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髙橋利忠先生記念シンポジウム〜がん免疫と分子理解が拓くがん制御の未来〜

髙橋利忠先生記念シンポジウム終了のご挨拶

髙橋利忠先生記念シンポジウム盛会裏に終わる  愛知県がんセンター総長  髙橋 隆  

 愛知県がんセンターとがん免疫学研究の発展に長年貢献された故髙橋利忠・愛知県がんセンター名誉総長の功績を偲び、愛知県がんセンターは、日本がん免疫学会共催、日本癌学会後援のもと、髙橋利忠先生記念シンポジウム〜がん免疫と分子理解が拓くがん制御の未来〜と題した学術集会を開催いたしました。5月25日(土)に当センター国際医学交流センターメインホールにおいて、総長の髙橋による基調講演を皮切りに、制御性T細胞の発見で著名な坂口志文博士による特別講演や、日本がん免疫学会理事長の河上裕博士や当センター研究所分野長2名を含む計6名のシンポジストによる、がん免疫とがんの分子理解をそれぞれのテーマとしたセッションが行われました。がんに関わる幅広い研究者と臨床医の方々にとって興味深いものとなった本シンポジウムには、好天に恵まれる中、東海地方のみならず北は北海道から南は沖縄まで、13都道府県に所在する大学やがんセンター等の研究機関や企業の研究所等から、総計230名(海外1名を含む)の研究者にご参集いただきました。
 故髙橋利忠名誉総長に所縁ある演者の方々は、いずれも当該研究領域における我が国の第一人者であり、名誉総長の残された足跡の大きさが偲ばれる会となりましたが、私たち職員一同にとっては、当センターの益々の発展を改めて心に誓う機会ともなりました。

髙橋利忠先生略歴


髙橋利忠先生
1941年 (昭和16年) 2月8日
名古屋市昭和区生まれ

略歴

1965年(昭和40年) 名古屋大学医学部卒業
1966年 名古屋大学大学院医学研究科 (内科学第一講座、日比野進教授)入学
1968年 米国Sloan-Kettering癌研究所(Dr. Lloyd J. Old)・Research fellow
1971年 名古屋大学大学院医学研究科に復学
1973年 同科を履修し、医学博士となる
1973年 米国Sloan-Kettering癌研究所(Dr. Lloyd J. Old)・Research Associate
1975年 同研究所Human Cancer Serology研究室・Co-section Chief
1976年 同研究所・Associate
1978年 愛知県がんセンター研究所・病理学第二部室長(西塚泰章部長)
1982年 同研究所・生物学部長
1985年 同研究所・免疫学部長
1990年(平成2年) 同研究所・副所長兼免疫学部長
2001年 同研究所・所長兼腫瘍免疫学部長
2002年 同研究所・所長
2005年 愛知県がんセンター・総長
2006年 同職を定年退職後、同センター・総長(非常勤)となり、 2007年3月に退職
2007年 あいち健康の森健康科学総合センター・センター長
2011年 同センター・技術顧問
2012年 同センター名誉センター長
2018年(平成30年) 11月2日 逝去 享年77才

【非常勤】
名古屋大学連携大学院・客員教授、 日本学術会議・連携会員、総合科学技術会議・ライフサイエンス分野・外部専門家  

学会

日本癌学会 (評議員、理事、Cancer Science Editor)
日本免疫学会 (運営委員、評議員、学術集会副会長)
基盤的癌免疫研究会 (幹事、会長、総会会長)
米国・American Association for Cancer Research (AACR)
米国・American Association of Immunologist (AAI)
米国・Cancer Research Institute (Member、Scientific Advisory Council)
米国・Academy of Cancer Immunology (Member)

受賞歴

2002年 第25回鯱光会顕彰 (愛知一中・市三高女・旭丘高校同窓会)
2006年 第59回中日文化賞 (中日新聞社、がん免疫治療の研究推進)
2007年 第16回吉田富三賞 (日本癌学会、癌免疫療法の基礎と応用に関する研究)
2013年 平成25年春叙勲 瑞宝小綬章 (保健衛生功労)

