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腫瘍免疫応答研究分野

研究テーマ紹介(一般の方向け)

1)養子免疫療法とは

 がんに対する免疫療法が注目されていますが、これは免疫細胞の働きを利用してがん細胞を攻撃させる治療法の総称で、実際には治療手段の違いによってさらに細かく分類できます。このうちの1つである養子免疫療法は、がん細胞を認識できる免疫細胞を体の外で準備した上で患者さんに注射することで、がん細胞を攻撃させる治療法です (図1)。免疫細胞には様々な種類がありますが、多くの場合、細胞を直接認識して攻撃することができる「T細胞」という種類の細胞を使います。またT細胞は血液中に数多く存在しており、患者さん本人から細胞を採取した後、体外で活性化させることにより増殖させることができます。T細胞には元々特定のタンパク質の一部分(ペプチドと呼ばれます)をT細胞受容体という細胞の表面に出ている分子を使って認識して、そのペプチドを持っている(提示している)細胞だけを攻撃できるような仕組みが備わっています。多種多様なウイルスなどに反応できるよう、私たちは遺伝子配列の組換えなどによって血液中に数億種類以上に及ぶT細胞受容体を備え持っていると見積もられています。なおT細胞受容体は自分の体の中の細胞を攻撃しないよう合成される段階で選択されており、がん細胞も元々は自分の細胞ですから基本的にはT細胞は認識できません。しかし細胞ががん化する過程で通常の細胞は出ていないようなタンパク質が過剰に生産されたり、遺伝子に"傷"が入って (遺伝子変異と呼ばれます)、新たなペプチドが生成されることがあり、これらは体内のT細胞によって認識できる可能性はあります。ただし上記のように、血液中のT細胞は様々なT細胞受容体を持つ雑多な集団で、それぞれのT細胞が持つT細胞受容体は1種類だけですから、これらのうちがん細胞と反応できるT細胞はごくわずかであり、単に血液中のT細胞を増やして注射するだけでは治療効果は望めません。

研究テーマ紹介(一般の方向け)

図1. 養子免疫療法の概要。がん細胞を攻撃できるT細胞を体の外で準備してから、治療に用います。

 現在日本で保険適用が認可されている養子免疫療法は、急性白血病や一部の悪性リンパ腫に対して用いることができる、キメラ抗原受容体導入T細胞療法のみです。この治療法ではCD19という細胞表面に出ているタンパク質を認識する「抗体」の一部と、T細胞を活性化させて、がん細胞を攻撃できるように信号を送る部分の2つから構成される、人工的な物質であるキメラ抗原受容体 (Chimeric Antigen Receptor: 頭文字をとってCARと呼ばれます;図2)をT細胞に導入して治療に使います。近年行われた臨床試験で、このCAR-T細胞療法が既存の抗がん剤治療で治すことが難しかった急性白血病や悪性リンパ腫に非常に高い効果を示したしたことから注目され、2019年に保険適用となりました(実際には細かい条件が付されていて、上記の診断名がついている全ての方に使用できるわけではありません)。
 このCARは、タンパク質を認識する部分である抗体部分を変更することにより、原理的にはCD19に限らずあらゆるタンパク質を狙った分子に作り変えることができます。実際、がんの種類ごとに狙うのに適したタンパク質は異なるため、白血病以外の様々ながん (例えば大腸がん、肺がん、というように)に対するCAR-T細胞療法の有効性が世界中で試験中です。しかし現在のところ、いずれの治療においてもCD19に対するCAR-T細胞ほど満足すべき効果は得られていません。また有効性の高いCD19に対するCAR-T細胞療法でも、一度白血病細胞が消えたように見えてもその後再発してくる例や、白血病・悪性リンパ腫のタイプによっては効きにくい例も多いことがわかってきており、全ての患者さんに対して有効性が高い治療法とは到底言えないのが現状です。これとは別に、治療に伴い時として重い副作用が起こることがあり、また治療のコスト (薬価)がこれまでの治療法と比べて格段に高く、今後適応条件を広げていくうえでの現実的な課題となります。腫瘍免疫応答研究分野では、これら諸課題を克服するべく、多角的な研究を進めています。

研究テーマ紹介(一般の方向け)

図2. キメラ抗原受容体 (CAR)について。通常、B細胞というT細胞とは別の種類の免疫細胞で産生される抗体の一部分と、T細胞を活性化させるために必要な分子をいくつか連結させた人工的な分子。これをウイルス粒子などによりT細胞の中に導入して、治療に用います。CARを導入したT細胞はCAR-T細胞などと呼ばれます。

