自閉症スペクトラム障害児(者)の 
お口の健康と歯科治療上の問題

         
愛知県心身障害者コロニー中央病院 歯科
             
日本障害者歯科学会 指導医 石黒光
        
            同  認定医 加藤篤


 多くの自閉症の幼児期には、身体に触れられることを嫌ったり、未知な事への不安から、採血やレントゲン撮影などの医療行為を頑固に拒否することがあります。そのなかのひとつに、日常的な歯磨き介助を嫌がったり、歯科検診に強く抵抗するケースがあります。歯磨きなどは、この時期の療育の種々の問題の中では小さなことに思えますが、そのまま放置してしまうと、後々大きな問題となってくることがあります。その例が「むし歯」「歯肉炎」「歯周炎」であり、予防するために歯科受診が重要となってきます。

 コロニー中央病院の歯科では、開設以来約40年以上障害児者の歯科診療に当たっていますが、治療に苦慮するのが一部の自閉症の人たちです。幼児期か ら40年以上受診している方も含め、現在は幼児期から60歳代まで、年間約500人近くの自閉症スペクトラム障害の方々が受診しています。これまでの経験 をもとに歯科医療の立場から、その成育段階ごとに分けてその問題点と対応について考えてみましょう。

幼児期から就学前(3〜5歳)

 ※1.定期的歯磨きを習得するための大事な時期


 
この時期は、自分では上手に磨けないので、歯を磨いてあげることになりますが、嫌がることもあります。自閉的なお子さんに限らず、お風呂で髪を洗うのを嫌がる子に、嫌がるからといって洗わないお母さんはいません。お母さんが水やシャンプーが眼に入らない様に工夫することで、次第に子どもも慣れてきます。根気が要りますが毎日の繰り返しで徐々にやれるようになることが多くあります。
 歯磨きもそれと同じはずですが、少し嫌がる、抵抗がある、出血があると「かわいそう」とやめてし まうお母さんがいます。髪の汚れは目立ちますが、口の中は見えにくいだけで、毎日食べれば歯は汚れます。嫌がっても少しずつ続けて、歯磨きを習慣にして下さい。この時期に習慣づけしておかないと、なかなか習慣は身に付きません。なかにはお母さんが忘れていても、同じ時刻になると歯ブラシを持ってくるようになる子もいます。この様にパターン化した日課になるように心掛けてください。

 
 ※2.歯医者さんに慣れさせる時期


 1歳半、3歳児健診等では必ず歯科健診を受け、むし歯予防のためのフッ素を塗ってもらいましょう。その際、嫌がったりする場合がありますが、短時間で終わります。この時にも、日頃のお母さんの歯磨き習慣が役立ちます。もしその機会を逃したら近くの小児歯科や子どもが多く通院している歯科医院で検診、フッ素塗布を受けて下さい。

 幼稚園や通園施設では年1回程度、歯科検診があります。治療が必要であればもちろんですが、むし歯がなくても最低半年に1回は、歯科医院でも検診や歯磨き指導を受け、“歯科医院の環境”に慣れておきましょう。
 初めは嫌がっても、繰り返し通院することで適応することが多いです。一度行って嫌がるからといって、連れて行かなければいつまでたっても慣れません。理解ある歯医者さんを探して、気長に通っていただくことをお勧めします。

 この時期むし歯以外に、転んで歯をケガしたりする機会が多く、急な受診でも普段から通っている歯医者さんであれば、本人も不安が少なく、先生も子どもを理解していれば、処置していただけるでしょう。小児歯科専門の歯医者さんなら慣れています。




 ※3.ブクブクうがいのトレーニングの時期

 
「ブクブクうがい」が大きくなっても意外とできない場合が多くみられます。就学までには、できるようトレーニングを心掛けましょう。失敗してもいいように、まずはお風呂でお父さんやお母さんのマネを繰り返しさせてみましょう。その際、下を向いて水を口に含ませ、吐き出す練習から気長にはじめて下さい。飲み込んでしまうことも多々あると思いますが、根気よく続けましょう。自閉症スペクトラム児は嫌な記憶を忘れることが苦手といわれています。そのため無理強いは避けて、トラウマにならないよう気を付けてください。毎日少しづつ続けることが大事です。
 「ブクブクうがい」は、まずは口をしっかり閉じる必要があります。また、水を口に含んでいる間は鼻から息をしなければなりません。つまり呼吸の調整が必要になります。これらは、口腔衛生ばかりでなく食べたり発語する口腔の機能や呼吸の調整に大いに役立ちます。ぜひこの時期に習得したいことです。
※口を開けて行うガラガラうがいとは異なりますのでご注意ください。


