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第29回愛知まちなみ建築賞の受賞作品について
第29回愛知まちなみ建築賞 受賞作品(8作品)

総評
太幡英亮委員長
まちなみとは、空間的・時間的な広がりを持つ概念である。即ち、視覚的にある地点から一望できる様な建築景観とは限らず、また、単一の建築プロジェクトの様にある時点で完結したものとも限らない。
単に「まちなみ」でも「建築」でもなく「まちなみ建築」を冠した本賞では当初からその評価軸が議論されてきた。しかし、これまでの受賞作品は結果的には、ある地点から一望できる、ある時点で完結した建築またはまちなみに与えられてきた。実際の建築行為は社会的にも時・空間的にも制約の中で行われるし、過去5年間の完成という応募条件が付されることで、応募作品も必然的に時・空間を限定したものに限られてきた。
今年のまちなみ建築賞は、この点での評価軸を問い直す重要な機会となった。具体的には、「三河・佐久島アートプラン21」を対象とした議論である。
改めて、本賞の4つの選考基準を確認すると、評価の対象に緑化やせせらぎの空間創造から、開放ギャラリーまで含む、とても視野の広い開かれた基準となっている。佐久島の各所の自然、緑や水や風や波音と一体となって、この土地の持つ多様な魅力に気づかせてくれるアートプロジェクトの多くは、土地から切り離して存在し得ない建築的な作品であり、集落を含む島全体は開かれたギャラリーでもある。これまで20年にわたり、また今後も続いてほしい継続的な蓄積は優れた「まちづくり」であり、「まちなみ」を周囲の自然環境を含めた総体として捉えることを促す、現代的な意味を持つものであったと考えている。審査委員会での議論を経て最終的には、審査員の総意をもって「特別賞」を設置し、授与するという結論に至った。
今年は他にも、自然との関わり方を積極的に提案したものが評価された。駐車場跡地を開かれた広い緑地に転換してグローバル企業としての覚悟を示した「トヨタ紡織グローバル本社」、単純な平面が積層された高層マンションが並ぶ都心部に、立体的な緑のオープンスペースを組み込んだ「RESIDENCE FUJIMI」、洪水による浸水域が広がる濃尾平野において3mの想定浸水高さにもう一つの小さな地盤をつくった「土間の屋根 棲家の床」などである。また、減築によって坂道からの視軸を創造し町との関わりを再生した「浄土宗 乗林院 庫裏」、寄棟の伝統的建築構成を反転させて、住宅が隣接する地域で縁側を意味のあるデザインとして再創造した「豊川の家」なども含め、いずれも広域での環境条件を背景に、既存の地域環境にも丁寧に向き合い、さらに、新たな建築の形式を提示するような力強い「まちなみ建築」作品であった。
最後に一次審査からの経緯を報告する。例年と同程度の計65点の応募作品から、書類審査を通じて選ばれた21作品について動画を中心とした二次審査を行い、実物を確認した委員の意見も踏まえて議論を行い8点の受賞(内1点が特別賞)を決定した。冒頭で記した通り、評価のスタンスが問われ、しかし議論を通じてその間口を拡張できた今年のまちなみ建築賞を経て、第30回を迎える来年は、さらに充実した応募作品が集まることを期待したい。
受賞作品 講評

【TUNA Architects(2021)】
主要用途 住宅
所在地 豊田市稲武町
建築主 一般財団法人古橋会
設計者 TUNA Architects
施工者 誠和建設株式会社
first-hand
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【講評】澤村喜久夫委員
稲武町は江戸時代から明治時代にかけて中馬街道の中継地として栄え、今も風情のある古いまちなみが残されている。築100年をこえる木造3階建てで、かつては商店だった空き家を、住居・ゲストハウス・家具工房にリノベーションした作品である。
敷地は名倉川に架かる旧稲武大橋のたもとにあり、家屋は道路と高低差のある川辺の地盤に建つ。正面入り口は2階のレベルにあり、通りからは2階建てに見える。屋根は切妻平入、軒先は通りに沿って建ち並ぶ家屋の軒に揃う。正面を引き違いサッシとし、往時と同様に通りに開いたファサードはまちなみに調和し、地域の特色ある景観を伝えている。
西妻面では川辺に面して大きなサッシを設け、川辺の銀杏の木や鉄骨アーチ橋の美しい風景を建物に取り込んでいる。南側の通りに面する窓に加え、西妻側にも窓を設けたことで、木橋跡の石積み、人馬改め所跡などを往時の目線で見ることができる。
リノベーションはこの建物が持つ歴史と向きあうことであると同時に、この地域の過去の風土・文化を今に繋げてくれる。この施設が地域に住まう人とこの地を訪れる人を結び、地域文化の継承に繋がる拠点の一つとなることを期待したい。
【渡辺亮太 建物写真店 (2020】
主要用途 寺院(庫裏)
所在地 知多郡東浦町大字緒川
建築主 宗教法人 乗林院
設計者 株式会社 万木和広建築設計
施工者 東浦土建株式会社
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【講評】向口武志委員
築300年を超える庫裏の改修プロジェクトであり、審査において、単なる一建物の改修に留まらず、地域景観に好ましい影響を与えている点が高く評価された。
伝統的な庫裏は大型民家の系譜にあり、内部に土間のある広間を支える骨太の柱梁をもち、外観は大きな妻面を正面として建つ象徴性の高い建築である。堅牢だからだろうか、民家より古い時代の建物が各地に残されているが、僧侶の生活空間として使われている建物であるため、文化財として保存されるものは少ない。
本建築はこうした庫裏を改修して使いつづける取り組みであり、改修に際して妻面の前にあった後補の建物を除去し、かつての姿に近い形に戻した。それは東浦の「おじょう坂」の景色を思い起こさせるものであり、一つの建物の再生を通じて「地域の原風景」を現代的に再生したとして評価することができる。
景観保全という観点からみると、優れた設計例ほど、建物は地域に馴染み、突出することはない。欧州の諸都市では見慣れた設計手法であるが、日本ではそうした設計例は数少ない。修景を意識した建築がより評価されることを期待したい。