研究業績

癌免疫療法の基礎と応用に関する研究
動物実験モデルを用いたがん抗体療法とワクチン療法の研究、ヒトメラノーマ等の腫瘍細胞表面抗原の血清学的研究、ヒト造血器腫瘍等に対するモノクローナル抗体の作成と自家骨髄移植療法への応用研究、ヒト血液細胞特異的マイナー移植抗原の同定と骨髄移植後の白血病再発例に対する免疫療法の応用研究など数十年間にわたる日米両国におけるがん免疫療法の研究により、日本のがん免疫研究の牽引者として大いに貢献した。
- 日本癌学会 吉田富三賞 第16回 2007年 (平成19年) より -

髙橋利忠先生記念シンポジウムの概要

テーマ がん免疫と分子理解が拓くがん制御の未来
日時 2019年5月25日(土曜日)13:00-17:50
会場 名古屋市千種区鹿子殿1-1
愛知県がんセンター国際医学交流センター メインホール
主催者 共催:愛知県がんセンター、日本がん免疫学会
後援:日本癌学会
参加費 無料
実行委員会 愛知県がんセンター: 橋 隆(代表)、樋田豊明、関戸好孝、山本一仁、松下博和
日本がん免疫学会:河上 裕(代表)、鳥越俊彦、鵜殿平一郎、池田裕明、西川博嘉
問合せ先(事務局) 〒464-8681
名古屋市千種区鹿子殿1-1
愛知県がんセンター運用部経営戦略室
TEL:052-764-9803 052-764-9805
E-mail:tt_sympo@aichi-cc.jp

【髙橋利忠先生記念シンポジウム会場風景】

髙橋利忠先生記念シンポジウム講演内容

総合司会:関戸好孝 (愛知県がんセンター)

開会挨拶 (13:00-13:05)

 髙橋 隆(愛知県がんセンター総長)

基調講演 (13:05-13:45)

司会:上田龍三 (愛知医科大学)
「利忠先生とACCと不肖の弟子」  髙橋 隆 (愛知県がんセンター)

 私には、3人のメンターがいます。人生に決定的な影響を与えた方々です。1980年代当時の愛知県がんセンターは、がん研究を志す当地方の若者たちにとって、"虎の穴"のような存在でした。5年間の臨床研修後に帰局したものの思うような研究をできずにいた私は、故橋利忠先生のもとに飛び込んで、幸運にも入門を許可していただきました。その帰路の車中で、頬をつねったら痛かったことをよく覚えています。偶々海外出張中だった上田龍三先生の帰国を待って、ハンズオンでハイブリドーマ作成の手解きを受け、私の研究者としての人生はスタートしました。彼らに出会わなければ、こんなワクワクできる研究者としての人生への道は、決して開かれなかったと断言できます。もう一人のメンターはJohn Minna先生ですが、彼の下で大腸がんでのVogelsteinらと全く独立に、肺がんでp53遺伝子変異を発見する幸運に恵まれました。実は、橋、上田両先生のメンターのLloyd Old先生が、p53蛋白質の発見者のお一人ということには不思議な縁を感じます。
 さて、私たち弟子は敬愛を込めてリチュウ先生とお呼びしてきましたが、帰国した私は、そのリチュウ先生と上田先生に肺がん研究グループを任せていただきました。自分が人を招聘する立場になってみると、当時の私のような研究を初めて6年の若手に、そのようなチャンスを与えてくださった度量には驚嘆するばかりで感謝しかありません。その後2004年には、リチュウ先生に無理(不義理)を言って名大に戻り、分子腫瘍学分野の教授として研究と教育に没頭しました。この度図らずも総長として愛知県がんセンターに戻りましたが、お引き受けしたからには、当センターを伝統と実績に安住しない積極的な攻めの姿勢を持ったcomprehensive cancer centerとすべく、微力を尽くしたいと思っています。私にとって研究者として生まれ育った故郷のような当センターです。そのさらなる発展に道筋をつけて、きっと天国でも当センターの行く末を心配しておられるだろうリチュウ先生に少し安心していただかねばと、このような機会に改めて身の引き締まる思いでいます。
 本シンポジウムでは、故橋利忠先生との間の折々のエピソードとともに、素晴らしいメンターに育てられながら、がん免疫学とは全く違う方向へ進んだ不肖の弟子の研究について、少しご紹介させていただきます。


【髙橋 隆 (愛知県がんセンター)】

シンポジウムI (がん免疫) (13:45-15:10)

