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第26回愛知まちなみ建築賞の受賞作品について
第26回愛知まちなみ建築賞 受賞作品(7作品)

総評
武藤隆委員長
平成5年から始まった愛知まちなみ建築賞は、今年で26回目を数えるが、この賞も今回が平成としての最後の回となる。将来、愛知の建築文化を振り返った時、ある一時代の記録や価値観の縮図としてのこの愛知まちなみ建築賞の蓄積は、有意義なものとなるに違いない。
今年度は、県内各地から68作品の応募があった。愛知県の「人にやさしい街づくりの推進に関する条例」に適合しないもの3点を除外して、65作品を審査の対象とした。地域ごとでは、名古屋市が29点、尾張地域20点、西三河地域14点、東三河地域2点となっており、昨年度とほぼ同様な分布であった。1次選考では、この中から19点を2次選考対象作品とした。11月2日に行われた2次選考では、作品ごとの詳細資料・図面ならびに現地撮影した映像資料などを用いて選考委員による討議を行い、7作品を選定した。
受賞した個々の作品についての詳細は各委員の講評をお読みいただきたいが、今回の審査全体で特筆すべき点としては、受賞作品のほとんどがリノベーションや増築、歴史的建築物の保存など、「再生」に関わるものであったことだ。『House NI -裏とオモテと境界-』のように既存の一戸建ての住宅を耐震補強や減築という手法でリノベーションしつつ、まちとの関係を再解釈したものや、『クリばこ』と「パンとみんなとしげんカフェ「ソーネおおぞね」』のように、コンテクストの強い既存施設の一画だけを新たなプログラムとともにリノベーションしたもの、その一方で『広小路クロスタワー・旧名古屋銀行本店ビル』のように都心での歴史的建築物の保存と大規模な再開発を共存させたものや、『dog salon GRUM』のように不揃いな街並みの中におけるささやかではあるものの効果的な増築など、手法の違いや規模の大小、ロケーションの違いなどその個々の状況はさまざまではあるけれども、プログラムや設計における「再生」への意思と提案とがこのように結実すれば、新築だけではできない良好なまちなみを形成することのできるもうひとつのあり方であるという示唆を与えてくれている。その反面、単なる新築の建物とは違うこれらの対象物の審査には、「まちなみ建築賞」ならではの様々な評価に対して議論が生じ、受賞作品の決定までに混迷を極めたことも事実として記しておく。また、直接「再生」に関わるものではなかったが、銀行という閉鎖的になりがちな施設を街区に対して開放的なものとしている『岡崎信用金庫 名古屋ビル』や、港湾地区の文脈を生かしつつ快適な環境と景観を形成している『名古屋市営金城ふ頭駐車場』も高い評価を得た。
平成最後となる今回の「まちなみ建築賞」では、これから訪れるであろう、スクラップアンドビルドや右肩上がりではない新しい時代において、残すことと新たに作ることのバランスがいかに「まちなみ」に重要な影響を与えるかということに対しても、大きな示唆を与えてくれている。恐らく、今後の「まちなみ建築賞」では、新築の建築よりもむしろ、「再生」に関するものの応募がより一層増えていき、そこでの「まちなみ」への提案こそが、次の時代の新たな評価軸や価値観となっていくことだろう。
受賞作品 講評

【鈴木文人(2017)】
主要用途 金融機関事務所
所在地 名古屋市中区栄一丁目
建築主 岡崎信用金庫
設計者 株式会社 日建設計
施工者 小原建設株式会社
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【講評】海田肇委員
名古屋市中区、特にこの伏見エリアや栄エリアではまちが急速に生まれ変わろうとしており、役目を終えた建築物が姿を消し、また新たな景観となってまちなみを形成している。
名駅と栄を東西に走る三蔵通と、名古屋城から大須へ南北に走る御園通の交差する場所に新たに姿を見せたこの建築物は、一見外装のアルミキャストスクリーンにより洗練されすぎた印象を受けるが、「麻の葉」をモチーフとした伝統和柄の採用により御園座エリアの持つ和の雰囲気に不思議と馴染んでいる。
昼間は数本の柱により支えられた上部のインパクトに目を奪われるが、辺りが暗くなるとまた違った様相を見せる。地上2階まではガラススクリーンにより内部の光が漏れ出し、上部は闇に溶けたアルミキャストスクリーンが、静かに華やかに光の演出をし、歌舞伎演芸場界隈を道行く人を楽しませている。
閉鎖的になりがちな銀行建築が美しくそこに存在し、積極的にまちに開いていった結果、このエリアのまちなみを形成する一つのファクターとなっており、これからの銀行建築のあり方に可能性を感じられる作品となっている。

