愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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寳泉寺書院(旧服部家住宅書院)(ほうせんじしょいん(きゅうはっとりけじゅうたくしょいん))

分類 国登録
種別 建造物
所在地 津島市池麩町2
所有者等 寳泉寺
指定(登録)年 平成20年(2008年)
時代 明治期/昭和5年移築

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外観(南から)

外観(南から)

■登録理由

境内北東隅に位置し、南側の庭園を挟んで建つ本堂や庫裏と廊下で繋ぐ。桁行15m梁間6.1m規模、木造平屋建、入母屋造桟瓦葺。座敷と次の間、茶室の3室を東西に並べ、三方に縁をまわす。面皮柱や磨き丸太の長押を用いるなど、丁寧なつくりの数寄屋風書院。

登録の基準 造形の規範となっているもの

■詳細解説

外観(北東から)

外観(北東から)

座敷

座敷

寳泉寺は、浄土宗西山派の寺院で、開創は天文年間(1532~55)といわれる。明治24年(1891)の濃尾地震では、寳泉寺の所在する津島地方も大きな被害を受けた。寳泉寺も例外ではなく本堂などが倒壊した。『津島町史』(昭和13年(1938))によると、明治25年(1892)年に仮本堂が、同26年(1893)に山門及び庫裏が再建。また、同44年(1911)には鐘楼が建築された。その後、昭和4年(1929)、地蔵堂及び弁財天堂が建築され、次いで、書院再建や仮本堂改築が課題となった。
寳泉寺書院は、津島に笹秀という肥料商を営む服部秀助家から、昭和5年(1930)に移築したものである。笹秀は、代々服部秀助を襲名しており、寳泉寺に書院を移築したのは5代目服部秀助(1871~1964)によるものである。彼は、昭和5年(1930)が先代の23回忌にあたること、また、自ら檀家総代でもあることから、書院を自宅から移築して寄進した。建築年代は、濃尾地震により大半の建物が倒壊していること、また、屋根裏に金物を使用し、耐震補強が行われていることから、明治中期(濃尾震災直後)の再建と考えられている。
建物は、木造平屋建、入母屋造、桟瓦葺で、座敷、次の間、茶室、控の間、水屋からなる数寄屋風建築である。西側の控えの間は、移築時に増築されたものである。三方には廊下が廻り、その桁は1本丸太を使用、床は部屋側の半間分は畳敷き、それ以外は板敷きとする。また、天井は磨き小丸太と小割の角材を交互にあしらった化粧屋根裏となっている。
座敷は、床の間、付書院、床脇のある数寄屋風書院となっている。付書院窓には横桟を吹き寄せにした竪繁(たてしげ)組障子をたて、書院欄間は桐の一枚板を用いる。廊下境には腰付き障子を、次の間境には襖をたてる。廊下境の欄間は障子、次の間との境を板戸欄間としている。茶室は、北側に一間幅の畳床を設けている。床の間の東壁と、廊下側半間には下地窓を開け、残り一間半を腰付障子戸としている。茶室北側の水屋との境には襖をたてている。

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