司会:鳥越俊彦 (札幌医科大学)
1. 「日本がん免疫学会と腫瘍免疫学の進歩」  河上 裕(慶應義塾大学医学部)

 近年、日本がん免疫学会(Japanese Association of Cancer Immunology, JACI)が長年取り組んできた抗腫瘍T細胞を主要エフェクターとする免疫チェックポイント阻害薬が実用化され、臨床の場での免疫療法の位置づけは一変し、がん治療開発の方向性も変わりつつあります。JACIは、1996年に基盤的癌免疫研究会(Society of Fundamental Cancer Immunology, SFCI)として、橋本嘉幸先生や橋利忠先生らによって設立されました。設立趣旨は「癌免疫研究の現況に鑑み、本分野に興味を持つ我が国の第一線の癌免疫研究者に討論の場を提供し、情報並びに資料の交換を活発にすることにより本分野の発展を計り、国際的にも高く評価されるような研究成果を生み出す基盤を作る」でした。その後、SFCIはJACIとなり発展してきました。
 免疫チェックポイント阻害薬単独投与の奏効率は、多くのがんで10-20%程度ですが、明確な治療効果を示すため、その臨床検体を用いたリバーストランスレーショナル研究は、免疫によるヒトがん細胞の排除機構、および免疫抵抗性機序の解明を可能にし、腫瘍免疫学の発展に多大な貢献をしました。特に、遺伝子・タンパク・代謝物などのマルチオミックス解析、通常のflow cytometryを超えたmass-cytometry, scRNA-seq, マルチカラー免疫染色などの体系的な免疫細胞解析、ゲノム編集技術も用いた遺伝子改変抗腫瘍免疫細胞作製、免疫に視点をおいた代謝解析、腸内細菌叢解析などの新技術を駆使して、多くの新知見が生み出されており、臨床的には、治療効果予測や治療法選択のためのバイオマーカーの同定、複合的がん免疫療法における治療標的の同定、新しいがんの免疫制御法の開発につながることが期待されています。これらの解析は、遺伝的・環境的背景の違いを考慮すると、産官学連携を強化して日本で進めることが大変重要です。がん免疫療法は、免疫チェックポイント阻害薬を中心に実用化されましたが、まだ治療効果は限定的であり、これからががん免疫研究の正念場です。がん免疫研究への橋利忠先生の強い思いを日本がん免疫学会は引き継いでいきます!


【河上 裕(慶應義塾大学医学部)】

2. 「がん標的抗原の同定と免疫療法への応用」  松下博和(愛知県がんセンター研究所)

 マウス発がん剤誘発腫瘍モデルにおいて、がんの拒絶に関わるがん抗原は、遺伝子変異由来の新生抗原(ネオアンチゲン)であった。一方で、ヒトにおける免疫チェックポイント阻害剤(immune checkpoint inhibitor: ICI)治療において、免疫抑制解除により再活性化されたT細胞の標的抗原もネオアンチゲンである可能性が示されている。肺がんにおいては、ICIの奏効率は20%前後に過ぎないが、免疫抑制の解除のみならず、ネオアンチゲンに対する免疫応答を積極的に強化することで、さらに治療効果が得られる可能性がある。近年、悪性黒色腫においてネオアンチゲンを標的としたワクチン及びICIとの併用療法の効果が報告された。
 ネオアンチゲンを標的としたワクチン療法を成功させるために重要なことは、@有望な標的ネオアンチゲンを同定すること、また、Aワクチン、ICI及びその併用治療を含む免疫療法の適応症例を適切に選択することである。@については、より正確なネオアンチゲン予測アルゴリズムと、ネオアンチゲンに対する免疫応答の高感度な検出法を開発する必要がある。またAにおいては、患者一人ひとりの腫瘍の性質や免疫原性に加え、生体内のダイナミックながん免疫応答、いわゆるCancer-Immunity Cycleに基づく患者一人ひとりの免疫状態の評価が必要である。
 愛知県がんセンターでは、病院と研究所が一体となり、手術、胸水穿刺等で採取された臨床検体から、腫瘍細胞株の樹立、PDX作成、そしてリンパ球の培養を行っている。また、エクソームシーケンスとRNAシーケンスのデータを取得し、がんの標的ネオアンチゲンを予測するとともに、培養で得られたリンパ球の反応性を検討し、免疫原性の高い抗原を同定するシステムの構築を行っている。また、腫瘍内免疫応答をイムノグラムにより評価し、今後の免疫療法の患者選択に必要なデータを取得する試みも行っている。本講演では、ネオアンチゲンを含む有望ながん抗原を標的とするがんワクチン開発に向けた当センターの取り組みを紹介する。


