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第30回愛知まちなみ建築賞の受賞作品について
第30回愛知まちなみ建築賞 受賞作品(8作品)
総評
太幡 英亮 委員長
「建築は凝固した(凍った)音楽だ。建築から受ける気持ちは音楽から受けるものに似ている。」ドイツの文豪・科学者ゲーテによる一節だが、建築を音楽に擬える表現のもとは19世紀初頭のドイツロマン主義哲学者によるようだ。この「凍れる音楽」の表現を、軒が作る「リズム」に触れて薬師寺東塔にあてはめたのは明治の美学者、黒田鵬心である。日本で最初の建築批評家とも言われる黒田は、著書「都市の美観と建築」の中で、歴史の浅い日本の近代建築を早速批評するにあたり、都市景観の視点を既に備えていた。一方では建築家による新しい企てに高い価値を置きつつ、他方で建築群の持つ調和や、変化の中の統一について言及し、さらには建築だけでなく、舗装、並木・電柱といった街路の付属物、公園、広告、燈火(街路灯)の重要性にまで言及した点は、最初の批評家にして既に、現代に通じる視点を概ね備えていたと言えるだろう。
さてここで、今年の本賞において、特に議論の対象となった二作品に触れたい。一つは「一宮の路上建築群」である。まちなみ建築賞の評価の対象が必ずしも建築だけでなく、先述の「街路に付属」する様々な要素もまた重要な役割を担うという点を、改めて議論できた。この作品は、単にストリートファニチャーを超えて、立体的な仮設構築物となっているところがポイントで、路上の可能性を拡張しうる実験的試みとして今回、特別賞として評価された。
もう一つは「東山元町ファサード」である。この作品は、建築と街路の両方に属する構築物である「塀」のデザインである。バラバラの意匠の住宅が並ぶ連続した敷地に、連続した塀を用いて統一感を与えた。以上はいずれも、建築そのものではなく、街路に付属するその他要素が街並みを構成する重要なピースであって、それらを含めた総体として景観が現象していることに改めて気付かせてくれる。
実は最初に音楽と建築について触れた理由はここにある。「建築」は、その形態をリズムやハーモニーといった音楽的視点で論じられる事が多かったが、「まちなみ」は、他者が作り出した建築や街路との総体として現象するという意味で、アンサンブルであり、誰かがデザインしたものに遅れて呼応するという意味で、ジャズにおけるコール・アンド・レスポンスでもある。過去から積み重ねられた構築物に現在的に反応したインプロヴィゼーションが、自由に創造的に現れる街を想像することは楽しい。
その意味で街並みは、そこに含まれる建築と街路の付属物を含めて、長期的なコミュニケーションの産物である。音楽は数分から数十分のコミュニケーションだが、街並みは数年から数百年のコミュニケーションの現れである。黒田が都市景観を総体的に評し、建築を音楽的に評してから100年余り経つ今、「まちなみ」をリズムとハーモニーだけでなく、コール・アンド・レスポンスとして捉えてみたい。
第30回となった今年は、例年を超える計80点の応募作品の中から、一次審査により選出された20作品を対象に、より詳細な資料と動画、実物を確認した委員の意見も踏まえて二次審査の議論を行い、8点の受賞を決定した。既存の街並みや環境の呼びかけに、新たな建築及び構築物のデザインを通じて、どうレスポンスしたかという視点で受賞作品をご覧いただくと面白いかもしれない。
受賞作品 講評

