愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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瀧山東照宮(たきさんとうしょうぐう)

分類 国・重要文化財
種別 建造物
所在地 岡崎市滝町字山籠117
所有者等 瀧山東照宮
指定(登録)年 昭和28年(1953)
時代 正保3年(1646)

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本殿

本殿

■指定理由

瀧山寺は、保安3年(1122)の創建と伝えられる天台宗の古刹である。境内の瀧山東照宮は、三代将軍家光の命により勧進されたものであり、日光、久能山とともに、東照宮三宮とされている。
現存の東照宮社殿は、正保3年(1646)8月に竣工したことが知られており、本殿のほか、拝殿・幣殿、中門、鳥居、水屋が重要文化財となっている。

■詳細解説

幣殿背面

幣殿背面

拝殿内部

拝殿内部

全景

全景

瀧山寺は保安3年(1122)の本堂創建を伝える天台宗の古刹であり、室町時代前期建立の仁王門と本堂が重要文化財の指定を受けている。3代将軍徳川家光は、三河は徳川家の本国で、岡崎は本城であるとして瀧山寺に東照宮を勧請(かんじょう)することを指示した。正保2年(1645)に着工、翌年に竣工したもので、同時期に境内も整備された。以後、日光、久能山とともに東照宮三宮のひとつとされた。
社地は、瀧山寺本堂の東方、小高い場所に二段に整地して設けられる。社地は石柵で囲まれており、下段に拝殿・幣殿(へいでん)、水屋、上段に中門と本殿が建つ。本堂東方に石鳥居が建ち、その北側に東面して水屋があり、北折した参道正面に拝殿・幣殿が建ち、さらに一段上がった正面に中門を開き、石柵に囲まれた中に本殿が建つ。
本殿は、入母屋造(いりもやづくり)、平入の社殿で、正面に向拝(ごはい)を付ける。屋根は銅瓦葺、棟には他の東照宮と同じく勝男木(かつおぎ)、千木(ちぎ)を置いている。内外ともに華麗な彩色が特徴で、外部は軒まわり、柱、板壁、縁が朱漆塗、建具は黒漆塗、長押や組物、桁には彩色の紋様を描き、所々花鳥の彫刻を置く。内部は内陣は板敷、外陣(げじん)は畳敷で内陣には彩色を施さない。附指定されている内陣の宮殿(くうでん)(厨子のこと)は、入母屋造で、外部は黒漆塗、内部は金箔押し、禅宗様(ぜんしゅうよう)を基本にした簡素な意匠である。
本殿の周囲は石柵で囲み前面に中門を開く。中門は、銅板葺きの平唐門(ひらからもん)である。禅宗様を採用し、扉は桟唐戸(さんからと)、彩色は、軸部は朱漆塗、組物まわりは紋様の彩色、軒廻りは黒漆塗とする。
拝殿と幣殿は一体で、拝殿は、入母屋造、銅板葺き、平入で向拝付き、拝殿の背面に突き出して切妻造の幣殿が取り付く。拝殿は円柱、幣殿は角柱である点が異なるが、床高や断面構成、彩色などは両殿で同一である。内法に長押を廻し、組物には彩色を施し、花鳥の彫刻を置く。床は畳敷、天井は格天井(ごうてんじょう)、彩色は本殿に準じている。
鳥居の北脇に建つ水屋は、小規模な切妻造、銅板平葺、吹き放ちの建物である。装飾は少なく全体的に簡素な建物である。花崗岩製、長方形の水盤も重要文化財に指定されている。この他、境内を取り巻く石柵や、慶安元年の年記の入る銅灯籠二基、板札(慶安4年4月)1枚、棟札1枚が附指定されている。石鳥居も重要文化財に指定されている。
瀧山東照宮の造営は、鳳来寺東照宮と同じく家光の指示により、造営時期も近い。鳳来寺東照宮は幕府大工頭を勤めた木原・鈴木氏によるが、瀧山東照宮も同系の工匠によるものとみなされる。彩色は華麗であるが、彫刻は限定的で、和様を基調として部材寸法や意匠は本殿と拝殿で共通する。寛永9年(1632)の作事方(さくじかた)設置以後、形式化していく幕府建築の意匠的な傾向を示す建築といえる。(溝口正人)

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