【記者】 |
知事は、愛知県を振り返りますと、初めての民間出身の知事です。在任の12年間で、愛知県政をどのように変えてこられたと、ご自身は考えていらっしゃるでしょうか。また、次の大村知事には、どのような県政運営を期待しているのかお伺いします。 |
【知事】 |
私は22年前までは民間人でございました。市政を担い、そしてこの12年間は県政を担ってまいりました。民間人としての生き方とあるいは公務員としての生き方とは大きな違いがあるというように思って役所へ入りました。しかし今、退任の時期に思うのは、究極は、どちらにしても社会の中でともに生き、人間と人間との信頼関係の上に成り立っているということを改めて思い知らされ、基本は一つだと、その実感が大変強うございます。
ただ、民間にいたときの経験で、そのような視点から行政にいろいろ取り組んだものもございます。しかし、それは県民の声でもありニーズでもあったわけでございまして、そういったものに速やかに応えることができたということは、私なりによかったと思います。
例えば、県庁へ入ってすぐ手がけたのは情報公開でした。これは、私も民間にいて、どうしてこれがつまびらかにならないのだろうか、あるいは明確にならないのだろうかという素朴な疑問がありましたので、県庁へ入ってすぐ、その辺りを見直したこともございました。あるいは度重なる行革もそうでありました。非効率的な部分というのをやはり少しでも一県民の目で、あるいは民間の目で眺めた場合にどうだろうかと、そんなことでも多少はお役に立ったのではないかと思っておりますけれども、しかし、究極は、先ほど申し上げたとおり、やはり人間と人間との信頼関係の上に成り立つこの社会の中で、公務員も民間人も、私はベースは一緒だと、そのように思っているところでございます。
それから、大村新知事さんのことでございますけれども、よく考えてみると10年以上のお付き合いでございます。特に私自身の知事選挙も先頭になって戦ってくれた人でもあったわけですし、それから、県行政のことについて言えば、空港、博覧会の二大事業はもちろんですけれども、国と関わる様々な事業について、いつもいつも共同で取り組んだり、あるいはお世話になったり、助言をもらったりしてまいりましたので、心の中では、同志というような気持ちも強うございます。その方が今回、知事という形で私がバトンを渡す相手になるわけでございますけれども、理事者側というか与党側の仕事も経験豊富な方ですので、しっかりと物事を捉え、いろいろな意見を聞きながら的確な判断をされるのではないかと思っております。
今度の知事選挙の中では、私自身が頭になかった公約も掲げておられましたので、そのような公約をどう実現されるのか、どういう政治手法で前へ進められるのかは大いに関心のあるところでございます。立場は変わりますけれども、きちんとその辺りは眺めていきたいと思いますし、もし何か御相談があれば、私なりに少しでも力になりたいという思いでおります。
何はともあれ、大変今難しい時代に入っておりますときの船出でありますので、御苦労の多いお仕事だと思います。これまでの経験や優れた能力、識見を大いに活かしていただいて、愛知がよりよい方向に行くように頑張っていただきたい、心からそのように願っております。 |
【記者】 |
現在の愛知県は、景気が悪く雇用問題も抱えているわけですが、県庁を去られるにあたって、愛知の将来に対して、どのような希望、あるいは期待を持っておられるのか、県民に向けたメッセージをお願いします。また、今後のご自身の活動について、先ほど煙幕を張られましたが、どのように考えていらっしゃるのか。具体的にいえば、政治的な活動をされるご予定があるのか、しばらく遠慮されるのか、わかる範囲でお伺いします。 |
【知事】 |
まず、この地域の経済と将来展望なんですが、リーマン・ショック以降の世界同時不況、これは100年に一度とひところ言われましたけれども、その影響をもろにこの地域、とりわけ愛知県は受けました。したがって、奈落の底に落ちるというような表現が当時、方々で言われました。まだそういった大きな影響から抜け出しておりませんし、回復の見込みが完全に立ったわけではありません。
しかし、日本というのはやはりモノづくりで生きていかなければならない、そういった産業構造が私はあると思います。そこに高度な科学技術や知能を結集して、より付加価値の高いものをやはり国際社会の中で大いに提供していくというのが、日本のこれからも役割になっていくのだろうと思います。その意味で、大変ポテンシャルの高いモノづくりの拠点性は、私は揺るぎないものがあると思っておりますだけに、今は大変厳しい時代を迎えておりますけれども、必ずや活力を取り戻すことが可能であると。もちろん、これはただ手をこまねいて眺めているだけでは、それは実現は難しいと思いますので、やはり、より大きく羽ばたくために何が必要かということの種まきなどは、ある程度してきたつもりでおります。例えば、自動車産業に次ぐ産業の一つの柱として、航空分野というのは、もうかなり現実味が帯びてまいりました。あるいは科学的な技術や知見を産業に結集させるという意味では、知の拠点ももう建設にかかっております。そのように種まきが少しずつ芽が出つつありますので、近い将来、この愛知の産業の復活は必ずあると、そのように期待もし、また確信をしているところでございます。
それから二つ目にいただいた御質問ですが、本当に明確に決まっておりません。これは煙幕でも何でもなくて、本当に決まっていないのですが、ひとつゆっくりして次の人生の仕事を構築したいと思っております。
ただ、私は恐らく、この20年以上もこういう立場で仕事をさせていただきましたので、政治と全く無関係になることはないと思っていますが、みずから近い将来選挙に打って出るということは考えておりません。しかし、政治的な活動ということは何らかの形で続く場面もあろうかと思っております。