【松下博和(愛知県がんセンター研究所)】

3.「がん微小環境での免疫抑制ネットワーク」  西川博嘉(国立がん研究センター 名古屋大学大学院医学系研究科)

 がん免疫療法、とりわけ免疫チェックポイント阻害剤の臨床応用により、がんが患者毎に異なる多様な免疫抑制機構により免疫系からの攻撃を逃避していることが明らかになってきた。がん免疫編集説(Cancer Immunoediting)に従えば、がん細胞は免疫系からの攻撃を受けにくい免疫原性の低い(自己もどきの)がん細胞を選択する(免疫選択)とともに、生体に備わっている様々な免疫抑制機構を用いて免疫系から逃避(免疫逃避)することで、生体内で増殖し臨床的「がん」となる。それぞれのがん患者で、発がん過程での免疫選択と免疫逃避のバランスにより、免疫的にhot tumorおよび cold tumorと呼ばれるがん微小環境の違いが生じ、これが、免疫チェックポイント阻害剤の臨床効果につながることが示されてきている。
 がん局所への制御性T細胞(Treg)の浸潤は、エフェクターT細胞浸潤と共にhot tumorで認められることが多いが、EGFR変異非小細胞肺癌では、EGFRシグナルが直接的にTreg浸潤をがん局所に誘導することで、cold tumorでありながらTregが多数浸潤していることを明らかにした。一方で、EGFRシグナルはエフェクターCD8+T細胞浸潤を阻害することで免疫抑制性のがん微小環境を確立していることを解明した。さらに浸潤したTregおよびエフェクターCD8+T細胞、とりわけがん抗原反応性CD8+T細胞は特徴的なフェノタイプを持つことを明らかにし、これらのフェノタイプがPD-1阻害剤治療の治療効果予測バイオマーカーとなる可能性が示唆された。 
 個々のがん患者のがん細胞の特性をゲノム解析により明らかにするとともに、がん局所での免疫応答を統合的に検討することで、患者のがん微小環境に十分に配慮した"Immune precision medicine"への展開が必要である。


【西川博嘉(国立がん研究センター 名古屋大学大学院医学系研究科)】

特別講演 (15:30-16:20)

司会:珠玖 洋 (三重大学大学院医学系研究科・医学部)
「制御性T細胞とがん免疫」  坂口志文 (大阪大学免疫学フロンティア研究センター)

 がん免疫療法は、現在、新しい時代を迎えようとしている。免疫共刺激分子もしくは免疫抑制分子シグナルを調節し免疫応答を賦活化することで抗腫瘍免疫応答を活性化できることが示され、実際臨床効果が認められている。しかしながら、がん免疫療法を第4のがん治療方法として確立するには喫緊に解決すべきいくつかの課題がある。そのひとつは、がん抗原の多くが自己抗原(あるいは変異自己抗原)であるため免疫原性が弱く、また自己抗原に対する免疫応答を抑制する免疫制御機構が存在するため、十分ながん免疫応答の誘導が困難である可能性である。この免疫制御機構のひとつは制御性T細胞(Regulatory T cell、以下Tregと略)による免疫抑制である。実際どのような癌組織でも、浸潤T細胞の多くはTregである。 Tregは転写因子Foxp3を特異的に発現し、末梢血中CD4+T細胞の約10%を占める。
 Tregの量的・質的異常は、様々な自己免疫疾患/炎症性疾患の直接的原因となる。Tregの増殖、抑制機能の強化により、このような免疫疾患の予防・治療、また臓器移植における拒絶反応の抑制が可能である。逆に、Tregの数的減少、抑制機能減弱を図れば免疫反応を亢進させ、がん免疫、微生物免疫の強化に繋がる。
 本講演では、Tregの免疫自己寛容、がん免疫応答における役割、ヒトTregの機能について議論し、Tregを標的とする腫瘍免疫応答制御法について臨床応用の展望を述べたい。