【新建築社写真部(2018)】
主要用途 クリエイティブラウンジ、事務所、駐車場
所在地 名古屋市中村区名駅南
建築主 近喜ビルディング株式会社
設計者 有限会社 タイプ・エービー
施工者 株式会社 日東建設
利建T・S 株式会社
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【講評】太幡英亮委員
「都市の魅力度2年連続最下位」といったニュースを聞くことが多い名古屋である。その調査の妥当性は別として、そうしたイメージを与えてしまう大きな要因のひとつに「まちなみ」があるように感じる。日常的に、または来訪者として都市を歩き、佇み、楽しむ空間という観点からすると、愛知・名古屋の「まちなみ」はやや頼りない。それはひとえに、移動の効率性を重視し、自動車、道路や駐車場を優先した都市空間の現状によるのではないか。その意味で、都心部の立体駐車場の1階をリノベーションして、「まちなみ」として見えるものを「車」から「人々の集い」に変えた「クリばこ」は象徴的である。愛知・名古屋の風景を変えていく、とても小さな取り組みであり、大きな可能性を秘めたモデルである。
評価のポイントはこの波及性・発展性にあった。異種用途区画でオフィスやラウンジスペースをつくり、シンプルなガラスのファサードと、床には楽しいペインティングが施された。立体駐車場の1階が変わるだけで人々が歩く「まちなみ」に与える効果は絶大である。この小さな取り組みが広がり、弱みを強みに反転し、愛知・名古屋らしい個性を作り出していくことを期待したい。

【太田拓実[太田拓実写真事務所](2016)】
主要用途 店舗併用住宅
所在地 岡崎市鴨田町北浦
建築主 河内 義博
設計者 畠中啓祐建築設計スタジオ
設計監修 スキーマ建築計画
施工者 箱屋
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【講評】𠮷元学委員
盛り盛りの「インスタ映えする建築」がもて囃される一方で、違った価値観を持った建築に出会えた。岡崎の大樹寺という歴史ある寺の近くであり、道は昔のままうねっているのだが、今ではありふれたアパートや住宅が建っている。この建築を写真で見たときには周りの街並のことなど考えていない「歪が目立つ」「カッコ悪い」建物でしかないと感じた。 建築とは合理的な設計条件を満たすだけでなく「プロポーションが良く」「カッコ良く」なければいけないと教育されてきた者には理解できなかった。既存の住宅に増築したのだが、何でこんなにのっぽなプロポーションなのだろうか?実際に見てみると折版のフラットルーフが不思議と街と合っている。高い階高によって既存の街路と関係性が生まれ、使い手と街とのプライバシーも成り立ちそうである。この街に異物として挿入されているのだが、一面この街のルールにも則っている。この街の建物がさまざまな環境に置かれている人々の「総体」を表していると考えると、さまざまな形で現れてくる建物を積み上げていく手法が必要なのかもしれない。百聞は一見にしかずであった。

【新名清[株式会社 エスエス 名古屋支店](2017)】
主要用途 駐車場
所在地 名古屋市港区金城ふ頭二丁目
建築主 名古屋市
設計者 株式会社 竹中工務店
施工者 株式会社 竹中工務店
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【講評】森真弓委員
金城ふ頭エリアは、名古屋市が「モノづくり文化交流拠点」として、名古屋の新たな「名所」づくりを行ってきたエリアである。テーマパークや商業施設、スポーツ施設などが集まり、賑わいや魅力を発信する。その大量の来訪者に対応するため、中央緑地公園跡地に、約5000台を収容する日本最大級の大型立体駐車場が作られた。名港中央インターチェンジと直結し、内部通路経由で金城ふ頭駅と各施設への歩行デッキを繋ぐ。
東西面に施されたルーバーには、この地域では馴染みのワイヤーを用い、圧迫感を抑えるのと同時に、緑化の誘引材を兼ね西日侵入を抑える機能を持たせた。ルーバーの縦糸と駐車場側に張り巡らされた横糸とで、壁面に緑が織り込まれ、かつてよりそこにあった緑の記憶を引き継ぐ。対して南北面は、300mと長く現れる階層をそのまま見せ、そこに並走している高速道路と呼応させた。歩道側からと車道側からの目線に対して大胆に印象を変えており、巨大なボリュームを感じさせない。無機質になりがちな立体駐車場が多い中でも、この作品はエリアの玄関口にふさわしい、豊かで魅力的なまちなみを形成することに成功している。

