愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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長久手古戦場 附(御旗山/首塚/色金山) (ながくてこせんじょうつけたり(みはたやま/くびづか/いろがねやま))

分類 国指定
種別 史跡
所在地 長久手市武蔵塚202番外5筆
長久手市富士浦602番(富士社境内)
長久手市岩作字元門41
長久手市岩作字色金37-1
所有者等 長久手市
指定(登録)年 昭和14年(1939)
時代 桃山

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長久手古戦場(附 御旗山)

長久手古戦場(附 御旗山)

名古屋市の東方、長久手市の丘陵地帯にあり、天正12年(1584)の小牧長久手の合戦地である。首狭間は、最後の激戦地で同年4月9日、豊臣秀吉の先鋒、池田恒興父子、森長可等が徳川家康の軍と交戦戦死の地といわれる。字仏が根に恒興、字武蔵塚に子の元助、その西方数百mのところに長可の墓がある。それぞれに明和8年(1771)に建立の尾張藩勘定奉行と小納戸職による戦死者の追悼石碑がある。古戦場関連地は周辺にいくつかあり、御旗山は家康が旗をたてたところ、首塚は大字岩作にあって戦死者を安昌寺の雲山和尚が里人とともに手厚く葬ったところと伝えられる。また、色金山は首塚の北数百mの地にあって、家康がここに腰掛けて指揮したと伝えられる床机石がみられる。これらはそれぞれ附として指定されている。首塚、色金山には宝永3年(1706)に尾張藩士による漢詩入り石碑が建立されている。主戦場地は、郷土資料室など複数の施設をもつ古戦場公園として整備され、色金山は色金山歴史公園として整備されている。

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