愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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花岳寺本堂(かがくじほんどう)

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 西尾市吉良町岡山山王山67
所有者等 花岳寺
指定(登録)年 平成14年(2002)
時代 江戸前期

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南西面全景

南西面全景

■登録理由

吉良氏の菩提寺となった臨済宗寺院本堂。入母屋造、桟瓦葺で、六間取りの典型的な形式をとるが、仏壇の構えや木割が細い点に古式を伝える。建具等一部に改造はあるが主要材はほとんど当初材が残り、17世紀後期における地域の禅宗本堂を知る上で重要な遺構。

登録の基準 造形の規範となっているもの

■詳細解説

中間西北側

中間西北側

花岳寺は臨済宗の寺院で当地の領主である公家筆頭の吉良家の菩提寺である。吉良家の外護(げご)により現本堂は貞享元年(1684)に建築されたことが棟札により分かり、虹梁(こうりょう)の絵様(えよう)はその時代の様式を示している。大工棟梁は尾張国知多郡大井村大工、藤原朝臣山下吉衛門である。
入母屋造(いりもやづくり)、桟瓦葺で六間取りの典型的な方丈形式の仏堂の平面とし、仏壇の構えや木割が細い点で古式を持つものとされていたが、平成14年(2002)度の修理工事の際の調査で、復原すると仏壇は半間で背面が縦板張りの壁となること、仏壇の背面は半間の暗室となり、中世の「眠蔵(みんぞう)」の名残りではないかと考察され、また、現在下間(げかん)と呼んでいる西側が、当初は上間(じょうかん)で北側の八畳間には西側に特別な部屋があったことなど臨済宗方丈形式の仏堂として古式をもつことが明らかにされている。小屋組は後補のもので、現在瓦葺であるが、当初は茅葺か、板葺であった可能性がある。
尾張地方の17世紀後期の臨済宗方丈形式仏堂の遺構として建築年代も明確で貴重な例である。(長谷川良夫)

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