愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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伊藤家住宅座敷機石荘(いとうけじゅうたくざしききせきそう)

分類 国登録
種別 建造物
所在地 津島市橘町4-70
所有者等 個人
指定(登録)年 平成21年(2009年)
時代 昭和18年頃

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座敷機石荘

座敷機石荘

■登録理由

庭園の北端に南面して建つ。木造平屋建で、東西棟の入母屋造桟瓦葺とする。八畳と六畳を東西に並べ、三方に縁をめぐらす。八畳の主室はトコ脇を踏込板とし、書院を平書院とするなど簡明な意匠でまとめ、欄間には機織機などの家業に因んだ図柄を透かしに彫る。

登録の基準 造形の規範となっているもの

■詳細解説

現在、蕎麦処水鶏庵(くいなあん)として利用されている伊藤家住宅は、日本庭園と茶席等で構成されている。これらは、元々、伊藤新左衞門の住宅として整備されたものである。
伊藤新左衞門(明治37年~平成9年(1904~97))は、愛西市(旧海部郡佐織町)で生まれ、藍商、毛織物商の店員を経て、昭和6年(1931)、伊藤新商店を構えた。さらに、昭和11年(1936)、製造業に進出、伊藤新毛織株式会社社長に就任する。戦時中、一時中断したが、昭和23年(1948)伊藤新産業株式会社を設立し、毛織物製造を再開した。伊藤新左衞門は、経営者だけでなく、戦後は、幼稚園の設立を支援するなど教育者としても社会に貢献している。また、彼は美術品収集、茶道などを嗜むなど、風流人でもあり、複数の茶席を持つに至った。伊藤新左衞門は、昭和6年(1931)に伊藤新商店を構えた後、昭和7~11年(1932~36)、自宅と蔵を新築している。これが伊藤家住宅整備の始まりである。
座敷機石荘(きせきそう)は、昭和17~18年(1942~43)頃、名古屋市中区にあった料亭円山から移築、洋館の自宅西側に建つ。木造、平屋建、瓦葺、入母屋造で、下屋庇を持つ。平面は、8畳と6畳の次の間で構成されている。8畳の間には、1間の床の間と床脇が付き、床の間は畳床で、平書院が付く。

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