愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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飯盛山経塚出土品(いいもりやまきょうづかしゅつどひん)

分類 県指定
種別 考古資料
所在地 豊田市足助町(豊田市郷土資料館)
所有者等 豊田市
指定(登録)年 昭和31年(1956年)
時代 平安
飯盛山経塚出土品

飯盛山経塚出土品

山頂の一角に築造されていたという経塚の出土品で、平安時代末期の銅鏡と鉄製刀子である。銅鏡の大きさは面径10.9㎝、直刀状の刀子の長さは16.3㎝を測る。大正13年(1924)秋、飯盛山の整備開発のため森林公園造成が行われた際に、飯盛城本丸跡とされる山頂の巨岩の間から出土した。
鏡は薄手の青銅製で、細縁が僅かに外傾し、外区・内区を区切る界圏を無視して全面に文様が鋳出されている。すなわち円圏状に秋草を配し、草むらに遊ぶ兎とその上を飛ぶ二羽の雀が描かれ、「秋草遊兎双雀鏡」と呼ばれる複雑な写生的絵模様を表現していて藤原期の特徴をよく示している。刀子は一断片とともに腐蝕が激しいため、原形は知りがたいが、直刀状の幅広いものと推定されている。
飯盛山は巴川と足助川の合流点にある標高254mの独立丘で、眺望も開けているところから山頂に経塚が営まれたとみられるが、信州や東三河への街道を抑える交通の要衝でもあり、鎌倉時代から南北朝時代にかけては足助氏、戦国時代には鈴木氏が居城を構えていた。現在もその中世城砦の姿をよく残していて、飯盛城跡として昭和31年に県指定史跡となっている。
経塚の周辺ではその後、経典を納めたとみられる陶器片が数点採集されている。

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