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豊川の舟運(しゅううん)、華やかなりしころのお話し(牛川の渡し)

豊川の舟運(しゅううん)、華やかなりしころのお話し(牛川の渡し)

 豊橋創造大学の裏手に今も残る豊川の舟運、「牛川の渡し」に行ってきました。
 牛川の渡しの歴史は古く平安時代までさかのぼるとされています。かつて豊川には多くの渡しがあったとのことですが、現存するのは「牛川の渡し」のみで、豊橋市によって市道として運営されています。
 牛川の渡しの渡船には自転車も載せることができるため、通勤・通学で利用される方がいるほか、地元の方、観光のお客さんなども含めて、1日に20人ほどの利用者がいるとのことです。(荒天などの場合を除き、年中無休で運行されています。)
渡船「ちぎり丸」
 上空を見ると両岸にワイヤーが張られていて、渡船はこのワイヤーに結わえられています。船頭さんにお話しをうかがうと、海へ下る水流と上流に向けて吹く風の強さのバランスを見ながら竿を操作すれば、このワイヤーのお陰で苦労せずに対岸まで漕ぎつくことができるとのことでした。だいたい所要時間は5分とのことです。
 なお、豊橋市では「ふるさと納税」の返礼品として、牛川の渡しの渡船操作体験ができるとのことなので、興味のある方は、豊橋市のホームページをチェックしてみてください。
豊川両岸に張られたワイヤー
 さて、船頭さんのお話によると、豊川はかつて東海道と飯田へ向かう伊那街道とを結ぶ舟運が盛んで、多くの船が行き交ったとのことです。豊川河口から寒狭川・宇連川分岐地点あたりまでは勾配がなだらかなので、様々な物資が現在の新城市まで舟運された後、そこから陸路伊那街道を北へ運ばれました。また、年貢米や木材とその加工品などが、反対のルートを通って運ばれたとのことです。
 このため、舟から馬へ馬から舟へと積み替えを行うための要衝である新城市は「山の湊(みなと)」と呼ばれていました。現在、新城市で毎月第4日曜日に行われている「しんしろ軽トラ市のんほいルロット」※は、こうしたかつての山の湊の賑わいを再現していこうという取り組みです。
 11月下旬の取材させていただいた日は、小春日和のいい天気で心地よい風が吹いていました。前日は、ほどんど風がなかったようで、静かな水面には紅葉に向かう周囲の景色が鏡のように映り込んでいたとのことです。今度は風のない日に乗ってみたいと思います。
 ※現在、「しんしろ軽トラ市のんほいルロット」については、新型コロナウイルス感染拡大防止のため、令和2年12月~令和3年3月開催分について中止が決まっています。
風に波立つ豊川の水面

本日のこぼれ話し

 牛川の渡しの渡船は「ちぎり丸」という名前でした。ちぎりは、建材どうしを繋ぎとめるための部品で、団結の象徴として旧吉田藩の馬印となっていました。豊橋市はこれを受け継いで市章としています。
 写真は、豊橋の銘菓「ちぎり饅頭」。NHKの朝ドラ「エール」のなかで、二階堂ふみさん演じる「音」もこれを食べていました。ちなみに「音」は「ゆたかおこし」も食べていましたね。
ちぎり饅頭