【坂口志文 (大阪大学免疫学フロンティア研究センター)】

シンポジウムU(がんと分子理解) (16:20-17:45) 

司会:近藤 豊 (名古屋大学大学院医学系研究科)
1. 「がん遺伝子RETと細胞運動制御蛋白Girdinの発見から学んだこと」  髙橋雅英(名古屋大学大学院医学系研究科)

 ヒト発がんの原因としてのがん遺伝子研究は1982年にNIH3T3細胞を用いたトランスフェクション法による活性化RAS遺伝子の発見に始まる。私は同手法を用いて、遺伝子再構成によって活性化される新規がん遺伝子RETを発見した。その後、RETの遺伝子再構成は甲状腺乳頭がん、肺腺がんの原因となることが明らかになり、多くの血液腫瘍や軟部腫瘍で検出されるキメラ型がん遺伝子のプロトタイプになった。またRETは点変異による活性化により家族性腫瘍である多発性内分泌腫瘍症2A, 2B(MEN2A, 2B)を発症すること、一方、機能失活型変異によりヒルシュスプルング病を発症することが報告され、遺伝子変異の違いにより多様な臨床像を生じる代表的なヒト疾患遺伝子として注目されてきた。さらに米国のグループとの共同研究によりRETのリガンドが神経栄養因子GDNFであることを明らかにし、遺伝子改変マウスを用いて、GDNF-RETシグナル伝達が腎臓の発生、腸管神経系の形成、精子幹細胞の維持(精子形成)に必須であることを証明した。このようにRETシグナル伝達の研究は疾患の発症メカニズムや形態形成(器官形成)のメカニズムの解明に大きく貢献してきた。
 さらに、RETを含む受容体型チロシンキナーゼのシグナル伝達に重要なAktキナーゼの役割に注目して解析を行った。Aktの新規基質としてGirdinと名付けた新たなたんぱく質を発見し、機能解析を進めたところ、Girdinはアクチン結合蛋白であり、様々な細胞の運動能に極めて重要な役割を果たしていることを明らかにした。GirdinはAktによるリン酸化で機能制御を受けることで、がんの浸潤・転移、血管新生、神経新生など生理的、病理的現象に関わる細胞運動を制御することを遺伝子改変マウスの作成を通じて、明らかにした。興味深いことに、Girdinの機能は胎生期の発生過程には重要ではなく、むしろ生後から成体期に観察される血管新生および海馬歯状回や脳室下帯における神経発生に特異的に関与していることが明らかになった。加えて、Girdinが海馬依存性の神経機能や病態(長期記憶、てんかん発作など)に関与すること、イギリスの研究グループとの共同研究において、Girdin(CCDC88A)遺伝子のgermline変異によりPEHO症候群(小頭症、てんかん発作などを示す家系)を発症することを世界で初めて報告した。
 本講演では、RETがん遺伝子の発見から、そのシグナル伝達異常による疾患発症のメカニズムの解析、変異マウスを用いた個体レベルでの解析により、がん研究のみならず、神経科学、発生学研究に与えたインパクトについて紹介したい。


【髙橋雅英(名古屋大学大学院医学系研究科)】

2. 「シグナル伝達の理解に基づく分子標的療法の最適化と新規治療開発」  衣斐寛倫(愛知県がんセンター研究所)