【YASUKO OKAMURA [株式会社VA] (2018)】
主要用途 専用住宅
所在地 名古屋市北区西味鋺
建築主 種村 剛英
設計者 ウタグチシホ建築アトリエ
施工者 株式会社ARK工房
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【講評】船橋仁奈委員
洪水災害の影響を強く受けるエリアに計画された新築住宅である。防災という観点から、敷地の見えない特性を浮き彫りにし、それを一つの住まいのかたちとして昇華させている。本計画は、「個人がまちなみに対して、いかに寄与できるのか」という問いたてをするとともに、まちの一部であることをしごく自然に印象付けているのである。
審査を通じて、改めて住宅建築がまちなみ形成に果たす役割について考えた。特に個人住宅においては、それをまちなみとしてどのように位置づけ、評価すべきなのかが論点となる。河川氾濫危険区域である当該エリアにおいて、現代版高床式住居というべき佇まいは、まさにエリアの地域性を体現する建築であると言える。防災的観点から生まれたこの住まいのかたちは、近隣住民に防災意識を芽生えさせるとともに、新たなランドスケープをつくり、そして人々の多様なアクティビティの受け皿にもなる。水と共に生きる人々の生活に寄り添い、水害への対策と現代的な住まい方を丁寧に統合したこと、そしてまちなみ形成における周辺地域への展開性をも示唆していることなどが高く評価された。

【田中克昌[KATSU TANAKA Photography](2021)】
主要用途 専用住宅
所在地 豊川市東新町
建築主 藤原 大和 ・ 藤原 温子
設計者 class archi 株式会社
施工者 株式会社荒川工務店
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【講評】谷田真委員
まちなみと住宅のあり方は密接に関連している。街区や街路のパターンに影響を受けた住宅形式の反復がまちの風景を作り出す。この住宅は、豊川稲荷の近傍、以前は商店が建ち並び賑わいを見せていたという通りを一方に含む東西二面に接道し、両側を2階建ての建物に挟まれた土地に建つ。そんな環境から導かれた2枚の大屋根を持つ住宅の佇まいに高い評価が集まった。
2枚の大屋根は、寄棟屋根を二分割し、その断面側を隣家の壁側へ反転させ、対峙させることにより形づくられている。この操作により、まちとの連続感や深い軒下空間、敷地中央に路地の様な中庭が生み出されている。内部空間では、生活の場をシンプルに配置しながらも、リビングを覆う大屋根の船底部分を軒下空間にまで視覚的に連続させることで、暮らしの一部をまちへとにじませるとともに、プライベート空間との 境界となる中庭を、くさびが打たれる様に街路へと開くことで、周辺の路上園芸と緩やかにつながっている。
このように、大屋根の操作から生まれた空間構成と、そこから派生する豊かな暮らしの場は、新たな住宅形式をつくり出しており、良好なまちなみをつくっていくためのヒントになると言えよう。

