪失」の問題について、意見をお訊ねしました。いわゆるセクシャリティの問題ですね。
 Dさん「健康なからだに戻りたいという思いのほうがつよいです。体重が7キロ増えて、脱毛で、体力も落ちているし。それを越えて、他人の目にさらされるようになると、気になるかもしれないと思います。女性の目というのは、年齢にはあまり関係なく、ずっと残るでしょうけど、異性の目というのは、年齢によって変わるんじゃないでしょうか」
 Fさん「私は、病人くさくなるのがいや! ”どこか悪いんですか?”と聞かれるのが一番いや」
 Kさん「格好なんかどうでもいいの。隠せるんだから。それより痛みをなんとかしたい」
 Iさん「仕事上、相手が相談しやすい雰囲気、声かけやすさとか、自分がどう見られているかは、気にしますね」
 Gさん「放射線治療のときなんか、明るい色の服を着ていくようにしていました」
 Eさん「再建は、興味ありますが、夫はもう忘れているみたいです。再建しやすいようにというのも全摘の理由でしたけど」
 Lさん「センチネルなので、部分切除ですが、不安がないわけじゃなくて、傷はあるんです。健康が一番だと思います」
 Bさん「健康がなによりです。ブラジャーつけるときもパットとか余分なこと考えなくちゃいけないわけですからね」
 「乳房喪失」とひと言で言っても、みなさんさまざまな思いをお持ちだということがよくわかりました。ありがとうございます。
次回は、6/14、今回と同じ視聴覚室です。お元気で。  

小森康永@記録係

No7…大視聴覚室会議室にて(6/14/2007)

 遂に東海地方も梅雨入りとなり、雨の降る中、いつものみなさんにお集り頂けました。ご欠席は、AさんとCさん、そしてGさんで、8名の参加でした。
 近況報告後のこり20分のところで、Jさんの訃報をお伝えしました。 「彼女は、第1回から第3回まで休まず出席されました。ニット帽をかぶった若い女性を憶えておいでかと思います。3月の第4回の時点では既に肺への転移に対する治療のため入院されてみえました。そして前回第6回ミーティングの数日後にお亡くなりになりました。この間、毎日わたしは訪室しておりましたが、亡くなられる直前に、彼女のお母さんと、かのこやすらぎ会へはどのようにお知らせするかをご相談しました。御本人と家族とのあいだでは死が近いことはことばにされませんでしたので、わたしが彼女と直接このことを相談することはできなかったからです。お母さんが言われるには、彼女が自分でこの会への参加を決めたこと、そして(通常の通院は母親が運転してきたのに)この日だけは自ら車を運転して来られていたことなどから、彼女のことは(途中で辞めたと思われることなく)事実そのままを伝えてもらったほうがよいのではないかとおっしゃいました。もちろん他のメンバーの方々にはショッキングなことではあろうから、その後のケアはお願いしたいとも言われました。そして私もそれに同意しました」
 このように私が報告しますとDさんが「そのような大変な時期にお母さんに、この会について気を使わせてしまって悪かったかなと思います」と言われました。私としてはそのようなご相談をゆくゆくはしなければならないと思っていて、お母さんとの関係作りには配慮したつもりなので、なんとか勘弁してもらえるのではないかと願っています。一方、Iさんは「わたしだったら病室に会いにきてほしいと思ったでしょう」とおっしゃいました。Jさんは入院中、調子が悪いので休んでいるということにしておいてくださいと言われていました。私は、それはやはり、呼吸困難などがあり、本来の自分とは違う状態ではメンバーと会うのを差し控えたいという、いわゆる尊厳の維持と合致する思いとして理解しておりました。また、LさんとHさんは「一度お話ししたことがあって、また仕事を始めると言われていたので、復帰されて都合がつかないのだとばっかり思っていました」とのことでした。
 メンバー一同、Jさんのご冥福を心からお祈り申し上げます。
 次回7/12、久しぶりの研修講義室です。外来でいったん集まりましょう。
 では、お元気で。 

小森康永@記録係

No8…研修講義室にて(7/12/2007)