 ※4.偏食が多く出始める時期

 
この時期の食生活は母親のコントロール下にあり、食事や間食の内容に注意すべきです。しかし、極端な偏食の子が多いことも事実です。
 特定の甘味菓子(あめ、グミ、キャラメルなど)に固執したり、乳酸菌飲料やコーラなどの炭酸飲料、スポーツドリンクなどの砂糖が非常に多く含まれる飲料水にこだわって常飲したがる子の場合は、むし歯が多発する可能性が高く、早期に他の飲料水に変えるよう誘導する配慮が必要です。この時期の飲食物の固執が、年長になっても続く例が多いので、何とか止めさせたいものです。
 また、十分咬まずに急いで食べてしまう子もいますが、できるだけゆったりとした雰囲気で食事を摂るよう心がけて下さい。また食べ物を口の中に詰め込みすぎないよう与える量に注意してください。偏食が強くなければ、味の濃い者、甘い者、柔らかい物を好んで摂取することが多いのですが、歯ごたえのある物を含めた、バラエティーに富んだ食事を心掛けることが大事です。
 ゼリーやプリンなどばかり食べないよう、食事と一緒に出さないか少量にするなど配慮して下さい。


就学時(6〜12歳)

※1.乳歯から永久歯へ生え変わる時期


 
萌出する永久歯がむし歯ならないよう十分注意しましょう。生えたばかりの永久歯は歯質は非常に未熟で弱い構造になっています。また歯が生えるのに伴って顎の成長が起こり、口の中の容積が広がります。そのため歯ブラシがとどきにくかったり今までと同じような感覚で磨いていると6歳臼歯などは見落としてしまうことが多くあります。
そうならないように歯科における定期健診を継続し、歯医者さんでも確認してもらいましょう。


 学校では最低でも年1回歯科健診があり、その結果が通知されます。処置が必要とされたら早急に受診して下さい。検診で問題がない場合でも、半年毎ぐらいに歯科医院で健診を受けて下さい。歯医者の環境に慣れておく意味もあります。

※2.歯磨きの自立を始める時期


 少しずつ歯みがきの自立に向け練習する時期です。ただ仕上げ磨きは必ずお母さんが行って下さい。

 高学年では自分で磨ける様に誘導し、自立の意欲を尊重した指導をして下さい。
できたら歯科医院で歯みがきの指導を定期的に受けていただければ磨く”こつ”なども教えてもらえるでしょう。この時期にある程度正しい磨き方を身に付けないと後々になっての改善は非常に困難を伴います。学校で昼食後の歯みがきも日課にするとなおよいと思います。



※3.食べ方の習慣を整える時期

 偏食が強い場合は、できるだけ食べられる食品を増やす時期です。
ゆっくり食べるようにしょましょう。


 十分咬まずに飲み込んでしまうような早食いになりがちです。できるだけ、ゆったりとした雰囲気で食事を摂るよう心がけて下さい。また、ある程度咀嚼(咬むこと)が必要となる食事を与えることが大事です。あまり硬すぎるものは逆に咀嚼せずに出してしまうこともあるのである程度咬み切れるちょうどよい硬さのものがいいと思います。しかし窒息などの危険性もあるため口の中に詰め込みすぎないよう口に入れる量には注意が必要です。全体的にバラエティーに富む食事を心掛けましょう。

思春期(13〜18歳)

※1.歯肉炎が多くなる時期

 むし歯とともに歯肉炎の症状がではじめる時期です。本人の自立心が強く出てくる時期でもあります。自尊心を傷つけないよう十分注視しながら歯磨きの介助を行う必要があります。てんかん発作で薬(アレビアチンなど)を服用している場合は副作用により歯肉の腫れが起こり、非常に歯肉炎に罹患しやすいので注意が必要です。定期的な歯科検診は必ず受けて下さい。

※2.歯磨きの自立の時期

 自己流のパターン化した磨き方になりがちなので、歯科医院で正しい方法の指導を繰り返し受けましょう。間違った方法が習慣化してしまうと改善はかなり困難になります。

 自立が難しい場合は磨けない、磨かない部分を歯科医院でチェックしてもらい、その部分を時々磨くよう指示したり、一部介助してあげるか仕上げ磨きをしてあげます。

成人期以降

※1.むし歯、歯周病などの早期発見が大事な時期


 
学校でいままで行われていた定期検診が無くなる時期でもあります。施設などの検診がある場合でも半年に1回はかかりつけ歯科医院で定期的な歯科検診を受けましょう。とくに歯周病の進行に注意して下さい。
・自傷による指咬みや頻回に歯軋りするケースでは、歯が動揺したり、顕著に咬耗したりすることがあり、早めの対応が必要です。
・反芻する癖のある場合は、頻回に歯科医に通う必要があります。