【株式会社ナカサアンドパートナーズ(2020)】
主要用途 事務所
所在地 刈谷市豊田町
建築主 トヨタ紡織株式会社
設計者 株式会社 竹中工務店
施工者 株式会社 竹中工務店
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【講評】夏目欣昇委員
約100年間かけて、いわゆる工場景観が形作られてきたエリア。従来的なモノのための「閉じた場」から人に向けた「開いた場」へと転換を図り、時流を先んずるランドスケープの構築を見事に実現した事例である。この地へのこだわり、豊田綱領の精神がにじみ出している。大浜街道と市役所前の通りとが結節する正面口には杜を設えており、まちなみを敷地の中にまで取り込んでいる。その奥にはかつての工場棟を思い出させるれんが壁・のこぎり屋根の低層部があり、そして、企業のアイデンティティを表象する平織状に編まれたスクリーンを纏う主屋が背後に控える。重層的で奥行きのある風景を創りだすことで、単調になりがちな街と工場地との関係を脱却している点が魅力的である。また、創業時から在る建物を前面に移設し歴史展示館として開放、展示スペースには自社技術を応用した天井膜を設置、創造性を育むウェルネスオフィスの提供、など内外空間全体からこの場が担う伝統と未来が感じられる。街の中心部に対して、企業市民として積極的に関わる姿勢は、これからの「まちなみ」をリードするものであり、その取組が共有されることで評価は更に高まるだろう。

【谷川ヒロシ[トロロスタジオ](2021)】
主要用途 事務所・一部店舗
所在地 長久手市勝入塚
建築主 長久手市
設計者 株式会社 東畑建築事務所
+株式会社ナノメートルアーキテクチャー
一級建築士事務所
施工者 株式会社服部工務店
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【講評】森哲也委員
住民の平均年齢が日本一若いまちとして知られる長久手市を横断するリニモの長久手古戦場駅の駅前に建てられた本建築は、長久手の玄関口として「新たなつながりをデザインする場」というコンセプトから生まれた。
本建築は、南北に通る「大廊下」と様々な個性を持った「小さな部屋」が連なった形状が特徴的であり、屋根の形状を模した開口部からは中の様子が伺え、地域に開かれ、ふらっと立ち寄りやすく親しみの持てるデザインとなっており、建物全体はまちの玄関であるかのような外観となっている。
また、建物内に入ると、壁面と天井を覆う三角形の木組みに目を奪われる。天井が高く解放的な大廊下部分では、コンサートやワークショップ、地元大学生によるギャラリー等の様々な催しが行われている。これらの活動が共存し、時に重なり、時に連鎖し、隣接する部屋とともに、更なるつながりを生み出している。
このリニモテラスでの様々な活動がつながり、深化し、この玄関口から長久手のまちなかへと展開していくことが期待される。

【株式会社ナカサアンドパートナーズ(2021)】
主要用途 共同住宅
所在地 名古屋市中区
建築主 日本医療リース株式会社
設計者 株式会社 竹中工務店
施工者 株式会社 竹中工務店
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【講評】溝口周子委員
敷地は名古屋市中心部の高層集合住宅が密集するエリアである。無機質なベランダを有する従来型高層マンションのまちなみの中で、立体的な白いグリッドフレームに緑が映える。一般に単身寮という機能は若い独身者が多いと想定され、そのような集団は画一的な区画では隣人同士が疎遠となり街からも孤立しがちである。このRESIDENCE FUJIMIでは、光と風の通るテラス空間をコミュニケーションの場として寮生同士が繋がるよう意図されており、そこで発生するアクティビティがグリッドフレームを越えて緑と共に街に滲みだし、街と繋がってゆくことを期待し評価した。
外部に面するテラス空間の配置は採光や通風のシミュレーションによって決められており、居室との関係性も重視される。またその計算された上でのランダムな配置の大開口はグリッドフレームのスリムな架構に動きと開放性を与え、地域の画一的なまちなみに潤いを与えている。さらに夜間のライトアップによって印象的な光が溢れ出しており、周辺環境へも良い影響を与えていくことを期待している。

【尾崎芳弘(2018)】
主要用途 アート作品
所在地 西尾市一色町佐久島
建築主 西尾市
企 画 有限会社オフィスマッチングモウル
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【講評】柳澤講次委員
三河湾国定公園内にある離島佐久島、篠島、日間賀島。篠島・日間賀島はそれぞれ漁業や観光で成り立っているが、佐久島だけはすこし雰囲気が違う。その中で佐久島の再生を期して発生した行動がこの作品群と考える。
島に訪れて散策してみると、今まで高齢者中心による漁業の島、人口250人程度の過疎の佐久島全体が、テーマパーク島になっている。島を訪れる人は自然が残る狭い山道を自転車や徒歩で、すれ違う時に声を掛け合って島中を巡る。そして作品群のスタンプラリーを楽しみ、その作品と共に多くの人が列を作り、写真を撮って帰って行く。またこの観光客を目当てに、行政も古民家を利用して展示・イベント用施設をつくり、いろいろな店が本土から出店しつつある。
これらのことをまとめてみると、この作品群が島に溶け込み、佐久島を魅力と潤いある空間の創造に変えようとしていると評価する。
今後『「三河・佐久島アートプラン21」における一連の作品群』として、島民・行政・民間を巻き込んださらなる進化が期待される。