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腫瘍免疫応答研究分野

研究テーマ紹介(専門家向け)

 養子免疫療法は、がん細胞で発現する抗原 (がん抗原)を特異的に認識できる抗腫瘍T細胞を体外で準備・増殖させた上で患者に輸注して、がん細胞を特異的に攻撃させる治療法です。当初、腫瘍組織内に浸潤するリンパ球 (tumor infiltrating lymphocyte: TIL)を用いたTIL療法から研究開発が進みましたが、近年では遺伝子工学の発達により、末梢血由来T細胞にがん抗原に特異的なT細胞受容体 (T cell receptor: TCR)やキメラ抗原受容体 (chimeric antigen receptor: CAR)を高効率で導入することで、末梢血中のポリクローナルT細胞をそのまま抗腫瘍T細胞に改変し、治療に用いることができるようになりました (図1)。特に近年の臨床試験で、B細胞で発現する抗原CD19を標的としたCAR-T細胞療法が再発・難治性のB細胞性腫瘍(急性リンパ性白血病、悪性リンパ腫)に著効したことから急速に注目を集めました(Maude et al. N Engl J Med 2018;, Locke et al. Lancet Oncol 2019; Schuster et al. N Engl J Med 2019)。これらの結果を受けて、CD19に対するCAR-T細胞療法は日本でも2019年に保険適用が承認されました。
 しかし他の悪性腫瘍、特に固形腫瘍に対するCAR-T細胞療法ではいずれも満足すべき結果が得られておらず、また現在のところ最も著効したCD19に対するCAR-T細胞治療においても、例えば慢性リンパ性白血病に対しては完全寛解が得られるのは20%程度と、不十分な成績です (Li et al. J Hematol Oncol 2018; Fraietta et al. Nat Med 2018)。これとは別に、治療に伴う副作用やコストも臨床へ応用していく上で重要な課題です。腫瘍免疫応答研究分野では、これら諸課題を克服するべく、以下に挙げるような研究を行っています。

研究テーマ紹介(専門家向け)

図1. 養子免疫療法の概要。がん細胞を特異的に攻撃できる抗腫瘍T細胞を体外で準備して、治療に用いる。

1) T細胞の長期生存能・エフェクター効果を高めるための改変

 抗腫瘍T細胞の治療効果を高めるためには、T細胞の長期生存能とエフェクター機能の両面を考慮する必要があります。長期生存にはメモリーT細胞の分化、エフェクター機能にはT細胞の疲弊が重要なキーワードとなります (図2)。
 従来、T細胞による免疫療法では細胞傷害活性、すなわちエフェクター機能が専ら重視されてきましたが、実際には輸注されたT細胞が体内で長期間存続するか、という視点がより重要であることがわかってきました。NCIのRestifoらの研究グループは、メモリーT細胞の"分化階層構造"に着目して、T細胞の培養段階でいかに未分化なメモリーT細胞の割合を維持するか=エフェクター細胞への分化を抑えることが輸注後の長期生存 (persistence)、治療効果と密接に関わることを示しました (Gattinoni et al. J Clin Invest 2005; Gattinoni et al. Nat Med 2011)。メモリーT細胞の分化は通常、増殖に伴い不可逆的に進みますが、特定のシグナルを修飾することで自己複製能を高め、分化を抑制することができます。私たちはin vitroでT細胞を増殖させるための刺激シグナルを極力短くすること、及びエフェクター細胞への分化に関わるエピジェネティック因子をコントロールすることで、T細胞の未分化性を維持できることを報告しております (Kagoya et al. J Clin Invest 2016; Kagoya et al. JCI Insight 2017)。
 一方、エフェクター機能低下に関わる興味深い概念がT細胞の疲弊 (exhaustion)です。これは持続的・慢性的に抗原刺激を受けたT細胞の増殖能やサイトカイン分泌能などが低下する現象を指し、疲弊T細胞で抑制シグナルを担う代表的な分子であるPD-1に対する阻害抗体が、悪性黒色腫をはじめとする様々な悪性腫瘍の一部の症例で有効であることは既に確立されています。しかし疲弊を誘導する機構は本来何のために備わっているか、という視点で考えると、持続的な抗原刺激に曝露されたT細胞が生きながらえるための仕組みという捉え方もできます。実際、PD-1やその制御因子であるTOXを抑制することが必ずしもがんや慢性感染症における治療効果にプラスになるとは限らないことが報告されています (Odorizzi et al. J Exp Med 2015; Scott et al. Nature 2019)。さらに完全な疲弊に至ったT細胞は、メモリー/エフェクターT細胞とは全く異なるエピジェネティックプロファイルを獲得しており、PD-1阻害抗体では機能が回復しないこともわかってきました (Pauken et al. Science 2016)。
 これらのことから、T細胞の分化、疲弊形成のいずれもエピジェネティックプロファイル、これに伴う転写因子群の活性変化を基盤とした、ゲノムワイドなT細胞の性質変化が背景にあることが推測されます。私たちはT細胞の状態を個別の遺伝子レベル、シグナル伝達経路レベルで明らかにし、その知見に基づいて改変を加えることにより、持続的な治療効果を高めた抗腫瘍T細胞を開発することを目指しています。近年の遺伝子工学技術の進歩により、レトロウイルスなどによる遺伝子導入に加えて、CRISPR/Cas9により目的遺伝子をノックアウトすることがヒトT細胞においても容易にできるようになりました。T細胞の「質」そのものの改変は、標的抗原を問わずに応用可能なものであり、あらゆるがんに対する養子免疫療法に適用することができると考えています。