 むし歯や歯周病の初期症状を、保護者や介護者に的確に訴えることが難しいので、常に食事の仕方や日常の行動に注意し、異変の早期発見につとめて下さい。


※2.間違った歯磨き方法の修正時期


・自分でうまく磨けない、介助を嫌がるなど場合は、定期的に歯科医院に通って歯科衛生士さんに磨いてもらう様にする。(専門的な口腔清掃)

 歯磨きがパターン化して、一定の場所だけしか磨かないことが多いので、どこが磨けないか、その際の手の動きの癖などを歯科衛生士さんに見てもらい、できるだけ直してあげましょう。



※3.成人病に気を付ける時期


・食べ過ぎ、動かない、甘味食品に偏るなどによって、肥満したり、糖尿病、高コレステロールなど成人病になりやすいので注意しましょう。

 毎年、定期的に血液検査などで全身状況に注意しましょう。血糖値やコレステロ−ル値のチェックなど。

   自閉症スペクトラム障害の歯科治療の困難性と対応法  

困難性への対応

@歯磨きを嫌がる、口を触られることへの抵抗感 A治療の意味の理解、未知への不安感、医療行為への恐怖
・視覚過敏、聴覚過敏などの感覚異常により極度に抵抗を示す場合がありますが、幼児では日常から寝かせた姿勢で、口腔内を触れさせる経験を、家庭でトレーニングしておく必要があります。
・口唇や頬には、そっと触れるのではなく、しっかり接触面積を広くして触れた方が嫌がりません。


・知的障害を伴う自閉症者で、治療の意味を種々の手法で説明しても理解できにくい場合は、恐怖心が強く、治療導入時に抵抗することが多いようです。
3-4回通院しても慣れないようなら、診療台に座らせ、歯磨きだけの行為を繰り返します。次第に抵抗が少なくなってきます。ただ、慣れる回数は、個人差が大きいようです。
・ある程度のコミニュケーション能力がある場合は、治療行為を視覚的媒体でわかりやすく説明するか、診療器具に関しては可能な限り実物を示し、どんなことをするのか見せておくようにする。ただし、尖った物に異常に恐怖心を持つ場合は、配慮が必要です。
(TEACCH法を応用して効果がある場合もありますので、歯科医にご相談され、絵カードなどを作っていくのもよいでしょう)
・家庭で、スプーンを口に入れて、歯の検診の練習をしておくとよいでしょう。
Bコミニュケーションが困難で症状の把握が遅れる C歯科医院で待つことの困難性
・歯科疾患は早期に発見できれば、治療も簡単にすみます。従って日常的に、歯磨き時に口腔内をよく見る習慣をつけおくと、歯の変化や歯肉の色や腫れなどの変化に早めに気づきやすくなります。
・また、食べ方や食欲、就眠状況、機嫌などの変化から、口腔の症状であるか他の原因かを把握します。
・とくに口内炎の不快症状と歯痛と、間違えやすいので注意して下さい。

・歯医者さんの待合室で長く待つことで、不安感を助長することがあるので、できるだけ待つ時間を短くしてもらう様、歯科医院に頼んでみる。
・何もしないで待つのではなく、好みの本や物を持っていくなど待ち時間を過ごす工夫をしておきます。
・日常的に機嫌のよい時間帯に受診できるように工夫して下さい。
D予防指導の受け入れの困難性
E歯科スタッフ側の知識や理解不足
・集中して、一定時間歯磨きを持続できない場合が多いので、数をかぞえながら少しずつ磨く時間を長めにしていきます。
・一度ついた歯磨きパターンを変えることは、かなり難しいが、根気よく繰り返しの指導で変えることが可能な場合があります。
・不可能な場合は、親の介助磨きをパターン化していきます。

・残念ながら全ての歯科医療従事者が自閉症を正しく理解して対応できる状況にはありません。また、診療に要する時間や設備、スタッフ数などのよっても受け入れが難しい医院もあります。
・そのため、地域の歯科医師会では、障害者の方のための歯科センターを設立して、ある程度は診療可能になっています。一部の病院や大学病院でも行われています。
・歯科医師や歯科衛生士には、現在教育段階で「障害者歯科」学の講義が実習を含め行われ、基礎的知識を学んでいます。
・また、日本障害者歯科学会では、専門的知識や技術を有する経験ある歯科医を認定医とする制度を行い、現在も継続しています。
・以上のような状況で、徐々に理解ある歯科スタッフが増加しています。

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