【関拓弥(2022)】
主要用途 事務所
所在地 名古屋市中村区下広井町
建築主 名古屋ステーション開発株式会社
設計者 MARU。architecture
施工者 シーエヌ建設株式会社
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【講評】船橋 仁奈 委員
名古屋駅からほど近い、新幹線高架下に建つ木造2階建てのオフィス建築である。建築と高架橋という2つの異なるスケールを調停するかのような多層的な佇まいは、新たなまちなみの解釈、そして建築文化の創造に寄与するものとして高く評価された。
本建築は、既存高架橋への構造的負荷・振動・騒音等に対応するため、既存構築物から構造的に切り離された木造建築となっている。その一方で、建築と高架橋の間に、様々なスケールを包含しながら補完し合う共存関係を構築している点が見事であり、ユーザーの想像力が設計者の意図を超えて展開していくような空間的可能性を有している。
高架橋は、我々の都市生活を支える必要不可欠な都市インフラであるが、時に人の身体や活動とは無縁であるかのようにふるまう。しかし、高架橋と相互に関係を築きながら成立する本建築は、人々の活動の新たな拠点となり、我々に都市インフラへの関わり方に対する示唆を与える。都市の空間資源を領域横断的につなぐこの建築形式は、今日的なまちなみに新たな諧調をもたらすであろう。

【日紫喜政彦[スタジオヒシキ] (2022)】
主要用途 教会
所在地 瀬戸市杉塚町
建築主 宗教法人日本基督教団瀬戸永泉教会
設計者 株式会社 柳澤力一級建築士事務所
施工者 株式会社 中島工務店
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【講評】安藤 春久 委員
瀬戸永泉教会は、瀬戸市の中心を流れる瀬戸川沿いの旧街道に面した小規模な教会である。
以前、この教会は旧街道沿いの住宅街の中にあった事と、市内のメイン道路である国道に面していなかった事もあり、目立つ存在ではなかったと思われる。しかし、現在は国道の拡幅に伴い、瀬戸市のメイン道路としての国道からも認識できる存在となっている。
また、資料によると1900年に建設され、その後、改修や増築を経て現在に至った経緯がある。
今回の改修工事は、老朽化や耐震性の向上等が検討される中で復元年代が問題となり、時間をかけ協議された結果、最終的には現在の原形となった昭和初期の時代を基本とした改修工事が行われる事となり現在に至っている。
特に修復された窓及びそのデザインは、国内向けの陶器作りや輸出用陶器作りが盛んな頃に、市内でも鉄筋コンクリート造や木造でこのような形態の窓をとり入れた陶器関連の施設が建てられた時期でもあったと思われる事から、その影響を受け、このような窓の改修がされたのではないかと想像する。
いずれにしても、この教会は瀬戸のまちの歴史と共に改築や増築等を重ね、また、密度の高い今回の改修工事等を終え、現在に至った経緯などと共に、この教会が周囲の街並みを形成する一つのシンボルとなっている事も含め「愛知まちなみ建築賞」の主旨にふさわしいとして高い評価を得た建築である。

【ToLoLo studio (2022)】
主要用途 幼保連携型認定こども園
所在地 田原市赤羽根天神
建築主 学校法人 正円寺学園
設計者 名古屋大学 太幡研究室/株式会社 藤川原設計/
武田計画室 ランドスケープ・建築
施工者 小原建設株式会社 豊橋営業所
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【講評】濱田 修 委員
計画地は住宅街やキャベツ畑に囲まれたややのどかな場所にある。敷地周囲は道路に囲まれ道路境界からセットバックされた部分にサクラ、モミジなどの四季折々の樹木が植えられていることから豊かな景観が地域に潤いを与えている。道路沿いのベンチなどが地域に開放され、敷地頂部には地域住民の拠り所となる広場が配置されていることから、住民や施設利用者からの楽しそうな会話も聞こえてきそうである。外構から園舎、中庭までの空間だけでなく人々の動線も含めて重層的に構成され、まるでグラデーションのように計画されていることは見事である。一般的には園庭をフェンスが囲んでいるが、安全面を配慮しながら園舎が子どもたちを守りながら、閉じることなく開口部が周囲に開放されている。建築は小さな平家の住宅が連続しながら構成されていることから外観は街並みのように形成されとてもリズミカルである。
この園舎を通じてあらためて街並みを思うに、優れた景観形成ということだけではなく人々との触れ合いにつながることが大切なのではないかと考える。
このあかばねこども園は地域より愛される建築になるであろう。