2)当研究分野での研究内容

上記のように複数の課題がある養子免疫療法に対して、私たちは①有効性、②安全性、③汎用性の3つを高めることを目指して研究を行っています。

① 有効性の改善

 これまでの臨床試験において、効果があった患者さんとなかった患者さんの違いを比較した研究報告が多数なされています。その結果、ほとんどの報告に共通して注射されたT細胞が体内で長生きすることが治療効果の上で重要であることが分かっています。これは直感的にも非常に理解しやすいことで、がん細胞を認識するT細胞がいなくなってしまってはそもそも治療効果を引き出せないからです。またT細胞が残っていたとしても、がん細胞を何度か攻撃しているうちにその機能が弱くなってしまい、十分な効果が出なくなってしまう現象 (T細胞の疲弊と呼ばれます)もあり、やはり治療効果が長く続かない大きな原因の1つです。私たちはT細胞の特性を遺伝子やタンパク質のレベルで細かく分析し、より長生きする、もしくは疲弊が生じにくくなるように改変することを目指した研究を行っています。具体的にはウイルスなどを使ってT細胞の機能を高める遺伝子を導入したり、疲弊などに関わる特定の遺伝子だけを切り出すことによって、細胞の性質を大きく変えることを考えています。しかし私たちの細胞には20,000種類ほどの遺伝子があり、またこの遺伝子を元に製造されたタンパク質も相互に関連しあっていて複雑な1つの「社会」を形成しているため、どの遺伝子を修飾するのが適切か、広く試験する必要があります。

②安全性の向上

 免疫療法はT細胞という、特定のタンパク質、ペプチドのみを認識できる細胞を使うため安全であると言われることがありますが、これは事実と異なります。例えば有効性が高かった前述のCD19を狙ったCAR-T細胞療法では、80%程度の患者さんにサイトカイン放出症候群と呼ばれる副作用が起こりました。これは体内で活性化されたT細胞が、体内のマクロファージというまた別の免疫細胞を活性化させて、マクロファージから産生されたサイトカインという分泌物が元になって起こると考えられます。すなわちT細胞が特定のタンパク質だけを狙えるとしても、これに伴って全身の免疫反応が起こり、副作用が発生します。
 またがん細胞「のみ」で出ているタンパク質というのは、実際にはほとんどありません。がん細胞と言っても元々は自分の細胞なので、作られているタンパク質もその元になる細胞と似ています。例えば上記のCD19は、正常の免疫細胞であるB細胞でも豊富に作られており、従ってCD19に対するCAR-T細胞療法では必然的にB細胞も攻撃を受け、ほとんどなくなってしまいます (幸いなことに体内のB細胞がなくなっても、感染症などに弱くなりますが、それ自体が命に関わることはありません)。またT細胞受容体は特定のペプチドを認識しますが、本来意図しなかった別のペプチドと反応してしまうことがあり、交差反応と呼ばれます。正常細胞で交差反応を起こすペプチドが出ていた場合、この細胞もT細胞の攻撃を受けることになるので、様々な予期せぬ臓器の障害が発生する可能性があります。
 私たちはこれらの副作用を抑制するための研究を、①と同様に、T細胞に改良を加えるという視点で行っています。前述のサイトカイン放出症候群のように、基礎研究の積み重ねの成果で、副作用が起こるメカニズムの分子レベルでの解明が進んでいます。このように詳細な発生機序がわかれば、これを予防するための仕組みをあらかじめT細胞に搭載することができると考えており、様々なT細胞修飾方法を開発した上で、実際に予防効果があるかどうかを確認する研究を進めています。

③養子免疫療法の汎用化に向けて

 日本でもCAR-T細胞療法が一部のがんに対して使用できるようになりましたが、現在のところ一回の治療で3,000万円以上の治療費がかかります。これは従来、医療現場が想定してきたコストとは比較にならない高額なもので、今後この治療法をより多くの患者さんに用いる上で、患者さん自身の負担と、社会全体の医療費負担の双方の立場から現実的な障壁になると考えられます。養子免疫療法が高額になる1つの原因は、図1に示した製造過程です。CAR-T細胞療法は細胞を「薬」として用いますが、これは個々の患者さんから治療ごとに個別に準備される必要があり、決められた製造工程で一度に大量生産できる従来型の薬剤とは大きく異なる点です。従って細胞を治療に用いる以上、コストの問題が不可避的に生じます。これを解決するために、私たちはT細胞の持つ機能をより人工的なシステムに置き換えられないかという視点で研究を行っています。個々の患者さんから毎回治療用の細胞を準備するのではなく、CAR-T細胞と同じような機能を発揮できる薬剤を開発できれば、従来の薬と同じレベルまで汎用性が高まると考えられます。しかしT細胞のがん細胞認識とその後の信号伝達は非常に複雑な過程で簡単には模倣できないため、長期的視野に立った研究が必要となります。

3)研究開発された治療法を臨床に応用するために

 ある治療法が研究段階で有効であると考えられてから、それが保険適用となることが認可されるまでには一定の時間差があります。これは実際の患者さんで有効であるかどうかを確認する試験 (臨床試験)を申請した上で一定のルールの元で行い、有効性や安全性に関する客観的なデータを取得して審査を受ける必要があるためです。新しい治療法を広く患者さんに受けてもらうためには自由診療ではなく、保険適応の承認を得る必要がありますので、研究で得られた成果をもとにこの臨床試験の開始を目指すのが基本的な考え方です。私たちの研究室でも、研究成果をまず広く公表すること、特に有望だと考えられるものについては臨床に応用するための試験に進むことを目標として研究を進めたいと考えております。

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