 台風4号の動向がそろそろ気になるなか、いつものみなさんにお集り頂けました。ご欠席は、EさんとFさん、そしてIさんとKさんがお休みで、7名の参加でした。
 通信7号朗読後、瀬古看護師より、通信を乳腺科のドクターに読んでもらうために、外来に一部据え置きにしてもよいかという問いがなされました。みなさんは、それでは結局なかなか読んでもらえないことになりそうだが、一歩前進ということで良しとしようということになりました。Cさんのことばが印象的でした。「私は、先生たちに、自分たちがどう考え、どう変わっていくのかを知ってほしいという思いもあって、参加したんですから」 また、高木看護師より、4W病棟据え置きの通信は、病棟の看護師であれば誰が読んでよいのかと問われました。みなさん全会一致でよしとされました。当然、病棟の看護師さんたちには読んでもらえていたと思っていたのに、と。
 フリートークは、前回のレターに書かれていたKさんの「全摘にしたのは、周りに部分切除で転移した人が3人もいたからです」についての議論に終始するかたちとなりました。Kさんは、ご自分の全摘選択に対してその当時の周囲の情報が大きく影響したと言われたのだと思います。医学的な評価をされていたわけではありません。
 しかし、今回は、「全摘と温存で、予後は違わないのか?」という医学的な情報が確認されることになりました。瀬古看護師によると、医師が(進行期や病変の広がりなどによって評価をした結果)「全摘か温存かどちらにしますか?」と訊ねられた患者さんについては、予後に差はないということでした。そして、乳がんが現在、全身疾患として理解されるようになって、術式にこだわるよりも、その他の併用療法をいかに行うかのほうが予後に影響するという見解が一般的であることも強調されました。Cさんは、この議論のなかで、次のような趣旨のことを言われました。「患者だけのグループだと、こういうとき困るんですね。正確な医学情報がないと、えてして感情が先に走って、そうよね、そうよね、やっぱり全摘でないとね、という話になりかねないですから」と。
 次回、8/9、こんどはいつもの視聴覚教室に戻ります。外来集合。では、お元気で。

小森康永@記録係

No9…研修講義室にて(8/9/2007)