【萩原ヤスオ(2022)】
主要用途 神社
所在地 豊川市平尾町
建築主 星野神社
設計者 望月建築設計室
施工者 株式会社 望月工務店
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【講評】成田 清康 委員
豊川市の中ほどに位置する既存の集落の中にある神社である。
南側道路から延長線上に見通せる鳥居と拝殿や、神社を取り囲むような道路形状、境内の立派な樹々の効果であろうか、神社全体がひときわ存在感を示している。
そうした中、全国的にも数少ない七間社として江戸初期の姿を保つ本殿を、風雨から守るための覆殿が建替えられた。
新たな覆殿は、本殿を取り囲むように建てられた「覆い」そのものである。桁行12m、梁行7mと大空間でありながら、石の上に柱が載っているだけで建物と礎石は縁が切れている石場建てとし、集成材ではなく無垢材を使い、金物による接合ではなく木組みで組み上げる等、様々な建築的な工夫がされているものの、なにより、妻側は板目を生かしつつ、平側は木組みを通して本殿を目にすることができる独特な外見は、目にするごとに、覆殿の中に守られている歴史を感じさせるだろう。
神社としての歴史、すなわち地域を見守り、地域の方が大切にしている風土や文化を、新たな覆殿とともに包んで守ることで、これまでの歴史を今後に伝えるとともに、これからの、全く新しい歴史が積み重ねられることを期待する。

【Forward Stroke inc.(2022)】
主要用途 ホテル
所在地 犬山市大字犬山字北古券
建築主 名古屋鉄道株式会社
設計者 株式会社 観光企画設計社
施工者 ホテルインディゴ犬山有楽苑新築工事共同企業体
(大成建設・矢作建設工業共同企業体)
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【講評】向口 武志 委員
本施設は建築・ランドスケープ・インテリアの工夫によって、地域の象徴である城と城山の景観を借景として取り込み、隣接する国宝 如庵のある日本庭園 有楽苑を含む周辺地域との調和を取りもつ。周辺地域の様々な資質を、まとまりのある新たな空間として再編したデザインは選考委員会において高く評価された。
施設は古くからあるホテル跡地を再生したものである。旧ホテルは敷地北を流れる木曽川に沿って建物が建ち、河岸の景観を重視していたが、新たなホテルは西にある国宝 犬山城とその城山に面して建ち、エントランスのあるメイン棟は水盤を間に挟んで犬山城を正面に見据える。この発想の転換の影響は大きく、ホテル内からみて城と城山の緑、それらが水に映り込んだ象徴的な空間を得ることに成功している。
南に隣接する有楽苑を含め、敷地全体に施された緑豊かなランドスケープは周辺地域と同ホテル敷地を一体化するようデザインされている。敷地内外を区切る塀はほぼなく、周辺の低層住宅地からみても違和感はない。
サービススペースが来訪者からは見えないように設けられているのか、裏を感じさせない設計上の工夫は敷地外周を散策する魅力を高めている。