【1-1 Architects 一級建築士事務所(2017)】
主要用途 専用住宅
所在地 知立市
建築主 I氏
設計者 1-1 Architects 一級建築士事務所
神谷勇机+石川翔一
施工者 平田建築株式会社
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【講評】北川啓介委員
新築による建築物とは異なり、親が長らく子育てしてきた住宅は、家族の愛着や記憶に満ちており、その時間、その場所を経てきたからこその住まいや住まい方を実現することも可能である。一方で、欧米と異なり地震も多く湿度も高い日本においては、度重なる建築基準の改訂が示すように、住宅の寿命はそれほど長くはなく、耐震性、断熱性、気密性、遮音性といった、新築時から半世紀近くを経たからこその特有な課題が併存する。
House NI -裏とオモテと境界-は、そうした双方の要請を巧みに取り込み、少子高齢化へ向かう時代の地方都市の市街化調整区域における状況を受け入れた秀作である。未来のまちなみへ積極的に関与していく建築物のあり方を、歴史を経た小さな住宅から指し示している。人の視界にそびえたちやすい鉛直方向で施される一般的な耐震補強ではなく、既存の天井面の建築内部の水平方向の耐震補強を活用することで、住宅の二階の外壁面の四周をガラス面として既存の小屋組みやスケールなどの長き記憶をまちなみへ開放している。遷りかわる社会状況を敏感に察知し、ただ建てるだけではない、より理想的な建築とまちを探究する姿勢を高く讃えたい。

主要用途 障がい者就労支援施設
所在地 名古屋市北区山田二丁目
建築主 社会福祉法人 共生福祉会
設計者 LLC 住まい・まちづくりデザインワークス
施工者 アイシン開発株式会社
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【講評】生田京子委員
本計画は築45年程の団地の1階に設置された地域交流拠点である。周辺には同様の古い団地が多く、高齢化も進み空き部屋も目立ち始めていると言う。スーパーが撤退してシャッターが連なっていた場所に、こうして地域のニーズにあわせた交流拠点が開かれたことが高く評価される。日用品の販売・障がい者の就労の場にもなるカフェ・イベントスペース・生活相談窓口などが設けられ、今後も高齢者が増加することが予測される中、安心をもたらす拠点となっている。なお審査の過程では「まちなみ」とは何を指すのかと言う議論があった。狭義に捉えれば、建物外観に表出する建築的なデザインと街の連続性を指すことになる。その意味だけで捉えると西面などの扱いについて一部厳しい意見も見られた。しかし広義で捉えれば、本計画は今後周辺の街を変えていく、新たなきっかけになる重要な計画ではないかと言う多数意見により「まちなみ」賞に値すると評価された。
【株式会社 エスエス 名古屋支店(2018)】
主要用途 (広小路クロスタワー)事務所、店舗、駐車場
(旧名古屋銀行本店ビル)集会場
所在地 名古屋市中区錦二丁目
建築主 名古屋デベロップメント特定目的会社(三菱地所株式会社)
積水ハウス株式会社
設計者 株式会社 三菱地所設計
株式会社 竹中工務店
施工者 株式会社 竹中工務店
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【講評】柳澤講次委員
「広小路クロスタワー」新築と歴史的建造物「旧名古屋銀行本店(現在三菱UFJ銀行)ビル」の保存改修を目指したプロジェクトである。
古い建築物は人々が利用して、何らかの結果、または経済的な効果が無ければいずれは取り壊される。それができずに取り壊される古い建物はいくらでもある。他の芸術と違い存在しているだけで多額の維持費がかかる。再生の難しさはそこにある。
このプロジェクトは高層ビル「広小路クロスタワー」との組み合わせで見事にこれらの難問を解決している。特に旧名古屋銀行本店ビル(コンダーハウス)は栄・広小路地区の特色をさらに鮮明にした。今まで静かに閉まっていたその玄関扉、前を通っても何も感じなかった。しかし建物の扉が開き、その前にメニュ-板が置かれると、広小路を歩くのが楽しくなる。誰もが「鈴木禎次の建築」を味わい、92年前の世界が体験できる。
素晴らしい建物に生まれ変わった。今後このような本当の意味での再生がどんどん実現することに期待する。
問合せ
愛知県 建設部 公園緑地課 景観グループ
電話:052-954-6612(ダイヤルイン)
内線:2669、2678
E-mail: koen@pref.aichi.lg.jp