愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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興禅寺本堂(こうぜんじほんどう)

分類 国・登録文化財
種別 建造物
所在地 犬山市羽黒城屋敷16
所有者等 興禅寺
指定(登録)年 平成18年(2006)
時代 明治31年(1898)

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外観

外観

■登録理由

南面して建つ。六間取平面で、南・東・西の各面に入側を廻し、四周切目縁付で、背面に後堂を出す。出組、二軒で寄棟造の屋根を架け、四周に舟肘木、二軒の下屋を廻す。方丈形式の本堂では珍しい二重屋根の堂々たる外観を構成し、地域の景観の核となっている。

登録の基準 国土の歴史的景観に寄与しているもの

■詳細解説

内部

内部

当寺は、承安4年(1174)梶原平三景時の開基と伝え、当初「光善寺」という真言宗の寺であったが、文明11年(1479)天関宗鶚禅師を招請し、妙心寺聖沢派の開祖東陽英朝禅師を勧請開山として、臨済宗妙心寺派に改宗したという。元は羽黒の西方450メートルの興禅寺山にあったといい、今の羽黒城跡に移ったのが慶長7年(1602)とされる。本堂は明治13年(1880)に着工し、明治31年(1898)に完成したものであり、大工は竹中藤右衛門一門の仕事である。その後、大正9年(1920)に補強工事が行われていることが墨書より判る。
本堂は、桁行5間、梁間5間、二重屋根、寄棟造、桟瓦葺の大型の堂で南面する。間取りは、正側3方に広縁を廻し、その奥に前後2列横3室を配する整形6室型で背面に後堂を設けている。内陣では須弥壇(しゅみだん)を置き、両脇に脇仏壇を配する後門形式をとる。柱は須弥壇のまわりにある来迎柱(斗きょう出組)を除き面取角柱で、内法長押を廻し、内法上には「室中(しっちゅう)」と「上・下の間」境に竹の節欄間、「内陣」正面に筬欄間(おさらんま)を入れる他は小壁とするなど平面では臨済宗本堂の方丈形式を踏襲しながら、外観では二重屋根を構成するなど、近代の力強い息吹が感じられる堂々とした本堂である。(杉野 丞)

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