【株式会社ナカサアンドパートナーズ(梅津聡)(2021)】
主要用途 事務所・銀行・物販店舗・飲食店舗・展示場・駐車場
所在地 名古屋市中区錦三丁目
建築主 株式会社三菱UFJ銀行
設計者 N3計画 三菱地所設計・日建設計・伊藤建築設計事務所設計監理共同体
施工者 大林組・徳倉建設・名工建設・矢作建設工業特定建設工事共同企業体
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【講評】森 哲哉 委員
計画地は、名古屋城に続く本町通と広小路通、錦通に面している。かつて尾張名所図会「広小路通夕景」として描かれ、この地方の人々に商業と金融の中心地として受け継がれてきた場所である。また名古屋市の景観形成地区に該当し、意匠、軒線、壁面の位置、まちの賑わい、周辺との調和などに配慮が求められる。
本計画は、周辺のまちなみとの調和を考慮した中層建物となっている。ファサードは高層、低層に分割され、隣接するクロスタワーと低層の軒線をそろえ、縦基調の外装のモチーフを連続させ、まちなみを創出している。セットバックした広小路沿いの植木のほか、すべての道路境界に低木、地被による緑化、一部壁面緑化がなされまちに彩りを添えている。
まちとのつながりとしては、広小路沿いに複数の店舗を配置し、賑わいを連続させ、本町通沿いは誰もが利用できる通り抜け空間を設け、貨幣・浮世絵ミュージアム、文化情報を発信するサイネージ、ATMコーナーがある。あえて本業である銀行営業窓口を2階に配置したことで生み出された空間である。まちに開かれた銀行のあり方を高く評価したい。

【ToLoLo studio(2021)】
主要用途 門塀
所在地 名古屋市千種区東山元町
建築主 髙津 伸生
設計者 裕建築計画 + ランドスキップ
施工者 株式会社 山富建設
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【講評】夏目 欣昇 委員
この作品は東山丘陵の尾根筋を跨ぐように通された生活道路に沿って建つ塀である。新たに隣地を取得し間口が計50m程となった土地に対して、既存家屋を残したまま境界のみが作り直された。この界隈はきつい斜面を造成した宅地であり、坂道と擁壁という景観へのインパクトの大きい要素が存在する。それらと向き合う表構えとして用いられたのは石と鉄。強固だが不変ではない素材が風化し朽ちて地形へ近づいていくことをイメージしたデザインである。目線を切る高さまで積まれた堆積岩の塀は擁壁との類比を感じさせ、塀上に間をとって水平に架設された錆仕上げのH型鋼は坂道との対比を感じさせる。1970年代頃に整ったこの界隈においても建物の更新は進んでおり、まちなみはゆっくりと変化している。この作品は、敷地の表構えとしてはその領域を顕在化させる具象的な物体であるが、界隈に対してはその全体の在り方を表明する抽象的な活動体としてあり、それこそが本質と解釈できる。暮らしの滲出を超えて場所性の表出へと向かう取組として評価できるものであり、まちのまとまり感の熟成・継承につながることを予感させる。

【ambientdesigns(2021)】
主要用途 休憩施設(ストリートファニチャー)
所在地 一宮市栄三丁目 (銀座通りの道路上)
建築主 一宮市
設計者 ambientdesigns(アンビエントデザインズ一級建築士事務所)
施工者 株式会社エコ建築考房
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【講評】谷田 真 委員
路上建築群の佇まいが確かにまちなみに潤いを与えているようで惹かれるものを感じた。一方で仮設的ファニチャーへの評価の立ち位置に対し、議論は大いに盛り上がった。社会実験であるこの作品が、まちなみに対しどんな貢献をしうるのか。そもそも路上には多くの規制がかかり、造作物を仕掛けるには高いハードルがある。個別の介入が簡単には許されない路上でのあり方をチェンジさせる。この作品にはそんな豊かなまちなみへとつながる示唆があった。
意匠面で見ると、多方向へ体の姿勢を促すベンチ配置や、ランドマーク的にそびえ立つ角材など、人間スケールから都市スケールまでを統合する架構には建築的強度がある。まち由来の色彩を端部に施したり、メッシュによる光の操作など、ディテールにもまちなみへの彩りや環境性への意識が確認できた。そして期間限定設置の予定が、市民の高評価を得た事により現在まで延長設置されているという事実は、仮設的ファニチャーもまちなみ形成に貢献しうることを体現していると感じた。
こうした社会実験が現行制度に風穴を開け、はかなくも豊かな日常の風景になる。その契機になることを期待して、この作品にエールを送りたい。