愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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紙本白描絵因果経(巻第二上断簡)(しほんはくびょういんがきょう)

分類 国・重要文化財
種別 絵画
所在地 名古屋市博物館(寄託)
所有者等 聖徳寺
指定(登録)年 昭和55年(1980)
時代 平安

一巻 縦25.2㎝、横4255.4㎝
劉宋の求那跋陀羅訳『過去現在因果経』の経文を下段に書写し、上段に挿絵をえがいた、いわゆる絵因果経の断簡である。巻末には「過去現在因果経巻第八」と記されているが、経文の内容から言うと四巻本『過去現在因果経』の巻二上にあたる。大東急記念文庫にも、聖徳寺蔵本の直前に接続する断簡がある。この二つの断簡は、おおむね京都上品蓮台寺本絵因果経の後半と一致し、下段に書写された経文の内容はいわゆる四門出遊の後半以降にあたる。すなわち、太子が西門で死人を見て北門で比丘に会い、老病死苦を乗り越えるために出家修行することを決意して、父王に出家の許しを請うが、父王は出家を許さなかったという内容である。これに対して上段の絵画は、上品蓮台寺本の同じ経文の位置で比較していくと、かなりずれている。本作品の料紙は黄楮紙で、行ごとに縦の朱界線が引かれている。この朱界線は、承安五年~治承二年(1175~1178)にかけて尾張権守大中臣安長が亡女の菩提を弔うために発願し書写したという七寺一切経に見られる特徴である。また、本作品は絵因果経を書写するために、画面の中央に経文と挿絵を区分する朱界線を横に引いている。挿絵はすべて墨線で描かれ、上品蓮台寺本と比較すると、山岳・樹木などの山水表現は一切省略され、人物と建築物のみが写し取られている。しかしながら、建築物は概略的で、単純な箱の形に置き換えただけの素朴なものに変化している。人物も、ところどころ省略されたり、全身だったものが半身だけになってしまったり、顔の向きが変わってしまったりと、大きな改変が加えられている。本作品は古因果経・新因果経をあわせた絵因果経全体の制作事情や七寺一切経の成立事情など、さまざまな点で重要な情報を提供してくれる貴重な作品である。

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