それから、今までやってきたことの経験を活かして、何か社会に恩返しをしたいということは、この場でも何度も申し上げてきました。その方法はいろいろあると思います。請われれば、できるだけその御期待に応えていきたいと今思っておりますが、何せ今日、身を退く最後の日でございますので、若干はゆっくりして、今後のことについて家族ともよく相談したいと思っております。 |
【記者】 |
知事3期12年の中では、様々な事があったかと思います。大きな事業で言えば、空港の開港、万博の開催や、厳しい問題では、裏金の問題もあったかと思います。知事の中で、一番思い出に残っている事業と、辛かった思い出をお伺いします。 |
【知事】 |
辛かったことは、もちろんたくさんございます。今挙げていただいた不適正経理の問題などは、正直言って、随分こたえました。しかし、その後、職員が県庁挙げて信頼を取り戻そうとしてすごいパワーを発揮してくれましたし、損失補てんに対しても積極的に協力をしてくれましたので、あの辛い案件も、今となっては懐かしく思い出せる一コマになっています。
それから、楽しかったことだとかうれしかったことは、これはもうきりないほどたくさんあります。よく博覧会だとか空港だとか、これはもうこの地域にとってけた違いに大きなプロジェクト事業でございましたので、このことを取り上げていただくことが多いんです。現にこの二つは私の心の中でもやはり本当に今でも色濃く、深い思い出となって残っておりますけれども、日々のさまざまな取組の中で一喜一憂しながら進めてきたというのが正直なところでして、どれが特によかったとかうれしかったとかは、なかなか一つだけを取り上げることは、正直言うと難しいです。県民の皆様方にも、何かあると励ましをいただいたり、お手紙をいただいたり、メールをいただいたり声をかけていただいたり、そういったことが、皆さん方が想像する以上に、こういった立場にいるとうれしいことです。そういった頂いた励ましの手紙というのはほとんど全部残してあります。この前、引っ越しのときに整理しましたら、段ボールにそれだけで1箱ぐらいになりました。これもうれしいことであります。たくさんの方に支えられ、お世話になってこの12年過ごすことができたという意味では、私は本当につくづく運のいい男だったと思っております。何かあると誰かに助けてもらった。それから、何かしようと思ったときにやはり、例えば景気がよくなったり、状況が変わったりして、本当に助けてもらって今日まで歩んでこれました。感謝でいっぱいです。 |
【記者】 |
先程、知事が、人と人との信頼関係が大切であるということを言われました。新知事が就任されるにあたって、新知事の盟友を巡って、何かと議会との対立関係であったり、もう少し新知事に求めたいこと、こういう姿勢であってほしいということがありましたらお伺いします。 |
【知事】 |
大村さんもですね、ものすごく経験豊富な方ですし、国と地方とは違うとはいえ、大きな舞台で副大臣あるいは政務官など、いわば理事者側を経験されて、たくさんの部下を持ちいろいろな仕事に取り組んでこられましたので、仕事をする上で何が大切でどうすべきかということは心得ていらっしゃると思います。それは私と大村さんとの10年以上の付き合いの中でも感じます。
ただ、今回、選挙の場合は、いろいろな事情の中でさまざまな動きがありました。ですから、選挙という独特のムード、これは私も何回か経験してきましたからよくわかりますけれども、そこでおっしゃったことがこれからの県政の遂行の中で必ずしも全くそのまま当てはまるのか、軌道修正がないのかということは、私は新知事さんは十分お考えの上でこれから進んでいかれるのではないかな思っております。明日、事務引継ぎもありますので、何かお考えを聞かせてもらえるのかと、今から楽しみにしています。 |
【記者】 |
明日からの大村新知事が、一丁目一番地に掲げられる県民税の10%減税ですが、それについて去られるにあたっての知事のお考えを伺います。また、この12年間で、やり残したこと、心残りのことがあればお伺いします。 |
【知事】 |
減税は、これもこの場で私繰り返し申し上げてきましたが、私のやってきた県政の中では、減税するゆとりはございませんという認識でした。未曾有の不況の中で県税収入が大幅に減り、まだ全く回復しておりませんし、しかも、行革はそれこそ雑巾を絞るようにやってまいりましたので、行革の余地もかなり狭まっております。したがって、減税はそうたやすいことではないと思いますが、県財政そのものの大きさからいうと、理論的に不可能ではありません。ただ、その分県民サービスを低下しないように、あるいは借金を増やさないようにするための知恵がどう出てくるのかということは大変難しい課題だと思います。しかし、政治家として、選挙で堂々と掲げられたことでありますから、これは新知事がおやりになるということであれば、うまくいくことを期待するほかございません。
それから、やり残したことは、考えてみれば、幾つでもあります。もっとあれもやりたかった、これもやりたかったというのは、きりのないことでして。ただ、私に与えられたこの期間の中での環境や条件の中では、精いっぱいやったのかと思っております。今から振り返ると、もっとあれもやっていきたかった、これもやっていきたかった、というものはたくさんありますけれども、私なりに精いっぱいやったという意味では満足をしていると思います。
いろいろな計画の中では、先ほど種まきという話もしましたけれども、今後、近未来にやるべきことの種はまいてきたつもりです。新知事がそれをきちんと継承して、芽を出していただければありがたいと思っております。 |