 「暑いですね」がお決まりの挨拶の今日この頃。ミーティングには、GさんとFさん、Hさん、そしてIさんがお休みで、7名の参加でした。
 フリートークは、インフォームド・コンセント(IC)について。これは、本日最初にお伝えしたように、9月9日の乳癌学会中部地方会モーニングセミナーにおいて、ICについての患者当事者の経験、要望を直に伝えよう(つまり小森が代弁)という企画として行われました。
 Aさん「4年前の12月1日のことになります。ここの病院だと手術は1月中旬だということ、そしてそれまでの検査予定について説明されました。がんの可能性が高いので一週間後に家族と一緒に来てくださいと言われ、そのとき主治医は別の医者になると言われました。それから入院するまでが長かったですね。主治医の顔も知りませんでしたから。日曜に入院して月曜の夜に、くわしい説明がありました。IIa期で3.5cmだったので、温存でやってみて、もしも全摘が必要だということになれば、その時点で再手術ということにしてもよいと言われ、夫の主導で、そうなりました。自分ではうまく考えられなかったんです。センチネルでは95%分かると言われたけれど、100%ではないことに不安を覚えました。ほかにも、数字を出されて判断してくれと言われて不安になったことを憶えています。ただ、ICの内容自体はまったく問題ありませんでした。淡々とお話しになりました。今から思うと、入院前に主治医の顔が見たかったですね。1ヶ月半のあいだに主治医から説明がほしかったというのは、無理な話なんでしょうね」
 Cさん「私は10年前でICということばもありませんでしたが、初診で、手術は予定より2週間延ばしてほしいと言いました。執刀医は主治医とは違いましたが、待機期間が短かったせいか、さほど気になりませんでした。手術の説明は、オペの2、3日前でしたが、説明のあとで、サブの先生が「あれでわかった?」と声をかけてもらい、さらにくわしい説明がありました。親切な医者だなって思いました」
 Dさん「内容はオーケーでした。詳しい説明のときにわたしひとりだったら、「家族は一緒じゃないの?」と言われましたが、子ども扱いされたようには思いませんでした。検査で他の病院にいくたびにICの紙がたまるので、テンパってると、その紙の多さに圧倒されて、どれが大切なものかもわからなくなりました。わかりやすい文書が必要だと思いました。知らない専門用語や数字が出てくると、一時的に不安にはなるかもしれないけれど、がんは慢性疾患なので、そのあと出してきて見返すこともできるし、そのときに理解がようやくできることもあるので、やっぱり書面で伝えるということが、大切なんだと思います。お医者さんも、その場のことだけじゃなくて、患者は、その先ずっと、ながいあいだかかって病気や治療というものを理解していくんだという、時間の概念をもってほしいですね。それから、やっぱり外来には、なんでも相談できる窓口がほしい。医者と話す時間は限られているのだから、看護師とか教育ができるくらいの乳がん経験ボランティアなんかがいれば、いいのかもしれません」
 Lさん「手術の2ヶ月待ちは長かったので、外来に看護師さんが一人一回30分だけいろいろ質問できる面接があったのを利用しました。とてもよかったです。それに、ここはサブの先生がいるから、主治医には、忙しくて訊けないことも、訊けたりしてよかったです」
 Eさん「前医で非浸潤がんと言われていて、こちらへ紹介されたあとに外来でいろいろ検査されているうちに、そうではないことが分かったのですが、実際に言われたのは、入院後でした。手術後の説明も、そのときは理解してなかったと思いますが、生存率の表とか見せられて、ああ、こんなものかと思いました。これがアメリカ式なんだなって」
 Bさん「私は主治医と執刀医が同じでしたから、あまり不安はありませんでしたが、専門用語が分からなくて、プレッシャーを感じましたね」
 全体を総合すると、以下のようです。
1)ICの内容自体には問題は感じられない。しかし、心理的にサポートされている感じがあまりないのが、残念だ。
2)外来最終日から入院日までが長いので、医者からでなくてもよいが、そのあいだになんらかのサポート(特に情報提供)が欲しい。
3)がんが慢性疾患であるという前提に立って、ICもその場限りのものと考えず、書面で通知するなどして、患者が反復利用して理解を促進できるものにしてほしい。
 まとめると、医者のノンバーバル・コミュニケーションの洗練、コメディカルの利用、そして文書の工夫の3点が、今回の大きな発見でした。学会では、乳腺のお医者さんたちにしっかりお伝えしてこようと思います。みなさん、ご協力ありがとうございました。
 さて次回、9/13は、最終回。お名残惜しいですが、全員が揃うことを願います。それまで、お元気で。

小森康永@記録係

No10…視聴覚教室にて(9/13/2007)

 「朝晩は涼しいですね」が挨拶になった今日この頃、最終ミーティングには、全員に参加して頂けました。小森、高木に加え、研修中の看護師さんがひとりオブザーバー参加。通信朗読後、小森より9/9の乳癌学会中部地方会でのインフォームド・コンセント(IC)についてのセミナーについて報告。治療用語としてのICではなく、法律用語としてのICが注目されるなかでの苦戦(?)を報告しました。
 近況報告後、アンケート回収(結果は、同封の通りです。ご協力ありがとうございました。これで、来年のグループ募集についても理解が得られることと思います)。
 そして、では、今後、どうやって集まろうかという相談。がんセンターの施設利用は、無料では望み薄ということで、結局、みなさんがランチをかねて集まるということになりました。このあたりの行動力と即断力に、スタッフは感銘を受けました。
 これまで、10ヶ月の短いあいだでしたが、アンケートを読ませていただくかぎり、それなりに続けた甲斐はあったのかと思います。ご協力ありがとうございました。「かのこやすらぎ会」にひとりでも多くの方々が入られることを願います。 
 さて次回は、2008年10月2日(木)午後2時、視聴覚教室。第1、2期合同ミーティングの予定です。決まり次第、お葉書で連絡を差し上げます。全員が揃うことを願います。それまで、お元気で。   

小森康永@記録係

更新日:平成23年3月24日

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