 がんの発生・生存に重要な役割を果たすドライバー遺伝子の発見と分子標的薬の開発は、がん薬物療法に大きな進歩をもたらした。分子標的薬の奏効には、主要な生存シグナルであるPI3KシグナルおよびMAPKシグナルの抑制と、その結果生じるアポトーシスタンパクの上昇が重要である。特にMAPKシグナルの抑制は必須であり、下流に存在するアポトーシスタンパクBIMの異常や、分子標的薬の存在下でもシグナルの再活性化が誘導される状況では、分子標的薬は無効となる。一方、MAPKシグナルはRAS・RAFなどの異常により活性化されがん化につながるが、これらの異常を示す腫瘍に対する有効な治療法は乏しい。その理由として、GTPとKRASの結合が強固なため変異KRASの直接阻害が困難なこと、BRAF阻害薬の効果ががん種により異なることなどがある。我々は、BRAF V600ホットスポット変異大腸がんにおいて、BRAF阻害薬がEGFRの活性化を誘導しBRAF阻害薬不応性となることを示した。現在、大腸がんに対しEGFR阻害薬・BRAF阻害薬・MEK阻害薬の併用第III相試験(BEACON試験)が進行中である。一方、包括的ゲノムプロファイリング検査の導入に伴い、BRAFにV600以外の変異(non-V600変異)が存在することが明らかとなった。BRAF non-V600変異は、活性が上流の受容体-RASに依存しないclass 2変異と依存性のclass 3変異に分類される。細胞株の解析によりclass 2変異では、EGFR阻害薬とMEK阻害薬の併用が有効なことを示した。さらに、日米5000例の大腸がん検体の解析により、class 3変異では抗EGFR阻害薬が奏効することを明らかにした。また、KRAS変異腫瘍ではMAPK下流のMEK阻害薬の開発が行われているが、臨床試験では満足な結果が得られていない。その理由として、KRAS変異肺がんではMEK阻害薬投与後に受容体の活性化が誘導されMAPKが再活性化されることを明らかにした。さらに、活性化される受容体は腫瘍の上皮間葉移行状態により異なり、上皮系ではERBB3、間葉系ではFGFR1であった。それぞれの受容体の阻害薬とMEK阻害薬の併用はヒト患者由来ゼノグラフトモデルで有効性が示された。このように、がん種ごとのシグナル伝達の理解が、分子標的薬の最適化と新規治療開発につながる可能性がある。


【衣斐寛倫(愛知県がんセンター研究所)】

3. 「個別化する肺がん治療の現状と展望」  光冨徹哉(近畿大学医学部)

 わが国の年間肺がん死亡は7万3000人余で、がん死亡原因の第一位であり続けている。しかし21世紀に入ってからの肺がんの生物学的理解とそれに応じた治療の個別化はめざましい。
 従来IV期非小細胞肺がんの標準治療はプラチナ二剤化学療法であり、20世紀末のW期肺がんのOS(全生存期間)中央値は1年前後に過ぎなかった。最初の肺がんの分子標的治療薬であるEGFR-TKI(チロシンキナーゼ阻害剤)であるゲフィチニブは2002年に登場した。2004年にEGFR遺伝子の突然変異が肺がんに見出され、EGFR-TKIの効果予測因子であると報告されたことが今日のprecision medicineにつながっている。EGFR遺伝子変異を有する肺がん患者にEGFR-TKIを使用することで10-12ヶ月程度のPFS(無増悪生存期間)、3年以上にもおよぶOSが得られる。しかしこれらの薬物も耐性獲得が不可避である。オシメルチニブはこの耐性の半数強の原因であるT790M二次変異に有効な薬物で、10ヶ月程度の新たなPFSをもたらす。
 2007年には第2の肺がんのドライバー遺伝子としてALK遺伝子転座が発見され、ALK-TKIであるクリゾチニブは2012年に承認、2017年にはROS1転座に対して適応が拡大された。2018年には、BRAF V600E変異に対してダブラフェニブとトラメチニブの併用療法が承認され、さらに RET, HER2, MET等、新たな分子標的に対する治療開発が行われている。
 肺がん薬物療法の第3の柱として免疫療法が急速に発展している。2015、6年にそれぞれPD-1抗体薬であるニボルマブ、ペムブロリズマブが二次治療薬として承認された。2016年にはPD-L1高発現例の一次治療でペムブロリズマブがプラチナ二剤にPFSとOSで上まわる事が示されて大きな衝撃を与えた。PD-L1低発現肺がんに対しても化学療法とPD-1/L1 阻害剤の併用が大きな有効性をもたらすことが示された。
 免疫療法はより早期への症例への応用が検討されている。切除不能III期症例に対して放射線化学療法にPD-L1阻害剤を追加することでOSが延長することが示された。外科手術の対象となるさらに早期の患者群においても、分子標的治療を積極的に取り入れることが検討されている。
 本講演では薬物療法を中心に肺がん診療の現況をまとめ近未来を展望したい。


【光冨徹哉(近畿大学医学部)】

閉会挨拶 (17:45-17:50)

 河上 裕(慶應義塾大学医学部)

髙橋利忠先生記念シンポジウムプログラム

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