HOME分野紹介 > 腫瘍免疫制御トランスレーショナルリサーチ分野

腫瘍免疫制御トランスレーショナルリサーチ分野

研究テーマ紹介(専門家向け)

1)がんの免疫監視から免疫編集へ

 体の中に発生したがん細胞を免疫系が認識し排除できるかどうか、すなわちがんの免疫監視機構(cancer immunosurveillance)が存在するか否かの議論は約100年にわたって続いてきました。2001年、Robert Schreiberらの報告(Shankaran V et al, Nature, 2001)により、がんの免疫監視の存在がようやく受け入れられるようになり、"がんの免疫監視"をさらに発展させた "がんの免疫編集(cancer immunoediting)"という新しい仮説も生まれました(Dunn GP et al, Nat Immunol, 2002)。がんの免疫編集は排除相、平衡相、逃避相の三つの相からなります。その後、様々なマウスモデルにおけるデータや、次世代シーケンサーを用いたヒトのがんにおける網羅的な遺伝子解析データ等から、がんの免疫編集はマウスのみならずヒトでも起こりうることが明らかになってきています。また、その起こる程度は、個々のがんにより、またがんの形成過程や環境の違い等で異なるということも示されつつあります。がんの免疫監視・編集において、クリティカルなエフェクター細胞はCD4T、CD8T細胞、そして、その標的がん抗原は遺伝子変異由来の新生抗原(ネオアンチゲン)であると考えられます。私たちはヒトの検体を用いてがんの免疫編集のメカニズムを明らかにしていきます。

2)ネオアンチゲン

 がん化の過程でがん細胞に蓄積していく遺伝子変異の中には、がんの発生・悪性化に関与するいわゆるドライバー変異と、関与しないパッセンジャー変異があります。いずれも、がん細胞特異的な変異に由来するネオアンチゲンとなり得ることに違いはなく、免疫系の標的となります。T細胞は胸腺における分化の過程でネオアンチゲンに対する免疫寛容を獲得していないため、ネオアンチゲンに対して強い免疫反応を引き起こす可能性があります。がん細胞内で処理された変異ペプチドはMHC-変異ペプチド複合体を形成し、がん細胞表面で抗原提示されます。MHC-変異ペプチド複合体に特異的なT細胞受容体(TCR)を持つ活性化T細胞が、抗原提示したがん細胞を認識し細胞傷害を引き起こします。一方で、正常細胞にはこのような変異ペプチドが発現していないため、T細胞に攻撃されることはありません(下図)。

研究テーマ紹介(専門家向け)

 ネオアンチゲンはそのほとんどが患者個々に発現した固有抗原であるため、これまで、その同定は非常に困難でした。次世代シーケンサー(NGS)の進歩により、個々の患者のがんにおける特異的な遺伝子変異が同定され、変異から生じるネオアンチゲン候補の網羅的な解析が可能になりました。すなわち、NGSによって得られた遺伝子変異のリストから、アミノ酸変異をきたすタンパク質を選択し、そこからin silicoでMHC結合能の高い変異ペプチド(ネオエピトープ)を予測できるようになりました。我々は、変異やネオアンチゲンの多寡を正確に把握することに加え、免疫関連遺伝子発現や、予後との関連を多角的に解析し、どのようなタイプのがんで免疫療法の効果が見込めるかを検討しています(下図)。  

研究テーマ紹介(専門家向け)

3)ネオアンチゲン同定の課題

 ネオアンチゲン候補を同定した後は、それらに対する免疫反応を確認しなくてはなりません。しかしながら、患者自身の腫瘍浸潤リンパ球(TIL)や末梢血リンパ球を用いても、予測したネオアンチゲンに対する免疫反応を検出できる確率は非常に低いのが現状です。一方で、例えば免疫チェックポイント阻害剤治療で腫瘍の退縮に関与したネオアンチゲンの数は、何個かはわかりませんが、複数であるのは間違いありません。したがって、現在の手法では、正確なネオアンチゲンとそれに反応するリンパ球を十分に同定しきれていないと考えています。この問題を克服するためには、まず、より正確なネオアンチゲン予測アルゴリズムを確立する必要があります。そして、ネオアンチゲンに対する免疫応答を検出するための最適かつ感度の高いアッセイ法の確立が必要です。抗原側の予測と同時にTIL中及び末梢血中のT細胞受容体(TCR)のレパトア解析を行い、がんに反応するT細胞受容体の遺伝子配列を知ることで、双方向からネオアンチゲンに対する免疫応答の検証を試みています。私たちはこの課題を研究所内及び病院との共同研究で克服していきます。

4)ネオアンチゲンを標的としたがん免疫療法

 2017年、ネオアンチゲンを標的としたペプチドおよびRNAワクチン治療の臨床試験の結果が報告されました (Ott PA et al, Nature, 2017; Sahin U et al, Nature, 2017)。最大20個のネオアンチゲンを標的としており、抗腫瘍効果とともに、転移が抑えられたことが報告されています。これは、ヘテロジニアスな腫瘍に対して、複数の抗原を標的とすることで免疫選択による腫瘍の逃避を防いだ結果と考えられます。このうち、ある症例ではワクチンのみでは再発をきたしたが、その後、免疫チェックポイント阻害剤治療を行うことで、病勢のコントロールが得られたことが示されています。さらに、ワクチンとして用いたネオアンチゲンに対する特異的T細胞の反応が増強していたことも確認されました。このことから、ワクチンであらかじめネオアンチゲン特異的T細胞を誘導し、その上でチェックポイント阻害剤を投与することで、臨床効果が得られたと考えられます。
 今後、これらのがんワクチンの臨床試験が土台となって、さらにネオアンチゲンを標的とした免疫療法は発展していくものと思われます。これからの課題は、ワクチンを行う症例選択、前述のネオアンチゲン同定のアルゴリズムと、ネオアンチゲンを検出するアッセイ系の改良です。私たちは、研究所と病院が一体となり、適切な患者さんに、適切ながんワクチン治療を実施できるように体制を整備し、がんの治療効果の向上に貢献していきます。

5)おわりに

 がん免疫編集のメカニズムに基づいた免疫操作により、免疫系から一旦逃避したがんを、再び排除に導く、あるいは平衡状態に戻すことが腫瘍免疫学の最終目標です(下図)。がん免疫編集のメカニズムをさらに詳細に明らかにし、それに基づいた治療が実践できれば、一定数のがんをコントロールが可能な慢性疾患の一つとしてとらえられる日が来るかもしれません。

研究テーマ紹介(専門家向け)

このページのトップへ