愛知県の国・県指定文化財と国の登録文化財

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手呂の銅鐸(てろのどうたく)

分類 県指定
種別 考古資料
所在地 豊田市陣中町(豊田市郷土資料館)
所有者等 豊田市
指定(登録)年 昭和55年(1980年)
時代 弥生
手呂の銅鐸

手呂の銅鐸

昭和46年(1971)6月豊田市手呂町の宅地造成中に発見された銅鐸で、高さ98cm、鈕高26.5cmの大きさである。出土地点は、矢作川の小支流岩木川が形成した小支谷にのぞむ丘陵の北側斜面、標高およそ69mのところであった。発見時にブルドーザ一によって鰭の一方を削り取られてしまったが、そのことから鰭を上下にした横向きの状態で埋められていたことがわかる。総高1m近いこの銅鐸は三河と遠江を中心に東海地方に広く分布する三遠式銅鐸と呼ばれるものの中でも最大に属するものである。
鈕は小判型の大きなもので、突線帯が二重に巡るところから突線鈕式と呼ばれるが、外縁の突線帯は、鰭にかけて鋳出されている。鈕の文様は、内向する鋸歯文帯が二列あり、さらに沈線文、綾杉文、重弧文帯と続く構成で、鰭の側縁には、上・中の2か所に双頭の飾耳が配される。下段の飾耳は鰭の下部が古くに欠けたため現存しない。鐸身は、3本組の突線文を軸に斜格子と綾杉で構成される袈裟襷文が縦横に巡らされ六区画の無文部を作り出している。片方の鰭部がすべて削られ、鐸身も大きく破損しているが、全体の形状はよく留める。出土地点と埋納状況が明らかな点で貴重であり、弥生後期の当地域の稲作農耕社会を考える上で重要な資料である。

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