ここから本文です。

スペシャルコラム

綾戸智恵さん

綾戸智恵さんプロフィール
1957年9月10日大阪府生まれ。3歳からクラシックピアノを始め、幼少期からジャズやゴスペルと親しむ。17歳で単身渡米。91年に帰国し40歳でCDデビュー。2003年、紅白歌合戦出場。熱唱した「テネシー・ワルツ」が大きな話題となり、これまでに売り上げたCDの枚数は100万枚を超える。絶妙なトークと、ジャズを中心にした個性豊かな幅広いレパートリーのステージで多くのファンを魅了。母親の介護に専念するため一度は活動を休止するも復帰し、21年に94歳で看取るまで17年間、介護と向き合った経験を持つ。YouTubeでの自宅弾き語り動画「ジャズバーまいど」やPodcast「綾戸智恵のばば放談」でのおしゃべりが大好評。初のピアノインストルメンタルアルバム「My Favorite Song at Home」を配信リリース。2026年年明けにセルフプロデュースアルバムの発売も予定されている。
オフィシャルサイト https://www.chie-ayado.com/

更新日:2025年10月
取材日:2025年8月28日

パワフルな歌声と明るいキャラクターで周りに幸せなエネルギーを振りまくジャズシンガーの綾戸智恵さん。40歳という遅いデビューながらも、類まれなる歌声でまたたく間にジャズシンガーとしての地位を確立し、紅白歌合戦にも出場。“最もチケットが買えない歌手”の異名を持つまでになりました。しかし、人気絶頂の2008年、母親の介護のために活動を休止。09年の復帰後も介護をしながらの音楽活動が続きました。綾戸さんに、介護と向き合った日々についてうかがいました。

仕事を休止し母親の介護に専念したのは、私にとって自然なこと

 仕事が順調にいっている中で介護のために活動を休止したのは、やらなければならないことをやっただけ。家族の命を考えて、どうすればいいかを考えた結果です。だから、後年、自分の介護の経験を発信しようとか、そういう恐れ多いことは全く思っていません。ただ、色々な機会に私の介護の思い出話を聞いた方が、勇気付けられたと思ってくださったとしたら、それはとてもありがたいことだと思ってます。
 介護はこうした方がいい、なんて別に私はしっかり分かっている人間でもないし、偉い先生とテレビに出たときは、先生のおっしゃることの方がいいんちゃうかって思うし。専門的なことを話されたら、ちんぷんかんぷんになってしまいます。思うことはあっても、私が答えを持っているわけではないんです。介護を一生懸命している人たちは皆さん、自分で知恵を絞っておられる。親と子の関係もみんな違うから人それぞれなんです。
 やっぱり家族は大切です。時々、仕事第一とか言いますが、それはひとつの表現であって、家族は何にも代え難いと皆さん思っているはず。だから母親は大事です。自分の中での大切なものの順番は、決めろと言われても家族と仕事を一緒に秤にかけることがナンセンス!私は娘であり、母親であり、仕事として歌っている人。歌手だからって外から与えられた常識で判断されるのとは違うと思うんです。

一番ありがたかったのは介護職員さんが私の言うことに耳を傾けてくれたこと

 母の介護中はたくさんの介護士さんにお世話になりました。中でもありがたかったのは、私の言うことに耳を傾けて聞いてくれる人。そうでない人もいるんです。私が何を言っても信じてもらえない。他人から、こういう人なんだと思い込まれてしまって、何を言うても分かってもらえないと思うことありませんか?私、本当は違うねんけどなーって。
 そうなると「お母さまのことより、仕事行ってください」って介護士さんに言われることがありました。その介護士さんからしたら、私は浮世離れした歌手になっているんだろうね。娘という意識が無い。最初からそう決めつけてこられた方がいました。でも、それが世間。初対面で解決しようなんて無理なことだから。介護士さんに限らず、この人はこうだからって決めつけるんじゃなく、「どんな親子や?」「こんな風に思っているんや」と考えてくれる人、聞いてくれる人はありがたい介護をしてくれる人やと思います。
 でも結局はやっぱり、人と人ですね。母が他界して4年経った今も付き合いがある介護士さんもいるし、命日には毎回、電話をくれる人もいる。「今度は私やで!」って冗談言い合う人もおったりします。この間も「どないしてんの?」と聞いたら、「介護の仕事を続けていて、えろうなりましてん」と言っていました。私は「コンサート、観に来るか?」と声掛けてます。それくらい親しい人もいます。
 私も年齢を重ねると人間的にいろんなことが見えてくる。介護士さんも世間でたくさんのことを見てきてるから。そんな付き合いの中で人間関係もできてくるんじゃないでしょうか。

介護職員さんも支えてあげないと。しっかりと給料上げてください!

 介護士さんに限らず、どんな仕事でも自分のしたい仕事に打ち込めることが人の幸せじゃないかと思います。私なんかが介護士さんを応援するよりも、行政がもうちょっと頑張ってください。介護士さんが仕事やりやすくなるように、もっと上の方の人も考えてほしい。
 私はお客さんのおかげで歌えている。お客さんの気持ちに支えられているから、介護士さんも支えてあげないと。でも言葉だけではね。しっかりと給料上げてください。
 介護士さんにお世話になる方も、常に話し合って、介護士さんが仕事しやすいように、家族としても努力してみてください。
 私自身は、68になって益々母に近付きたいです。あのくらいええ死に方したいです。でも未だに母には負けたまんまです。全然追いつきませんわ。

閉じる トップページ