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図2. 長期生存能に関わるメモリーT細胞の分化と、エフェクター機能に関わるT細胞の疲弊。持続的な治療効果の誘導には両方の視点が重要になる。TSCM: stem cell-like memory T cell; TCM: central memory T cell; TEM: effector memory T cell.

2) サイトカイン放出症候群などの副作用の制御

 養子免疫療法に伴う副作用は発症機序により様々なものがありますが、特に頻度が高いものとして、サイトカイン放出症候群 (cytokine release syndrome)や神経毒性といった、全身の免疫反応に伴う重篤な副作用が挙げられます(図3)。これらはIL-6やIL-1βといったサイトカインにより主に引き起こされますが、T細胞そのものがサイトカインを分泌するわけではなく、T細胞による活性化を受けた、体内のマクロファージから放出されることがわかっており、より複雑な免疫細胞間の相互作用を理解することが求められます (Norelli et al. Nat Med 2018; Giavridis et al. Nat Med 2018)。また治療効果と比例して発症リスクが高まるため、上述のT細胞機能を高めるためのT細胞改変と並行して、副作用の制御に目を向ける必要があります。現在当分野では、T細胞そのものにサイトカイン放出症候群を予防・低減する仕組みを構築できないかという観点で開発を進めています。

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図3. 抗腫瘍T細胞による細胞傷害活性に伴うIFN-gなどのサイトカイン分泌を介して、体内のマクロファージが活性化される。活性化マクロファージが分泌するIL-6、IL-1bなどが、サイトカイン放出症候群、神経毒性発症の原因となる。

3) 細胞療法の標準化・汎用化について

 CAR-T細胞療法の治療効果は輸注されるT細胞の質に大きく依存していることがわかっております。例えば健常人由来のT細胞と、慢性リンパ性白血病患者さんからのT細胞では、マウスに生着させた同じ腫瘍細胞株の治療に用いた場合に効果が大きく異なる(健常人由来T細胞の方が治療効果において優れている)ことが報告されています (Fraietta et al. Nat Med 2018)。現在の養子免疫療法では、ほとんどの場合患者さん自身のT細胞を治療に用いるため、全く同じ工程で製造していても治療効果にばらつきが生じることになります。またそれぞれの患者さんの治療ごとに抗腫瘍T細胞を個別に準備する必要があるため、治療コストが大きくなる要因の1つとなります。これらの課題は「細胞」を治療薬として用いることから必然的に生じるものですので、根本的な解決には人工的な大量生産が可能な薬剤に細胞と同様の機能を持たせることが必要です。CARと類似したコンセプトで、抗CD3抗体と抗CD19抗体を連結して内在性T細胞に抗腫瘍効果を誘導するBiTE (Bispecific T-cell Engager)という抗体医薬が実用化されていますが、CAR-T細胞と比較すると、治療効果が弱いのが現状です。
 私たちは複雑系である「T細胞」をより深く理解し、その一部の機能を再構築した汎用性のある「人工的な物質」へ転換させるための試みを長期的視野に立った研究として進めています。

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